第一章 隠れた名作再生プロジェクト

1-1 同じ気持ち

 望と美以子の出会いの中には一つ大きな問題があった。

 それは、『リベルナ』のサントラをどちらが入手するか、ということだ。

 手に取ったのは望だが、それは美以子が別のサントラ目当てだと勘違いしたからだった。美以子が『リベルナ』好きとわかった今、彼女も同じサントラが目当てということになる。


「…………譲った方が良いのかな。いや、どうなんだろ……でもなぁ」

「っていう独り言を漏らしている時点で、宿見くんも欲しいってことだよね? だったら勝負するしかないんじゃないのかなぁ」


 言って、美以子は両手を組んで捻りながら中を覗く。

 じゃんけんの前によくするポーズだ。あれに何の意味があるのか望はよく知らない。ただ、じゃんけんで勝敗を決めたいのはすぐにわかった。


「私、グーを出すからね」

「あ、そういうのはちょっと……ますますわからないんだけど」

「そっかぁ。じゃあ心理戦はなし……と見せかけてじゃんけんぽん!」

「ぇあっ、ぽん…………ぐ、ぅ」


 気が付いたら結果が出ていた。望がパーで美以子がキョキ。

 微妙に後出しになってしまった上に、馬鹿正直にパーを出したら負けてしまった……なんて。

 こればっかりはコミュ障関係なく、ただのポンコツである。


「あちゃー、流石にこれは卑怯だったかなぁ」

「いや……大丈夫。むしろ……」


 そんなにも『リベルナ』が好きなんだと思うと嬉しかったから。

 ――とは、流石に独り言ですら漏らすことはできなかった。「へ……へ」という何とも言えない笑みを零し、どうにか誤魔化してみせる。


「じゃあ、今度は一緒に探そうよ」

「……え?」

「『リベルナ』のサントラ。今回は私の分だけど、次は宿見くんのってことで。どう……かな?」


 美以子の葡萄色の瞳がこちらへ向く。

 気のせいか不安げに揺れているようにも見える。申し訳ない気持ちというものは、大丈夫だとわかっていてもなかなか拭い切れないものだ。


「胡桃沢さんが良いのなら、それで……」


 喜んで、とか。ありがとう、とか。もっと気の利いた言葉が言えたら良かったのだが、今の望には目を逸らしながら頷くので精一杯だった。


「あぁ、良かった。……それじゃあ宿見くん、また学校でね」

「……あ、うん…………また」


 言いながら、望は美以子にサントラを手渡す。「ありがとうねぇ」と言って両手でサントラを抱えてから、美以子はレジへと向かっていった。


「…………」


 これで本当に良かったのだろうか。

 心の奥底がもやもやする。美以子が『リベルナ』好きの同志であることを知ることができて、また一緒にサントラを探しにいく約束までした。

 ベタなようでベタじゃないこの出会いは、後悔よりも嬉しい気持ちの方が大きいはずなのに。


「胡桃沢さん、待って」


 何故か美以子を呼び止めてしまった。

 どうしようどうしようと、心の中が加速する。

 美以子はすぐに立ち止まってくれた。ふわりとスカートを揺らしながら振り向き、迷いもせずに望の元へと駆け寄る。


「あ、いや……その」


 まだ伝えるべき言葉が見当たらないから、もうちょっと待って欲しかったのに。

 気付けば美以子が目の前にいて、望の頭はぐるぐると回転する。気持ちが悪くなってくるくらいだ。


「ありがとう」

「え……っと、何が……」

「呼び止めてくれてありがとうってことだよ。本当はもっと宿見くんとお話ししたかったなぁって、思ってたから」

「……そっか。そうなのか。僕も同じ気持ちだったのかも知れな…………あ」


 独り言モードの途中ではっとなり、望は慌てて両手で口を塞ぐ。


「あ……あの、胡桃沢さん」

「なっ、なぁにかな、宿見くん」

「もしよかったら……その、お、お食事でも……?」

「へぇっ? あっ、う、うん。もちろん大丈夫だよっ? ええっとぉ……あ、そうだ! 秋葉原だと、私のお気に入りのパンケーキ屋さんがあるんだけどね……」


 この謎なテンションはいったいなんなのだろう。

 人見知りであがり症な望はともかく、いつだってマイペースなイメージのある美以子までもがテンパっているように見える。


 もしかしたらこれは、ラブコメ的な展開になるのかも知れない。

 なんて意識をしてしまったら、ますます緊張して使いものにならなくなりそうだ。


(胡桃沢さんの焦ったような声、妙な既視感があるような)


 望は必死にあらぬ方向に思考を向けつつ、来るかも知れないラブコメ展開から視線を逸らしていた。



 ***



 美以子に連れられてやってきたのは、家電量販店の中にあるレストラン街だった。

 望にとって縁遠いパンケーキ屋だというから内心そわそわとしていたが、館内放送で随時流れているCMソングのおかげで緊張感を和らげることに成功した。


 時刻は午後三時すぎ。

 おやつタイムにはちょうど良い時間だ。店内は混んでいて、予想通り女性客が多い。男性の姿もあるがほとんどがカップルだろう。隣に美以子がいなかったら立ち入ることができない空間だ。


「どっこいしょいっと。ほらほら、宿見くんも座って」

「あ、うん…………どっこいしょいって、可愛いな……」

「う…………。つい癖でね、言っちゃうの。よくおばあちゃんっぽいってからかわれちゃうんだけど」


 へへ、と力なく笑う美以子。

 どうしてこんなにも馬鹿正直な独り言が漏れ出てしまうのだろう。もっと気を付けなければいけないな、と望はそっと反省する。


「いや、その……。悪い癖は僕の独り言くらいだと思う、から」

「でも宿見くんは可愛いって褒めてくれたんだから、良いんだよ」


 微笑みを浮かべながら、美以子はぼそりと何かを言った。

 小声すぎて聞こえなかったが、口の動きから察するに「ありがとうね」と囁いてくれたような気がする。まぁ、これが望の妄想だったら恥ずかしくてたまらないのだが。

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