2-4 今までと違うアプローチ

「マドカくん、嬉しそうだねぇ」

「そうかな。……いや、そうなのかも。うん」


 望は一人で納得したように頷く。

 素直に嬉しいと言えば良いのに。ついつい回りくどい言動をしてしまうほど、望の気持ちはふわふわとしていた。


「あ……あの、さ。胡桃沢さん。昨日のコラボ対談みたいに、『リベルナ』を知らない人に興味を持ってもらうのって……どうしたら良いんだろう」

「んー。今までと違うアプローチだとクラスメイトとかなぁ」

「クラスメイト……」


 美以子の言葉をオウム返ししながら、望は天を仰ぐ。

 望は美以子のクラスメイトだが、すでに二人には『リベルナ』きっかけで仲良くなったという経緯がある。


 今回はそうではなく、『リベルナ』を知らない人……何ならゲームとかけ離れた人に協力してもらうのが良いだろう。

 クラスメイトなら忖度のない意見を直接聞くことができるし、案外良い案かも知れない。


「例えば…………館花たちばなくん、とか」

「あっ、それ私も頭に浮かんだところだよ。爽やかな野球少年ってイメージあるよね、館花くんって」


 館花玲汰れいた

 クラスメイトで、野球部で、成績優秀で、背が高くてガタイも良くて、切れ長の目が特徴の整った顔立ちをしている。

 いくら何でも完璧すぎるのではないか? という男子が同じクラスにいるのだ。


 ちなみに当然だがちゃんとした会話をしたことがない。

 かつての美以子と同じくあいさつくらいだ。彼は寡黙かもくとまでは言わないがクールで、口数が多い方ではない。

 確かにゲームとかけ離れていそうな人ではあるものの、話しかけるには勇気がいる人だ。


「……胡桃沢さん。それって、館花くんにもVTuberだってことを告白するって……こと?」

「うん、そうだよ。……二人きりの秘密の方が良かった?」

「ぅぐ、ぅ」


 変な呻き声が出る。

 急に耳元で囁かれたのだから仕方のない話だ。


「じょ、冗談だよ? 本気で照れられるとわたしゃどうしたら良いのかわからないんじゃよ~。ほよよほよよ~」


 美以子がわざとらしさ百パーセントのおばあちゃん口調になっている。

 どうやら彼女も彼女で戸惑っているようだ。所謂自爆というやつだろうか。


「こほん。あー、ほら。もうすぐホームルームが始まっちゃうねぇ。声かけられそうなタイミングがあったら突撃してみよっか」

「そうだね。……僕もちょっと、頑張ってみる」


 珍しく動揺を隠せない様子の美以子を微笑ましく思いながら、望は頷く。

 しかし残念なことに望はネットにしか友達がいないようなコミュ障だ。クラスメイトに声をかけるという行為は望にとってハードルが高く、「頑張ってみる」という言葉は非常に弱々しいものになってしまった。


(あーもう、僕ってやつは本当に)


 周りに誰もいなかったら、うがーと頭を掻きむしりたい気分だ。

 頑張りたいのに弱気な部分が前に出て、あわよくば美以子にある程度のことを押し付けようとしている。

 あまりにも情けなくて、望は苦笑を漏らすことすらできなかった。



 ***



 玲汰に声をかけるとしても昼休みか放課後になるだろう。

 それは美以子も同じ考えのようで、授業の間にある十分間の休み時間はちらりと玲汰の様子を窺うくらいで終わっていた。

 どうやら美以子にとっても勇気のいる行為のようだ。あまり話さないクライメイトにVTuberだと告白する訳だから当然の話なのかも知れない。


 一方で望はと言うと、ノートの端に落書きをしていた。望にとって絵を描くのは現実逃避だ。無我夢中で描いていれば心配ごとも忘れることができる。

 まぁ、それはペンを走らせている間だけの話なのだが。



「なぁ、宿見」



 ――気のせいだろうか。


 今は二限目が終わったばかりの休み時間。

 ノートの落書きを再開しようと思っていたら、不意に声をかけられたような気がした。


 確かなことは美以子ではないということだ。

 美以子は望のことを「宿見」と呼ぶことはないし、だいたい声も低めだし、試しに美以子の様子を確認するとうっすらと口を開いてこちらを見ていた。まるで何かに驚いているようだ。


 ……いい加減、現実逃避はやめよう。

 オリーブグレーのソフトモヒカンに、小豆色の切れ長の目。大きくてガッチリとした身体付きに、ほど良く焼けた肌。

 彼はまさしく望達が声をかけようとしていた張本人、館花玲汰だった。


「えっ、と……あの。た、館花くん…………だったよね。どうしたの」


 やっとの思いで返事をする。「どうしたの」の部分なんてほとんど消え失せそうな声になってしまった。果たして彼の耳に届いたのだろうか。それすら謎である。


「話がある。昼休み、時間あるか?」

「え、あ……大丈夫、だけど」

「そうか。じゃあそういうことで。よろしく」


 小さく手を上げ、玲汰は自分の席へと戻っていく。


「えっ」


 それ以外、言葉が出てこなかった。

 いったい何が起こったんだと言わんばかりに美以子と視線を合わせる。まさか玲汰から声をかけてくるとは思わなかった。しかも望だけに対して「話がある」なんて。


「な、何……え……? 僕、館花くんに何かした……? 全然身に覚えがないんだけど」


 独り言が漏れまくる。

 こればっかりは仕方のない話だ。


「これは、あれだよねぇ……私はいない方が良いよね。多分……絶対」

「だと、思う……。僕もまだ混乱してるんだけど」

「マドカくん。本屋ルナ関係の話はまた今度でも良いから。まずは館花くんの話を優先してあげてね?」

「……うん、わかった」


 頷き、望は少しだけ安堵するのを感じる。

 玲汰の話を聞く上に本屋ルナ関係の話もしなくてはならないとなったら、正直目が回ってしまうと思う。流石に玲汰の約束から逃げ出すことはしないが、あれもしなきゃこれもしなきゃが重なることには慣れていないのだ。


 とはいえ、


「…………大丈夫かなぁ」


 思わず本音が零れ落ちる。

 あまりにも唐突すぎる玲汰とのイベントに、望の鼓動は不安な方向へと高鳴り始めていた。

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