3-3 ライブリリィ・エキスポ
六月十五日、土曜日。
今日はライブリリィ・エキスポの初日であり、トークショーが開催される日だ。
望と美以子はトークショー付きの入場チケットを無事入手。最寄りの渋谷駅で待ち合わせ、会場へと向かう予定だ。
(う、人多くない……? いやまぁ、当たり前のことではあるんだけど、やっぱり秋葉原とは訳が違うっていうか、僕だけ浮いてる感じがするっていうか)
待ち合わせの予定時間は午後一時。今はその三十分前。世間一般的には「早くない?」と言われてしまうかも知れないが、望にとっては普通の感覚だった。
これはデートなのだと変に意識して焦っている訳ではない。単に人を待たせるのが嫌なのだ。
(具体的にどこで待ち合わせるか決めてなかったな……どうしたら良いんだこれ)
望は今、ハチ公改札を出てふらふらしている。もちろん近くには忠犬ハチ公像があるのだが、すでに人でいっぱいだ。望のような身長の低い男だと埋もれてしまうことだろう。
(というか、陽キャだらけで近寄れない……。まぁ、その……僕も傍から見たら少しは陽キャに見えるのかも知れないけど)
デートかどうかはともかく、今日は異性のクラスメイトと出かける日だ。美容師の母親に相談し(友達と出かけると誤魔化した)、服装を小綺麗にしてもらった。
白いシャツに、ブルーグレーのドルマンスリーブのジャケット。同じくブルーグレーのテーパードパンツと、いつもよりかは大人っぽい雰囲気になったような気がする。
(とりあえず、ハチ公改札前にいるって連絡を……)
通行人にぶつからないように気を付けながら、望はスマートフォンを取り出す。
すると、
「マドカくん」
聞き慣れた声が耳に響いた。
反射的に顔を上げる。
「胡桃沢さん。……おはよう」
「んー。どちらかと言えばこんにちは、かな?」
「そ、そうだね。こんにちは」
「そうそう、こんにちはだよ~。それにしてもマドカくん、早いねぇ」
言いながら、美以子は微笑む。
ショート丈のデニムシャツに菜の花色のフレアスカート。いつも通りハーフアップにしたオレンジブラウンの髪。
やさしいたれ目がこちらを向くと、自然と安堵感に包まれた。
「いや、ほら……待たせたら悪いなって思って。……………でも、助かったよ」
「助かったって?」
「…………ここは若者が多いから、落ち着かなくて」
「マドカくんも若者だよ?」
「うん、まぁ、そうなんだけど」
言って、思い切り目を逸らす。
美以子はクエスチョンマークを浮かべたまま――という訳でもなかった。
「それってあれかなぁ。見知った私が来たから心が落ち着いたってこと?」
「あ、うん。そういうことだよ」
「……ふぇ?」
何故か意表を突かれたような声を漏らす美以子。
「私、冗談で言ったつもりだったんだけどなぁ。……でもそっかそっか。そうなんだ」
「え、あ……何かごめん」
「いやいや、私が勝手にニヤニヤしてるだけだから。気にしないで」
ぱたぱたと両手で顔を扇ぎながら、美以子は言葉通りに口元を綻ばせる。
不意に望は「太陽だ」と思った。ただ眩しいだけじゃなくて温かくて、安心できるような希望の光。
大袈裟に思われるかも知れないが、やはり慣れない渋谷駅に一人でいるのはハードルが高かったのだ。
「……えっと、じゃあ行こうか」
「そうだね~。トークショーの前に展覧会もじっくり見たいし。……『リベルナ』の展示、少しはあったら良いなぁ」
「もし、『リベルナ』のリの字すらなかったら……」
「マドカくん? 最初からネガティブじゃ駄目だよ。大丈夫。きっと大丈夫だから」
「……何か、フラグになってる気が」
「う……。言えば言うほどってやつだったかな。と、とにかくレッツゴーだよ」
ねっ? と美以子は無理矢理アイコンタクトを向けてくる。
望が頷くのを確認してから、二人はイベント会場へと歩き始めた。
ライブリリィ・エキスポが開催されるのは複合商業ビルの地下一階にあるイベントスペースだ。展覧会自体は午前十一時から入場することができるが、トークショーは午後三時に開場・三時半にイベント開始という形になっている。
「……わぁ」
望達はまず、展覧会に足を踏み入れた。
すると美以子が小さく感嘆の声を漏らす。そりゃあそうだろう。会場内は背景アートの展示がズラリと広がっていて、一気にゲームの中に入ったような感覚になるのだ。
とはいえ、目の前に広がる世界観は決して『リベルナ』ではなかったのだが。
「やっぱりあれだねぇ。ほとんど『
独り言のように美以子が呟く。
ライブリリィの最近作、『幻影のカントール』。
発売を来週に控えている上に、ライブリリィの看板である「カントールシリーズ」の新作でもあるのだから、それはもう注目度の高い作品だった。
望は『リベルナ』推しの人間ではあるものの、普通に「カントールシリーズ」も好きだ。当然のように『幻影のカントール』も予約済みだし、今だって密かにテンションが上がっている。
「胡桃沢さんはカントールシリーズって……」
「うん、やってるよ~。『ゲンカン』ももちろん買う予定だし」
「……早速略称を使ってるんだね」
「もちろんだよ。私、一番好きなのは『リベルナ』だけど、ライブリリィも大好きなんだから」
ふんす、と腰に手を当てて自慢げな美以子。
美以子の言う『ゲンカン』とは『幻影のカントール』の略称だ。例えば『月のカントール』だったら『ツキカン』、『彼方のカントール』だったら『カナカン』など、公式推奨の略し方があるのだ。まぁ、今作は「玄関みたいだ」と話題になってしまっているのだが。
「『ゲンカン』はねぇ、プロジェクトが終わってから配信でプレイしようと思ってるんだよね。だからマドカくん、ネタバレは厳禁だよ?」
「え……? じゃあ、あれはやらない感じ……なのかな」
「…………あっ」
美以子が微かな声を漏らす。
望の視線の先にあったのは『幻影のカントール』の試遊コーナーだった。体験できるのは戦闘のみだが、聞こえてくる戦闘BGMだけで高揚感を覚えてしまう。
「それは……ね? 配信で感想を言わなきゃだし、やっておかなきゃ」
「……何だそれ、可愛いな……」
ついつい本音が漏れ出てしまった。
相変わらずの悪い癖だ。
「んぐぁ。……そ、それはわざと? それともホントのホントにだだ漏れ?」
「…………あ、ああ、あの。ごめん、信じて欲しいというか……その。直接可愛いなんて言う勇気、僕にはないから」
「……そっか。とっ、とりあえず列に並ぼっか。ここに突っ立ってたら邪魔になっちゃうよ」
「そうだね、うん。そうしよう」
コクコクと激しく頷く。
列に並んでから『幻影のカントール』の試遊が終わるまで、一度も美以子の目を見られなかったのは内緒の話である。
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