2-2 前向きな気持ち

 月の少年は一人ぼっちで月の世界を歩いていた。

 人もいない、建物もない、不思議な世界。このまま何もない空間が続くのかと思ったら、やがて月の少年は大きな図書館へと辿り着く。


 記憶を取り戻すきっかけになるかも知れない。

 月の少年は導かれるように図書館へと入っていく。

 そこには、一人の老婆が佇んでいた。


『はい、早速メインヒロインが登場しました! この図書館の司書、アマンダばあです。可愛いですよね?』


 ルナがテンション高めに訊ねると、初見勢は「メインヒロイン……?」と当然のように驚いている。

 実際にメインヒロインは別にいるのだが、アマンダ婆は『リベルナ』における重要なキャラクターだ。メインヒロインと表現したくなる理由は望もよく理解できた。


『アマンダ婆、どこかで聞いたことのある声だと思いませんか? あっ、やっぱり先輩方はすぐに気付きますよね~。そうです、真道しんどう加奈枝かなえさんなんです。国民的というか……日曜夜といえばこの人って感じの声優さんですよね』


 ルナの言葉に望も「そういえばそうだった」とはっとする。

 フルボイスではないものの、『リベルナ』はキャラクターボイスのあるゲームだ。あまり話題になっていないのが嘘のように声優陣が豪華で、中でもアマンダ婆役の真道加奈枝は国民的なアニメに何本も出演しているベテラン声優。アニメ好きじゃない層にも知られているような人物なのだ。


『声に迫力があるというか……アマンダ婆が登場したことで一気に世界観に入り込める感じがしますよね。……あ、ムービーシーンに入るっぽいので黙りますっ』


 ムービーが流れると同時にルナは口を閉ざす。

 確かにここはプロローグで一番大事な場面だ。月の少年が何も覚えていない、自分は真っ白な状態だと伝えると、アマンダ婆は「そうか」と一言呟く。少しだけ悩んだ素振りを見せると、やがて何でもないことのように言い放った。


 だったら旅をすれば良い、と。


『ここのアマンダ婆のまっすぐな目が本当に好…………あ、すみません』


 ムービー中、思わず呟いてしまったルナは慌てた様子で口元を塞ぐ。

 気持ちはよくわかった。赤、青、黄、緑……。色鮮やかに輝くアマンダ婆の瞳はまるで「これからお前はどんな色に染まることもできる」と言っているかのようで、プレイヤーの心までもを希望へといざなってくれるようだった。


 アマンダ婆は語る。

 この図書館は様々な異世界へと繋がる入口。本を手に取れば異世界へと飛ばされ、満足するまで世界を旅することができる。

 もしかしたら元の世界に帰ることができるかも知れない。記憶も戻るかも知れない。新しい仲間ができるかも知れない。自分が生きたいと感じる場所が見つかるかも知れない。


 どうするかは自分次第だ、どうする?

 アマンダ婆の問いかけに月の少年は大きく頷く。

 一歩、また一歩。月の少年は本棚に近付き、一冊目の本を手に取る。

 こうして、一つ目の異世界旅行が幕を開けた。


『……というところまでがプロローグになります。先輩方、「リベルナ」がどんな感じのゲームなのか、だいたいはわかりましたかね?』


 ルナが訊ねると、「わくわくするプロローグだった」「めっちゃ面白そう」「何でリメイクされてないんだ……」などのポジティブなコメントが目立っていた。

 これには『リベルナ』既プレイ勢(望も含む)もニッコリである。


『はぁ、良かったです……ほっとしました。初見の方を置いてけぼりにしたら何の意味もないですから。興味を持っていただけて安心しました。ありがとうございます』


 ルナも心の底から安堵したように息を吐き、笑みを零していた。

 始まる前は緊張していたルナだったが、ようやく肩の力が抜けたようだ。「さて、まずは最初の異世界の探索からですねっ」と瞳を輝かせながら物語を進めていく。


 プレイスタイルはストーリー攻略が三十パーセント、探索が七十パーセントといったところだろうか。

 ストーリーももちろん『リベルナ』の魅力の一つだが、異世界探索も楽しいポイントだ。特殊な条件でしか仲間にならないキャラクターがいたり、細かい小ネタが散りばめられていたり……。進めたいけどなかなかメインストーリーが進まない、というのが『リベルナ』あるあるなのだ。


 ルナは美麗なグラフィックやBGMに触れつつ、しっかりと仲間キャラクターと出会いつつ、一つひとつの小ネタを楽しげに紹介していた。

 自由度の高いゲームというものは「自分でもやってみたい」と思わせるものだ。

 いちいちテンションが高いルナの様子もまた、ゲームの楽しさを増幅させている。



「…………良いんじゃないかな、これ」


 記念すべき『リベルナ』配信一回目が終わった瞬間、望は無意識のうちに呟いていた。

 配信時間は二時間半。ストーリーと探索、二つの魅力がバランス良く伝わる良い配信だったのではないだろうか。


「数字としては厳しいかも知れないけど……」


 配信終了直後の再生数は何とか千を超えるくらい。

 早速一万再生を超えるなんて簡単な話ではないことはわかっていたし、まだまだ壁は厚い。だけど今は満足感の方が強くて、望はふうっと息を吐いた。


「僕も頑張りたいな」


 一瞬、美以子に連絡をしようか悩んだ。しかしそれはそれで緊張してしまうし、配信に対する感想ならいつでも伝えられる。だったら、望が今やりたいことを優先すべきだ。

 望はすぐさま編集に取りかかる。


 ――楽しい。ただそう思った。


 もしかしたら、『隠れた名作再生プロジェクト』は大好きな作品を広めるだけではなく、自分を変える大きなきっかけになるのではないか。

 今まで後ろ向きだった自分からは考えられない、前向きな気持ちに包まれていた。

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