3-5 届かない壁
そんな感じで人間観察をしていたら、あっという間に三十分がすぎてしまった。
トークショーが幕を開け、舞台上に一人の男性が現れる。
アッシュゴールドのナチュラルショートヘアに、キラリと光る左耳のピアス。服装はアロハシャツに短パンと、妙にチャラチャラとした雰囲気のある男性だ。
「皆さんこんにちは~。本日は足元の悪い中、ライブリリィ・エキスポの特別トークショーにお越しいただきましてー……え、なにぃ? 全然雨は降ってない? むしろ快晴? はー、これは凄いですよ皆さん。雨男で有名な僕の力をねじ伏せた訳ですからね。今日は良い日になりそうだ!」
言って、はっはっはと笑い飛ばす。
彼はいったい何者なのか――というのは、実は望も知っていることだった。きっと美以子もわかっているのだろう。
彼が登場した途端に会場の緊張感が一気に薄れたような感覚になる。
「おっと、申し遅れました。わたくし……いやちょっと堅苦しいな。僕は本日のMCを担当する、ライブリリィの宣伝広報の
彼――鉄治は、元お笑い芸人の宣伝広報だ。
トーク力が高く、ライブリリィの生配信やイベントでMCを担当することが多い。今も彼の特徴である糸目を思い切り見開き、起きてますよアピールをしている。
彼の芸人時代からのファン曰く、「ちゃんと起きていますからねぇ~」は当時からのお約束のあいさつらしい。
「いやぁ、良いですねぇ。初めは緊張するものですが、皆さん最初からあたたたかっ……ぐ、う……温かく! ライブリリィのファンの皆さんは素晴らしいですねぇ」
噛んだ。噛んだ。カミ留さんだ。……などのひそひそ声が聞こえてくる。
「おーい、おいおい。誰やカミ留さんって。僕は塩留、塩留鉄治ですよー。名前だけでも覚えて帰ってくださいねー。って、僕が一人で喋ってる場合じゃないんですよ!」
まったくう、と一人でぷりぷり怒る鉄治。
気が付けば会場の空気は完全に温まっていた。ふと美以子と目を合わせると、彼女もへらへらとした笑みを浮かべている。
美以子も望と同じように落ち着かなかったはずなのに、流石は元お笑い芸人の手腕、といったところだろうか。
「ということでね、早速……早速? いやまー全然早速ではないですが、本日の出演者の皆様に登壇していただきましょう。どうぞ!」
鉄治の言葉とともに会場は拍手に包まれる。
ステージに登壇したのは「カントールシリーズ」のプロデューサー、キャラクターデザイナー、サウンドクリエイターの三人だ。メンバーは初めからわかっていたが、見事に「カントールシリーズ」一色である。
しかし、一つ希望があるとすればサウンドクリエイターは『リベルナ』と同じ人だということだ。
もしかしたら、という淡い期待を抱きながらステージに集中していた――の、だが。
(…………)
現実というものは非常に無慈悲である。
まったくもって『リベルナ』の話題が出てこなかった訳ではない。期待通り、サウンドクリエイターの紹介の時に『リベルナ』の名前は出てきた。
でも、それだけだ。
すぐに「カントールシリーズ」の話題へと移ってしまう。まぁ、新作の発売が控えているのだから仕方のない話だ。MCの鉄治のトークも楽しいし、望は普通にイベントとして楽しんでいた。『幻影のカントール』への期待もうなぎ登りだ。
だから今回はこれで良い。満足だ。
と、無理矢理にでも思おうとしていたのだが。
「ところで皆さん。『幻影のカントール』の発売ももちろん楽しみだとは思うのですが……。もう一つ、気になることがありますよねぇ?」
トークショーも終盤に差しかかってきた時、意味深な笑みを浮かべながら鉄治が訊ねてくる。いったい何のことなんだ……なんて、すっとぼける余裕すら望にはなかった。
「そうです。『隠れた名作再生プロジェクト』ですよねぇ! 僕らライブリリィも無関係と思っている訳ではないですから。日々、皆さんのゲーム配信に注目させていただいておりますよ、ええ」
腕組みをし、うんうんと頷く鉄治。
まさかこんなにも直接的に『隠れた名作再生プロジェクト』の話題が出てくるとは思っていなかった。ちらりと美以子の様子を窺うと、彼女の葡萄色の瞳はまるで希望を掴み取ろうとするようにステージへと向けられている。
「もちろんここではっきりと言うことはできないですがね。でも、今のところ我々がどう感じているか……少しくらいヒントを与えても良いのではないかと思いましてね」
鉄治の言葉に、会場は「おおっ」という期待の歓声に包まれる。
やはり皆、新作だけではなく『隠れた名作再生プロジェクト』のことも気にしているらしい。
「まぁ、その。一つ言えることはあれですね」
言葉を探すように天を仰いでから、鉄治は覚悟を決めたように客席を見回す。
「ちゃんと届いてますよ、っちゅーことですわ」
ドキリ、と鼓動が跳ねる。
期待が都合の良い方向へと働いてしまった。美以子と目を合わせて「もしかして」な希望を爆発させる。そうであって欲しいと信じたかった。だって、製作者に「届いてますよ」と言われるだけで救われる想いが確かにあるのだから。
でも。
「あれは刺さる人には刺さる作品だった。もっとこう……どんな人でも楽しめるような形にしたい、というのが我々の考えですね」
――違う、と気付いてしまった。
胸の高鳴りが一気に苦しい方向へと変わっていく。
鉄治の言っている作品は、望の思い違いでなければ『
しかしストーリーとキャラクターは評判が良く、隠れファンも多い。移植・リメイクはされておらず、今回のプロジェクトで注目を集めているのは望も密かに知っていることだった。
事務所に所属する有名VTuber。
ゲーム実況が主要な動画ジャンルの一つになったばかりの頃から最前線で活躍し続けているストリーマー。
俳優や声優の個人チャンネル。
……などなど。
多くの有名配信者が『音のカントール』を実況している。
一万再生を超えているものなどいくつもあるし、元々人気な「カントールシリーズ」だから話題性も高い。
(……こんなの)
勝てっこないじゃないか、と。
独り言の代わりに下唇を噛み締める。
どんなに頑張ったって有名配信者には勝てない。
一万再生を超えない限りは見向きもされない。
結局、全部無駄なのではないかと思いそうになる。
どんなに頑張ったって届かない壁があって、仕方がないと諦めなければならない瞬間もある。
もしかしたらそれは、今なんじゃないか――なんて。弱い心がゆらゆら揺れる。
目が回って、挫けそうで、この場にいることすら辛くなって。
そんな自分が嫌だなぁなんて思う気持ちも、きっと自分の中には存在しているのだろう。だけど望は逃げるようにして俯く。
弱くて情けない自分を晒しながら、心の中で「胡桃沢さん、ごめん」と思うことしかできなかった。
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