3-7 悔しい

「ということはマドカくんも高校生なんだね?」

「え、あ、はい…………。あ、あの、くるみ……ルナちゃん。中の人の年齢関係とか、どうしよう……」


 今度は望が美以子に助けを求める。

 美以子も愛未の勢いに押されていたようだが、すぐさま頷いてくれた。


「うん、そうだねぇ。改めて自己紹介しよっか」


 まだ瞳は赤らんだままだが、気持ち的には落ち着いてきたようだ。

 美以子はいつも通りの明るい笑顔で愛未を見つめる。


「三門さん、初めまして。私は本屋ルナを演じている……っていうと何か変かな。ええっと、本屋ルナに限りなく近い存在の胡桃沢美以子です。高校三年生で、彼とはクラスメイトでもあるんですよ~」

「あ、はい。僕は宿見望。……マドカっていう名前で切り抜き師、やってます」


 美以子にならって自己紹介をし、頭を下げる。

 彼女は有名人である以前に年上の女性だ。確か二十一歳の大学四年生だったか。大学生と接する機会なんてほとんどなく、意識するとコミュ障が爆発しそうになる。


「……そうなんだ。よろしくね」


 特に違和感なく自己紹介できた……つもりだったのだが、何故か愛未の笑顔がぎこちない。どうしたのだろう。

 もしや、拭い切れないコミュ障感があったのだろうか。


「えっ、と……な、何か……?」

「あぁいや、ごめんね。その、悪気はないんだけど…………。最初、君のこと……中学生の男の子かなって思ってて」

「なるほど、中学生……」


 なら大丈夫だ。中学生なんて言われ慣れている。


「おねショタなのかなって、勝手にテンション上がってて」

「それはわからない……」


 思い切り本音を漏らしながら頭を抱える。

 一つ言えることは、三門愛未という女性はわりとディープなアニメ系オタクということだ。


「ごめんね、変なことばっかり言って」

「…………自覚はあったんですね」

「うん。だって、今はちょっと……気を紛らわせたいところだったから」


 サアァ……、と。

 小さな風が吹く。まるでこの場の空気の色を変えるように。ちょっとした気分転換が終わって、現実と向き合い始めるように。


 彼女は何故ここにいるのか。

 どうして望達はここでばったり出会ったのか。

 突然浮かび上がった疑問に答えるように、愛未は二人を見据える。



「ボクもさ、悔しかったんだよね」



 その言葉の意味がわからないほど、望と美以子は馬鹿ではなかった。

 息を吸って、彼女のアーモンドアイを見つめる。一瞬だけ息の吐き方がわからなくなって溺れそうになった。慌てて隣の美以子を見る。苦しそうな表情だ。だけど何故だろう。胸がちくりと痛くなる訳ではなかった。

 代わりに、ドクドクと鼓動が激しくなっていく。


(悔しい……)


 そうか、と思った。

 苦しいとか、辛いとか、悲しいとか。確かにそういう負の感情も大切なものだ。でも違う。自分はただ一つ、必要な感情を忘れていた。


 ――悔しい。


 それはあまりにも単純で、まっすぐで、燃えるような感情だった。


「…………」


 美以子は一瞬だけ何かを言おうとしていた。

 だけどきゅっと口を結び、思い切り眉根を寄せる。いつだってポジティブなパワーに溢れていて、涙だってついさっき初めて見たばかりだというのに。

 今日の美以子は新鮮な表情ばかり見せてくる。


「あ……。ごめんね。ボクの気持ちを勝手に押し付けちゃって……」

「っ、違います」

「……え?」

「私、本当は認めたくないんです。有名な配信者さんには敵わないだとか、どんなに頑張っても無駄なんじゃないかとか……そういうの。嫌なんです。負けたくないんです」


 彼女の声は震えていた。

 涙声とはまったく種類の違う、決意に満ちた声。


「私も悔しいんです。悔しくてたまらないんです。……っていう自分の感情にようやく向き合うことができました」


 言って、美以子は息を整えるように小さな笑みを零す。

 あまりにも清々しい笑顔は望の胸を熱くさせていく。美以子と目が合うと、望は無意識のうちに一歩前へと踏み出した。


「僕、も……同じ気持ちだよ。凄くショックで、何もかもを諦めたくなったけど、でも…………僕は信じたい。『リベルナ』のことも、本屋ルナのことも、それから……僕自身のことも」


 無理だ。駄目だ。これは仕方のないことだから、全部諦めよう。――なんて言うのは簡単なことだ。

 だけどそこに手を伸ばしてしまったら、自分は一生後悔するだろう。苦しい辛い悲しい、それらをすべて背負っていくことになるのだから。


「ありがとうね、マドカくん。でも、無理はしちゃ駄目だよ? 動画編集だけでも充分助かってるんだから」

「うん……わかってる。わかってるよ。無理はしない。その代わり、全力は尽くすから」


 気持ちが悪い。こそばゆい。一瞬でも冷静になってしまったら「何を格好付けているの?」と自分自身に突っ込みを入れたくなってしまいそうだ。


 でも、今ばかりは強気なセリフを吐きたかった。そうやって無理矢理にでも前へ進む……という意味合いも心のどこかにはあるのだろう。


 だけどそうではなくて。

 ここには望の言葉を笑う者はいない。

 そう断言できるから、望は精一杯の笑顔を浮かべるのだ。

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