第3話 一人目の眷属

「んぁ………………?」

 何やら俺を呼ぶ声が聞こえたような気がして、目が覚めた。

 窓の外を見ると、あれから結構な時間眠っていたらしく、太陽が完全に登り切っているのが見えた。そして窓の反対側に視線を送ると、向かい合って話をしている眼鏡をかけた医者らしき男と人族の女の姿があった。医者の方は見覚えがなかったが、女の方には見覚えがある。

 二十代前半に見える若い外見、そして、肩までの伸ばした黒い髪。どこか懐かしさすら感じさせるこの女は、確か______

「お母さん……………?」

「っ!?目が覚めたのね!!」

 俺がそうつぶやくと、“俺の母親”は医者と話すのをやめ、俺の手を握ってきた。

「っっ!?…………っ!!」

 それも、骨折してギプスで固定してある右腕を、だ。

「あっ、ごめんね!」

 それに気づいた彼女は謝りながら、お腹の上に置いていた左手を握った。

 いや、骨折はしていないがそっちの手も痛むのだが_______

「一度目を覚ましたかもしれないと聞いて、大急ぎで駆け付けたのよ」

 そう言った彼女はうれしいのか悲しいのかよくわからない表情をして、寝ている俺の顔に抱き着いてきた。

「……………………」

 俺はこんな時どうするべきなのか、娘としてどう返したらいいのか、加藤ミサキとして何を言えばいいのか分からない。

 ただ、無言で抱きしめられていると、少しうれしいような、恥ずかしいような感覚に________というか、息ができない………!?

「く、くるしっっ、は、離し………………!」

「あっ!ごめんね……………」

 そう言って俺から離れる母親の目元は赤くなっていた。

「いや……………別に………………」

 俺はこの場で加藤ミサキではないことを伝えようと思ったが、その表情を見ると何も言えなくなってしまった。

 そもそも加藤ミサキ本人は無事であり、嘘はついていないのだから後でこのことを伝えても問題はないだろう。

「…………………………」

 いや、加藤ミサキ本人は“あれ”で無事と言えるのか?やはり、ここで正直に話した方がいいのか?

「ごめんね、目が覚めたばかりでいろいろ混乱してるよね」

 悩む俺を見てまだ完全に回復していないと思ったのか、彼女は俺の頭をなでながらそう言った。

「それじゃあ、入院に必要なものを持ってくるから少し待っててね」

 そして、娘をよろしくお願いしますと医者に伝えるや否や、彼女は少し急ぎ足で病室から出ていった。

 俺はそれを不安になりながら見送ると、同じことを思っていたのか苦笑いした医者がこちらを向いた。

「少し、あれですね……危なっかし……おっちょこちょ……あの…………明るいお母さんですね」

 取り繕いすぎて結局大量の悪口を言ってしまった医者は、気まずそうに微笑みながら話しかけてきた。

「…………………確かに」

 だが、俺も同じことを思っていたのでそれに文句は言えない。

 医者のことをよく見ると、若いのに年を取っているように見えるほど疲れた様子だった。疲れている原因が、俺の治療のせいなのか母親の対応のせいなのか、そのどちらともなのかは分からないが、どちらにせよ俺のせいで苦労をしてしまっているようだ。

 俺は医者から目を離して起き上がろうとするが、腕や足に力を加えようとすると激痛が走り、起き上がれそうもなかった。朝起きた時のように足を吊り下げられていたというのもあるが、あの時はなかった不快な痛みが、起き上がることのできない一番の原因だった。

 母親に手を握られた時や起き上がろうとした時は痛みを感じたが、一度目覚めた時は感覚が鈍く痛みを感じなかったのを覚えている。あの時は麻酔か何かで痛みを押さえていたのだろう。

「あっ、怪我が心配なので、自分で起き上がらないでください。今起こすので、力を抜いて少し待っていてくださいね」

 そんな俺を見かねたのか、医者は俺の横に立つと起き上がる手伝いを申し出てきた。

 先ほどの母親の一件があったため、起き上がる際にまた痛い思いをするのではないかと身構えたが、医者は俺の体には触れずに横にあったリモコンを操作し始める。

 すると________

「おお……………?」

 俺の上半身が勝手に起き上がり始め、ちょうど寄りかかることができ、首が疲れない程度の角度で止まった。

「これくらいの高さで大丈夫ですか?体は痛みませんか?」

「問題ない」

 俺がベッドを動かすことのできるリモコンに気を取られていると、医者はこの病室に入ってきた看護師と何かやり取りをし始めた。だが、それもほんの少しの時間だけで、すぐに看護師たちは病室から出ていった。

「では、気を取り直して、一応簡単な説明と確認をさせてもらいますね。あなたがこの病院のベッドで寝ていた理由は分かりますか?」

 そして、再び俺と医者の二人きりになると、彼が俺に質問をしてきた。

「あー……魔も、じゃなくて怪物に襲われて………………」

「そうです。そしてこの病院で治療が終わった、というのが今の状況です。どうやら記憶ははっきりしているようですね」

 医者は俺の答えに考えるそぶりを見せた後、板のようなものにメモを取り始めた。

 確かあの板は、すまーとふぉん(?)を大きくしたようなものだった気がする。

 名前は_______そうだ、タブレットだ。この体の記憶にあったが、高校の授業や課題の提出でたまに使っていた覚えがある。

 起きてからというもの、この世界のことについての記憶はあるが、一度思い出すという手間がかかるようだ。それに加え、知識はあるものの、それの使い方までは記憶の中にないようで、タブレットを使っていたという記憶はあっても、どう使うのかはよく分からない。

 完全に記憶を引き継いでいるように見えて、実際は違うのかもしれない。この世界に早くなじむことができると思ったが、実際には少し時間がかかるようだ。

「それで、怪我の方は________結論から言うと、全く問題ありません」

「え?」

「まあ、手足の方は骨折や外傷などが残っていますが、一番ひどかった内臓は最初から損傷をしていなかったと思えるほど再生しています。問題ありませんよ」

 俺は、問題があるから包帯を巻いているのだろう、と腕や足に視線を送ると、医者は俺の意思をくみ取り、再度問題ないと言い放った。

「本当に、我々が治療したのかと思うほどきれいに治療できています。縫い目すら残っていないので、本当に損傷していたのか我々が治療をしたのかを疑うほどでしたよ」

 どうやら、医者という専門家から見ても、俺の魔力による体の再生は成功していたらしい。それも、この世界の基準からするとおかしいと思われるほどにうまくいってしまったようだ。

「ですが________」

「?」

 どこか失敗してしまった所があったのか、医者は俺の顔色をうかがいながら言い淀んだ。

「ショックを受けないでくださいね」

 そう言いながら、タブレットの内カメラをつけて俺に渡してきた。

「ショック………………?」

「ええ、事故以前と比べると、だいぶ変わってしまったようですから」

「変わった…………………?」

 俺は医者に渡されたそれを、訳が分からないまま覗き込んだ。

 すると、画面に映ったのは、頬やおでこにガーゼが貼ってあるが、記憶の中にあった通りの“俺の”顔だった。

 いや、少し目つきが悪くなっているか?

 母親の顔に似て童顔でかわいらしい顔立ちをしていたが、目つきのせいかそれよりも少し大人びているような気がした。

 俺は顔から視線を上げて髪を見た。記憶の中に合ったよりもくせ毛がひどくなっており、完全に丸まってはいないものの、まとまった髪が右に左に曲がってぼさぼさといっても過言ではないほどひどくなっていた。くせ毛はひどくなっているが、元からくせ毛だったため、正直誤差の範囲内だろう。

 それよりも大きく変化しているのは、髪の長さだ。記憶にある髪は腰の位置くらいまであったはずなのだが、今はくせ毛のせいもあって肩に届かないほど短くなっていた。

 ということは_______

「髪切った?」

「いやそこじゃなくてっ……………髪の色ですよ」

「髪の色?」

 指摘された通りに髪の色を見ると、確かに記憶とは違い、所々白くなっていた。それも、生え際だけでなく、毛先まですべて白かった。

 くせ毛がひどくなっているのは白くなった髪だけらしく、白い毛がまとまって右に左に曲がっていた。

「怪我のせいなのか、ストレスのせいなのか分かりませんが、髪色や髪質が変わってしまったようです」

「なるほど………………」

 本来魔力を持っていない人族に無理やり魔力を定着させたのだから、ストレスというのはあながち間違っていないだろう。それどころか、人族から魔族へと変化したのだから、髪の色以外で体のどこかに変わってしまったところがあるかもしれない。

 後で確認する必要があるな。

「生死の境目から生還した人が、その日を境に白髪が増えていった、というのは聞いたことはありますが、ここまで変化するというのはなかなかありませんからね。そのあたりは後々検査するとして_________ショックを受けていないようでよかったですよ」

 そう言って俺からタブレットを受け取った医者の顔は、疲れていながらもどこか優しい表情をしていた。

「何か、他に心配事や具合が悪いところはありますか?」

「いや、な______」

 ない。

 そう言おうとすると、俺のお腹が鳴った。

「…………………………これは具合が悪いと言えるのか?」

「ふふっ………………いいえ、元気になった証拠ですよ」

「…………………………」

 食事の用意ができ次第持ってきますね。そう言いながら微笑む医者の顔を、俺は二度と忘れることはないだろう。

 医者が出て行ってしばらく経った後も、俺の顔の火照りはなかなか治ることはなかった。「……………………忌々しい」

 これも魂が混ざってしまった影響なのだろうか。

 しばらく経って冷静になり、思い返してみれば先ほどの感情は初めてのことであり、新鮮で興味深かったということに気づいた頃、俺は今まで忘れたことを思い出した。

「そういえば、“あいつ”はどこにいったんだ?」

 俺は眷属にしてからというもの、見かけることのなかった黒猫を探し、周りを見渡した。


『ここにいますよ』


 脳内に語り掛けるような声とともにベッドの影が濃くなり、揺れ動いた。そして、“そこ”からずるり、とあふれ出すようにから黒猫が出てきた。

 俺はそれを見て、眠りにつく直前に見た幻覚を思い出した。

 猫は液体だというよくわからない知識があったため、それが原因で見た幻覚だと思ったが現実だったらしい。

 影から出てきた猫は、再び俺のお腹の上に飛び乗ってきた。

 それに文句を言いたいところだが、俺は先ほど黒猫が出てきた影から目を離すことができなかった。

「影に潜れるのか」

『そうですね。気づいたら使えていましたが、どうやら影になり、影を操る能力を得たようです』

「そうか、能力に目覚めたばかりなのに______というか、念話が使えるのか」

 “念話”それは、眷属とのつながりを使った、念じるだけで会話をすることができる力である。

 俺から眷属に念話で話しかけることはできなかったものの、離れていても使えるため“昔は”重宝していた。だが、眷属が増えるにつれて一度に大勢から話しかけられたりそのせいでノイローゼになりかけたりと、不便だったため使わなくなった力でもある。

 俺は眷属に対して語り掛けることはできないため一方通行になるが、眷属の数が少ない今となっては重宝するだろう。

『使えますよ、魔王“さん”限定ですけど。この体ではしゃべることができないので、念話を使うしか会話する方法はないですし』

 そう言った黒猫は大きなあくびをすると、俺のお腹の上で寝転がり始めた。その様子を見ると、“彼女”はどうやら、この状況を疑問に思わないどころか、受け入れていた。

 この落ち着きようを見るに、彼女は俺と同じく______

「やはり、俺の記憶を引き継いでいるのか」

『まあそんな感じですけど、う~ん。な力の使い方とか、念話とか。必要最低限の知識はあっても、魔王さんが何をしてきたかは分かりませんね』

 ほとんどの記憶を引き継いでしまった俺と違い、どうやら差があるようだ。

『でも、魔王さんが私の体に入ってから何をしていたのかは夢で見ましたけどね』

 なるほど、追体験のようなものか。

 というか、さっきから気になっていたんだが______

「魔王さんって何だ?」

『え?魔王なんですよね?』

「いや、そうだが………………」

 俺は今まで魔王“様”としか呼ばれたことが無かったため、かなり違和感がある。だからと言って、魂が混ざってしまった俺とこいつの距離感というのは、様付けするほど遠くはなかった。

「一旦呼び捨てにしてみてくれないか?」

『はい?えっと………魔王…………?』

「うーむ………」

 呼び捨てだと、あまりにも距離感が近すぎる気がする。俺はこいつの主であり、こいつは俺の眷属なのだ。

 やはり、その上下関係は譲ることができない。

「呼び捨てはやめよう」

『ですよね………………』

 どうやらしっくりきていなかったのは俺だけではなかったようだ。

 さん付けする割に、不遜にもお腹の上で手足を伸ばしながら寝返りをうつ黒猫にどいてほしいと言おうとしたが、問題がもう一つ残っていたことに気づいた。

「そういえば、お前のことは“何と呼べばいい?”」

『別に、ミサキでいいですよ』

「そうか。今更だが、これからよろしく頼むぞ、ミサキ」

『え?あー、よろしくお願いします。魔王………………さん?』

 俺が“ミサキ”に手を差し出すと、ミサキは小さな手を差し出し、俺の手の上にのせてきた。

 よくよく考えれば、俺が眷属を名前で呼ぶのは初めてだったし、こんな風に握手を交わすことも初めてだった気もする。これは恐らく、俺とミサキの魂が混ざったことによる一番の変化であり、それによって起きることについて考えなければいけないことのはずだった。

 だが______

『っ!!!』

 病室のドアがノックされる音に驚いたミサキの様子を見て、その考えは中断させられてしまった。

『か、隠れますね!』

 ミサキはそう言うと、俺の上からベッドの影に飛び込んでいった。

「食事を持ってきましたよ」

 医者と食事をワゴンで運んできた看護師が病室に入った時には、既に影に広がる波紋はなくなっていた。

「別に隠れる必要はないんじゃないか?」

『いやいや、この世界で私の存在はいろいろと面倒くさいんですよ!!』

「………………そういうものか」

 確かに、言われてみればそうかもしれない。

 彼女の力は前の世界ではよくあるモノとして扱われるが、この世界ではありえないモノだ。それどころか、ありえないモノつながりで怪物認定されてしまうかもしれない。

 彼女の言っていたいろいろな面倒というのがそれのことなのだろう。

『あと、その体を乗っ取ったと思われないような変な行動はしないでくださいね!』

 変な行動、か。

 俺がこの体を乗っ取ったということがバレれば、俺が勇者を倒すための時間削られてしまうかもしれない。それどころか、別の世界から来た魔物と同じく、別の世界から来た俺も魔物と判断され、人族たちに殺されてしまう可能性もあった。

 弱っている今の俺では、人族たちを敵に回したところでまともに戦えるわけがない。

「わ、分かった………………」

「?何か言いましたか?」

 どちらが眷属なのか分からないようなやり取りをしていると、俺の言葉を聞いていたのか、医者がいぶかしげにこちらを見つめてきた。

「いや、何でもない」

「……………そうですか。何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

 医者はそう言うと、ベッドの脇に置いてあったサイドテーブルを俺の前まで転がしてきた。

「正直どうやって回復したのかは分かりませんが______検査の結果を見るに消化機能は完全に復活しているようですので、ある程度固形物も食べることができるでしょう」

 そしてテーブルの上に食事の乗ったトレーが置かれた。

 病院食は固形物が少ないというイメージがあったが、和食風でいかにも消化に優しそうなものが多かった。

「こんなことは初めてですけど、例の怪物による被害者は不思議なことが多いですからね。よく噛んでゆっくり食べてください」

 医者はそう注意すると、ワゴンを押す看護師とともに病室から出ていった。

「ふむ…………………」

 俺はその背中を見送った後、箸と共に置かれたスプーンを手に取った。どうやら右手の使えない俺に配慮してスプーンとフォークも置いていったようだが、そもそも左手ではスプーンすら使えるかどうか怪しかった。

「……………………いや、普通に使えるな」

 この体の記憶ではスプーンやフォークを左手で使ったことはないはずだが、そこら辺の器用さは前の世界から引き継いでいるようだ。

『意外と器用なんですね』

「まあ、前の世界で俺は八本の腕を持っていたからな。多分その経験が生きているんだろう」

『え?八本?腕が?…………………たこ??』

 俺は影の中で混乱しているミサキを無視し、食事を始めた。

「やはり、実際に食べるとうまいな」

 この体で食べた記憶があり、味を覚えていても実際に感じるのとでは全く違う。

『病院食はまずいって噂されてましたけど』

「いや、味は薄いがうまいぞ」

 それに加え、以前までの俺の味覚はこの体ほど鋭くはなく、せいぜい辛さを感じるくらいが限界だった。そのため、俺は食事をただの魔力補給の手段として考えておらず、味を楽しむことのできるこの世界での食事は新鮮だった。

 初めて味わうものをゆっくり楽しもうと思いつつも、早く食べたいという思いが先行し、気が付いたら一つの皿を残してすべて食べ終わってしまっていた。そして最後の皿にスプーンを伸ばそうとしたところ______

「お」

 俺の手は止まった。

 その皿の上にあったのは、食べやすいように一口サイズに切られた、黄色がかった白い色をした果物だった。

「これは、リンゴか?」

『そうですよ。記憶にありませんでしたっけ?』

「いや、記憶にあるリンゴはこんなに細かく切られていなかったからな」

『あー、記憶があってもいろいろ面倒なんですねぇ』

 俺はスプーンからフォークに持ち替え、フォークに刺した一切れを口に入れた。

「うんまっ」

『ちょっ、そんな反応されると食べたくなっちゃうじゃないですか!』

 ミサキの声に合わせて影が揺れた。

「ふっ、お前は数週間程度なら食事をしなくても問題ないだろう?大人しく影の中からリンゴが俺の腹の中に消えるのを眺めておくんだな」

 俺は細かく切られたリンゴを、頬が膨らむほど次々に頬張っていき、最後の一切れにフォークの先をむけるが______

「何!?」

 一瞬黒い何かが横切ったと思ったら、リンゴが消えていた。

『あー、シャリシャリしておいひいれふね』

「眷属のくせに生意気な!」

 俺は視界から消えた影を探すが、どこにも見当たらない。

「どこだ?…………………そこかっ!?」

『どこでしょうね~?』

 恐らくミサキは影になったまま移動し、リンゴを影の中に飲み込んだに違いない。まさか、能力を手に入れたばかりでそんな芸当ができるとは思わなかった。

「くっ、油断した!」

 そう。俺はこの時、いろいろな意味で油断していたのだ。リンゴを奪われてしまったことと、そして、周りが見えないほど影に気をとられてしまったことに。

「……………あのー」

 俺が周りの影を覗き込み騒いでいると、いつの間にか病室に入ってきた看護師に話しかけられた。

「ん?なんだ?」

「……………………いえ、何でもありません。食べ終わった食器を回収しますね」

 看護師は俺のことを心配そうに見つめながらも、トレーを回収してすぐに出ていってしまった。

 いったい何が気になったのだろう。

『私たちの会話____というか、魔王さんの独り言を聞いて変に思われちゃったんじゃないですか?』

「あ」

 俺には隠し事とか逃げ隠れするようなことが苦手なのかもしれない。

 これからは影のことも含め、油断しないように気を付けようと心に誓ったのだった。



 昼食を食べ終えた後、母親が再び訪れたり、忘れ物をしたからもう一度家に取りに帰るという母親のドジに散々付き合わされたりで散々な目にあった。

 あまりにも濃すぎるこの世界での一日目を過ごした俺は、泥棒猫に気を付けながら夕食を食べ、看護師に歯を磨くのを手伝ってもらい、ようやくゆっくりと眠ることができたのだった。

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