第1話 「好きな人と同じクラスになれました!」

 僕の名前は七島健斗ななしま けんと


 ごく普通の公立高校、緑ヶ丘高校に通うことになった普通の高校一年生だ。

 学力にはそこそこ自信があったけど、それでも高校の合格発表で自分の番号を見た時はホッとした。

 今日は高校生活の初日。

 登校してみると校庭にクラス割の掲示がされていて、僕は一年B組だった。

 知った顔はいるかな……と教室に入ってみたら中学時代のクラスメイトが二、三人いて早速「お、ケントとまた同じクラスか」と声を掛けてくれた。僕も「よろしくな!」と軽く挨拶を返す。

 ありがたい。顔見知りがいない、いわゆる「ぼっち状態」から高校生活がスタートするのは非常に厳しいからな。助かるぜ。


「おい、ケント!」


 大声で呼ばれて振り返ると、これまた中学時代からの腐れ縁が爽やかな笑顔で手をあげていた。


「ユウジじゃないか。お前もB組か!」

「ああよかった、合格出来た上にB組にお前がいてくれたとは。これでぼっち回避出来たし。ありがたやありがたや」

「仏じゃあるまいし拝むなよ。ユウジなら僕の三倍は友達いるだろ。でも良かったな」

「おう、とりま一年よろしくな」


 ユウジこと浦澤雄二うらさわ ゆうじは僕の友人で中学時代からの親友だ。背はスラリと高く、小さな丸眼鏡の似合うイケメンだ。昔から女の子に人気があり、今も教室にいる女子の何人かがすでにユウジにポーッと見惚れている。ユウジは中学時代にも何人かの女子に告白されてたけど、今まで彼女を作ろうとしたことがない。もったいないなぁ。

 ちなみに僕にも女の子の友達はいない。実は中学時代にユウジの彼女になりたいという女子達から不快な目に遭わされたことがあってそれ以来、僕は女の子が少し苦手だ。

 でも嫌いという訳じゃない。好きな女の子ならいる。

 本当の名前も顔も知らない女の子だけど……


「あ、七島くんに浦澤くんもB組なんだ。奇遇だね」


 振り返るとショートカットの女の子が笑いかけてきた。中学時代のクラスメイト、取島君子とりしま きみこさんだ。サッパリしたカンジの女の子で、さほど親しい訳ではないが、ちょくちょく会話している。


「うん。それにしても中学時代の顔が同じクラスにこう、何人かいると心強いね。よろしく」


 うなずいた取島さんは笑顔のまま肘で「ほれ、りなち」と、隣の女の子を小突いた。彼女も中学時代のクラスメイトで取島さんの友達、陣宮寺じんぐうじ璃奈りなさんだ。大きな瞳にハーフツインテール、とても可憐な女の子だけど僕以上に異性が苦手らしく、今も目が合ったくらいで凄く緊張している。


「陣宮寺さん合格おめでとう。一年、同じクラスよろしくね」

「あ、ひゃひっ」


 見かねて僕から声を掛けると緊張した陣宮寺さんからは奇声が返ってきた。必死に「にゃにゃじみゃきゅ……おにゃじくらひゅ……よろしひゅ……」と、噛みながら声を振り絞っている。これは「七島くん、同じクラスだね。よろしく」と言いたかったんだな。

 僕が「うん、ありがとう」と笑いかけると陣宮寺さんは「はひゅっ」と真っ赤な顔に引き攣った笑みを浮かべ、顔を上下に小刻みに振動させた。これは頷いているつもりなんだろう。

 そうやって友達と久闊を叙していると「はーい皆さん、ホームルームを始めますよー」と若い女性が入ってきた。


「私がこの一年B組の担任、笹倉めぐみです! ドンッ!」


 擬音まで自分で付け足してる。クラス全員が思わず吹き出した。慌てた先生は「こ、ここは笑うとこじゃないからっ!」ってアワアワしている。なんだか教師というより駄目姉ってカンジだ。

 でも美人で人が良さそうな先生だな。僕はいっぺんで好きになった。

 その後、若干しょんぼり気味の先生からは学校生活についての説明やら注意事項があった。続いてクラスメイト達が一人ひとり立ち上がっての自己紹介をすることに。


「北川中学から来ました。浦澤雄二です」


 ユウジが爽やかに自己紹介した時は、何人もの女子が「はぁ……」と、ため息をついていた。コイツ、高校でもモテそうだな。

 ちなみに僕の自己紹介のときに、ため息をつく女の子は誰もいなかったが、ちょっとした騒ぎが起きた。


「同じく北川中から来ました。七島健斗です」


 ちょうどそのとき、離れた席にいた陣宮寺さんが緊張の限界に達したらしく、卒倒したのだ。正確に言うと泡を吹いて気絶してしまったのだ。

 そのまま崩れ落ちるところを取島さんが「りなっち、しっかりして!」と後ろの席から咄嗟に支えて事なきを得たが、クラスの注目はそちらに向いてしまい、僕の印象はだいぶん薄くなってしまった。まぁいいや。僕、あんまり目立ちたくなかったし。

 気がついた陣宮寺さんは真っ赤になると「すみません……」と小さくなって下を向いた。


「陣宮寺さん、保健室行った方がいいんじゃない?」


 笹倉先生が心配して声を掛けたが取島さんは「あ、大丈夫です。りなちの緊張のピーク、さっき過ぎましたから」って妙な返事をしていた。緊張のピークってなんだ? 人の多いところが苦手なのかな。でも周囲から「大丈夫?」と心配されている陣宮寺さんは照れたように「ゴメンね」と微笑んでいたからそういう訳でもなさそうだった。

 そんなこんなで説明や自己紹介も一通り終わった。

 本格的な授業は明日からだ。初日の今日は午前中で終了となった。

 放課後を待ちかねたようにユウジが「ケント、お昼だし帰りに皆で寄り道してお好み焼きでも食いに行かないか」と声を掛けてきた。

 僕も「いいね、行こう!」と応じて立ち上がる。

 それを見て何人かの女の子が露骨にガッカリした顔で肩を落としていた。たぶんユウジに声を掛けたかったんだろうな。

 ただ、ユウジはいつもマイペースで女の子をあまり意識しない。冷淡という訳じゃないけど、いつも男子でワイワイ楽しくやる方が好きみたいだ。

 僕は、そんなユウジや中学時代の友達と連れ立ってお好み屋さんへ行き、「オレたちの高校生活はこれからだー!」と打ち切り漫画ENDみたいな気勢を上げてお祝いをすると帰途に就いた。

 部屋に戻ると「彼女」の配信時間を少し過ぎていた。

 急いでデスクトップPCを点け、動画サイトにアクセスする。すると……


『やったぁぁぁぁ! やったよみんなぁぁぁぁぁ!』


 画面の中で、3DCGで描画された美少女が「勝訴!」という紙を掲げ、目と鼻と口から出せるものをみんな放出して号泣していた。

 あーあ、あいかわらずかわいさを自分でブチ壊してるな。

 コメント欄は視聴者からの「何の判決出たんや」「落ち着け」とか、ツッコミの書き込みが凄まじい勢いで流れている。


「落ち着け。入学式がなんで勝訴なんだよ。合格祝いはこの前やったろ?」

『うわぁぁぁぁん!』

「だめだ、全然聞いちゃいねえ」

『やっだぼほほぉぉぉぉ! あだぢ、どうどうやっだぼほほほぉぉ!』

「まぁまぁ何かめでたいことがあったんだろ、大目に見てやれ」

『うわぁぁぁぁん! うわぁぁぁぁん! ぐわぁぁぁぁん!』


 ふわふわのハーフツインテールを振り乱した少女が子供みたいに咆哮じみた声でワンワン泣いてる。そのうち立ち上がってウロウロしながら泣き始めた。迷子になったお子ちゃまみたいだ。これがバーチャルの動画空間じゃなく現実だったら、即お巡りさんを呼ばれて保護されるところだろう。さらに何を思ったか泣きながら彼女は踊り始めた。……なにやってんの。 

 ただ、彼女のこんな奇行は今日に始まったことじゃなく、みんな生暖かい目で見守っている。

 僕も苦笑しながら「僕も今日、入学式だったよ!」とコメントした。

 やがて、ようやく人ごこちがついたらしく、鬼気迫る勢いで泣きながら吼えたり踊っていたバーチャル美少女は、ふぅとため息をつくと画面のこちら側を振り返った。


『高校に入学したみんなもおつかれー!』

「お、おぅ」

『高校は中学とは違うわよ。みんな、大人へ一段階進んだ自覚を持とうぜ』

「お、お前が言うなぁ!」


 ツッコミどころ満載の言動とヤンデレな外見のバーチャル美少女、泥沼どろぬまレン。


……そう、この娘こそ僕が恋をしている女の子だ。


「で、何が勝訴なんだ。入学式って裁判所でやったんか」


 コメント欄から誰かが僕の聞きたかったことをツッコミ風に入れる。


『違うわよ! ってゆーか聞いてよ!』

「大勢聞いてるからとにかく落ち着いて話せ」

『なんとなんと私の想い人「王子さま」と同じクラスだったんだよぉぉー! し、しかも、聞いてよぉ!』

「だから聞いてるって」

『王子さまが私に「同じクラスだね、よろしく」って声を掛けてくれたんだよほほぉぉぉー!』


 なーるほど、それでこのハシャギようか。道理で……


 泥沼レンには好きな人がいる。


 中学の頃からずっと片思いしている男の子、通称「私の王子さま」。

 何か切っ掛けがあって一目惚れしたらしいのだが、彼女にとってそれは黒歴史らしく、その経緯について聞かれると「身バレしたら死ぬしかない黒歴史だ。しにたくなかったら二度と口にするな……いいな!」と凄んで話そうとしない。一体何があったんだか。

 その上、彼女は奥手過ぎて……想い人に対して何もアクションを起こそうとしない。正確に言うと出来ない。

 今まで動画配信でやったことと言えば気持ちをテレパシーで伝えようと怪しい装置を作って実験したり、護摩壇を焚いて胡散臭い祈祷をしたり、黒魔術の本で謎の儀式なんかしたり。そんなことやったって通じる訳ないだろ! 的なしょうもない試みのオンパレード。

 ただ、やってる本人は大真面目である。

 ところがそんな「語るは涙、見るは笑いの空回り」が同情を呼び、「泥沼な恋の配信」チャンネル登録者はいつのまにか一〇万人を越す大所帯になっていた。

 みんなゲラゲラ笑ったりツッコミを入れながらレンを応援している。僕もその一人だ。

 レンもこのままでは前に進まないと思ったらしく、友達に頼み込んで彼女から時々王子さまへ話し掛けてもらい、その時隣にいることで「話に加わっている」的な立ち位置まで進歩した。まぁ、モブキャラに近いようなものだけど……

 それでも「今日は顔が見れた」「ちょっと目が合った!」「彼と友達の会話が聞けた」と、いつも些細なことを動画で報告しては、はしゃいだり涙ぐんだりしている。

 今どき珍しい、純情で一途な女の子。それが僕の好きな「泥沼レン」だ。彼女が出来るならこんな女の子がいいなぁ……なんて、ふと思ったりする。

 まぁ「ヒャッハー!」って、はしゃいで踊っている今の彼女には僕も少しドン引きだけど。

 でも、そんな不格好な純粋さが微笑ましかった。


(レン、よかったな……)


『私、もう一生ぶんの運を使い果たしたような気がする!』


 感極まったように叫んだレンへ、すかさず誰かから「まだだ、まだ終わらんよ!」と、どっかのアニメで聴いたようなツッコミが入る。

 僕も「泥沼レンの恋の戦いはこれからだ!」と打ち切り漫画ENDみたいなコメントを書き込んだ。


『そ、そうだね。がんばる! 今日は緊張して王子さまとちゃんに話せなかったけど次は何とかして……』


 瞳をキラキラさせてうなずいたレンは、『この気持ち届けェェェェ!』と絶叫するやまたもや踊り始めた。今度は安来節だ。ドジョウ掬いなんかやったところで恋心が想い人に伝わるのか? ダメだ、完全に舞い上がってる。


 でも、泣き笑いしながら踊っているレンは、これ以上ないくらい幸せそうな顔をしていた。


 レン、良かったな! これから一年間、大好きな王子さまと同じクラスだぞ!

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