2-5 コンプレックス

 昼休みの時間はあっという間にやってきた。

 ぼっちな望は弁当を持参して中庭で食べることが多い。美以子は食堂派らしく、友人達と教室を去っていってしまった。


「俺も弁当だから。中庭で良いぞ」


 意外や意外、玲汰も弁当派だったらしい。てっきり食堂の定食をご飯大盛りにして食べているのかと思っていた。

 いくら野球少年だからといって偏見が過ぎただろうか。申し訳ない妄想をしてしまって、中庭のベンチに座るなり望は身体を縮こませる。


「そんなにかしこまらなくて良い。大した用じゃないからな。とりあえず食うか」

「あ、うん……」


 望が妙にビクビクとしているは玲汰に伝わっていたらしい。

 恐る恐る背筋を伸ばし、弁当箱の蓋を開ける。母親の作ってくれる弁当は冷凍食品が多いが、必ず一品は手作りのものを入れてくれる。今日はだし巻き卵だった。


「……良い匂い……」


 玲汰も弁当を開くと、望はぼそりと呟く。

 どうやら玲汰の弁当は豚肉の生姜焼きのようだ。白米の上に生姜焼き、スクランブルエッグ、ブロッコリー、ミニトマトが添えられている。食欲を誘う香りだけでなく、見た目的にも色鮮やかで美味しそうだ。


「良いだろ。俺の手作りなんだ」


 どやぁ、と自慢げに笑う玲汰。


「えっ、あ、そうなんだ」


 望は普通に驚いてしまった。

 料理上手なのも予想外ではあったが、それ以上に登校前に弁当を作っているところに衝撃を受けてしまったのだ。


「……野球部でもあるのに、凄いね」

「まぁ、野球はモテたくてやってるだけだからな」


 ――ん?


 望は心の中で首を傾げる。

 今、あまりにも想像の中の「館花玲汰像」とはかけ離れた発言があったような気がした。確かに望は野球部での玲汰の活躍を知っている訳ではないし、梨窪高等学校の野球部が甲子園に行ったという話も聞かない。


「それに俺はファミレスでバイトもしてるからな。実際のところ、俺が野球部に顔を出すのはレアなんだ」

「…………」

「どうした。俺がもっと爽やかなスポーツ少年だとでも思っていたのか」


 スッと目を細められる。相変わらず整った顔付きだ。


「…………そんなことしなくても普通にモテると思うけど」


 思わず本音が零れ落ちる。

 イケメンで、運動神経が良くて、成績も良くて、料理もできる……なんて。野球部という属性がなくたって充分異性に惹かれる要素に溢れているではないか。


「もしかして館花くんが勉強できるのって」

「モテたいからだ」

「……料理できるのって」

「モテたいからだ」

「…………じゃあ、僕みたいなぼっちでコミュ障な男を昼食に誘ったのって」

「モテた……いや、それは違うな」


 玲汰のドヤ顔がぐにゃりと歪む。

 この流れだったら「モテたいから」という返答もあり得ると思っていた。ぼっちな男子にも優しい館花くんかっこいー、きゃーきゃー、みたいな。

 だけど今、玲汰は思った以上にシリアスな表情をしている。


「悪いな、本題に入るのが遅れた」

「いや、それは……大丈夫、だけど」

「単刀直入に聞くが、宿見は絵を描くのが好きなのか?」

「…………絵?」


 やばい。

 想定してなかった質問すぎて、ダジャレみたいな反応をしてしまった。


「休み時間によく描いてるだろ、絵。好きなのか?」

「あー……、そうだね。ちょっとした趣味って感じ……かな」

「趣味……」


 まさか見られていたとは思わなかった。

 気恥ずかしくて、望は目をきょろきょろとさせる。絵が上手な人なんてこの世には山ほどいて、望は単なる自己満足で描いている。趣味ならともかく夢と言えるほど胸を張れるものではなく、望はついつい挙動不審になってしまった。


「宿見は最近、急に表情が明るくなったように見えたんだ。それはその趣味のおかげなのか?」

「それは……」


 望は困ったように口をもごもごさせる。

 まず驚きだったのが、望の様子が変わったことに気付かれたことだ。

 確かに望は最近、教室で美以子と話すようになった。でも、望の中で変わった部分はそのくらいだと思っていたのだ。表情の変化までは自分で気付けず、「そうだったのか」と自分自身に驚いてしまう。


「色々と理由はある……と思う。でも、絵もその中の一つなんじゃないかな」


 とりあえず苦笑交じりに誤魔化してみる。

 美以子のおかげだ、なんて当然言えるはずがなかった。

 いや、玲汰に本屋ルナの話がしたいならむしろ言うべきなのだろうが、どうしても恥ずかしさが勝ってしまう。何とも情けない話だ。


「そうか」


 一言呟いてから、玲汰は弁当を頬張った。

 望も真似をするようにだし巻き卵を一口食べる。母親の作るだし巻き卵は冷めても美味しくて、口の中に入れるとじゅわりと優しいだしの風味が広がる。弁当の中で一番好きなおかずだ。


(って、このまま現実逃避してちゃ駄目だよね)


 さっきから沈黙が続いている。弁当にだけ集中していたらあっという間に休み時間が終わってしまうだろう。

 せめて弁当から視線を外して、玲汰の目を見なくては。


「…………っ」


 心の中で「せーの」と合図をしてから、望は玲汰を見つめる。

 すると何故だろう。玲汰の小豆色の瞳はどこか寂しげに揺らめいているように感じた。


「あの、さ」


 声が震える。

 意味がわからないと思った。今はまだ「どうしたんだろう」という不確定な状況なのに、見栄を張って彼の力になりたいと思っている自分がいる。そんなことができるほど宿見望という男は立派な人間ではないのに。美以子と出会って、本屋ルナに協力して、何かが変わろうとしている最中のはずなのに。


 ただ眩しい存在だった玲汰に向かって、一歩を踏み出そうとしている。


「僕は……その。空気みたいなもの、だからさ。もしも……不安、とか。何が吐き出したいことがあるなら言ってみたら良い……んじゃないかなって、思う。ここには誰もいない……みたいなものだから」


 こういう時くらいもっとハキハキと話せないものかと自分でも思う。

 だけど玲汰はそんな望の視線をしっかりと受け止めてくれた。「良いのか?」と小さく訊ねられ、望はすぐさま頷く。

 ややあって、玲汰は静かに口を開いた。


「実はな、物凄く意外なことに……俺にはコンプレックスがある。それは趣味がないことだ」


 言って、「な、意外だろ」と付け足す。

 確かに意外だ。才色兼備で完璧なイメージがあったから、コンプレックスがあること自体驚きだった。でも彼だって一人の人間な訳で、完璧だなんて言葉の方がありえない話だ。


 だから今、玲汰の口からコンプレックスという言葉が出て、少しだけ彼の心に近付けたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る