第二話……伝説の存在

 学園長室まで来ると、俺は勢い良くドアを開け、ミレイが入ったことを確認した上で、さらに勢い良く閉めた。

 『ノックぐらいしなさい!』というスイの声が後ろから聞こえたが、無視して鍵をかけた。


「おい、『バアちゃん』! ついに俺の女神を見つけたぞ! 退学は『なし』だ!」

「バ、バアちゃん⁉️ 学園長、そんな年齢じゃないよね?」

「……私は三十三歳だけど、十六歳で成人するこの世界では、孫がいても不思議じゃないね。まぁ、成人でも学園に通う『子ども』がこんなにいるんだから、なんとも言えないか」


 広々とした部屋の正面奥に大きい机と座り心地の良さそうな椅子があり、そのままそこに座りながら、バアちゃんはミレイに答えた。


「バアちゃんについては知ってるだろ? 『メガミバースト』の師匠と言われた人」

「うん。プロデュースもしてたって。だから私達は、ここに入学したんだよ」


「俺のママが『メガミバースト』のリーダー、『常月つねつきメイコ』だから、その師匠で関係としては祖母みたいなものだからってことで『バアちゃん』。名前もそれっぽいし」

「…………。メイコさんはアイドル冒険者だから、結婚もしてないし、子どもだっていないよね? 神代くんが勝手にママって呼んでるってこと?」

「レツは赤ん坊の頃、メイコに拾われて、育てられたんだよ。もちろん、私も協力してレツを育てた」


 ミレイは、信じられないという表情をしているが、本当だった場合の俺の境遇に同情しているのか、言葉に詰まっている様子だ。


「そ、そうだったんですか……。神代くん、メイコさんがいなくなって寂しかったよね……。他の二人は行方不明だし……」

「ああ……。それもあるし、俺はママのおっぱいを吸わないと死んでしまうんだよ。冗談じゃなく、本当に死ぬんだ。それが俺のスキルの『制約』だ」


「なっ……!」

「半年生き延びられただけでも奇跡なんだ。自らの死期を悟ったメイコママが、付きっきりでおっぱいを吸わせてくれたおかげだ。病人なのに……俺のことしか考えていなかった……。いや、最初からずっと……。だから『女神』なんだよ、正真正銘の」


「だからあんなに苦しそうだったんだ……。でも、それならそうと言ってくれても良かったのに……。それに、お金さえ払えば、そういうことができる店もあるって聞くし……。色々なパーティーに入れてもらわなくても良かったはず……」

「いや、それじゃあダメなんだ。それも制約だ。このスキルのことを、『ママ』以外に話してはいけないんだ。話した瞬間、全ての力と記憶を失う。ママもその対象だ。そして、無償の愛でしか俺の生命力を満たせないし、スキルも発動しない。だから、強引に吸ってもダメ」

「私もかつて、レツの『ママ』だったことがあるんだよ。だから話しても問題ない。この部屋も完全防音だ。でも、無償の愛は続けられなかった。普通の人間には、絶対に無理だよ。たとえ、『本当の親』でもね」


「そんな複雑な条件のスキルがあるんだ……。でも、だからこそ、すごいスキルなんだね」

「ミレイの疑問に対しては、もう一つ。知っての通り、冒険者パーティーのAランクとBランクには大きな隔たりがある。実力も待遇も。だから、BランクパーティーをAランクに俺が引き上げてやれば、俺の実力が評価されて、言ってしまえば、ちやほやされて、俺のママになってくれる人が現れる可能性が上がると考えたんだ。

 この学園でのAランク認定なんてカスみたいなものだし、簡単に実現できると。でも、現実は甘くなかった。もちろん、ママの方。Aランク認定は、やっぱりカスだった」

「その学園長の前でよく言えたもんだねぇ。まぁ、『レジェンドランクパーティー』からすれば、その通りなんだけど」


 バアちゃんの発言に対して、ミレイは首を傾げた。


「どういうことですか? 神代くんがレジェンドランクパーティーメンバーみたいに聞こえたんですけど……。これからなるってことなら……まぁ、どうなるか分かりませんけど……」

「これもまだ言ってなかったみたいだね。レツは伝説のパーティー、『メガミバースト』のメンバーだったんだよ。それも、中核中の中核。レツなくして、『メガミバースト』足り得ないほどの実力者だ」


「ええええ⁉️ だ、だって、『メガミバースト』は女性三人だけで構成されてるから『女神』なんだって、男は絶対入れないんだって、本人達もメディアで言ってたし、自分達で出版した本にも書いてあったんですよ⁉️」

「あの子達のパーティー名は最初、『メガミズ』だった。レツが入って『メガミバースト』になったんだよ。もちろん、彼女達は学園の頃からアイドル的存在だったから、レツの存在は終始秘密にして」


「いや、でも……ダンジョンに出入りする時は、メンバーが自動認識されて記録されるじゃないですか!」

「そこは、レツのスキルでどうにでもなる。おっぱいを吸った前後の情報が、この世に一切残らなくなり、かつ、整合性が取れた状態に置き換えられるんだからね。もちろん、レツとママ以外の話。何より、一分間、時間が停止し、自由に動けるのが最大のメリットだ。他には、対象も含めた全快能力もある」


「だから、神代くんの脚が一瞬で治って、ナッちゃんとスーちゃんの記憶が妙だったんだ……って、あれ……? 一分間……? 私の時は五分ぐらいでしたけど……」

「……。レツ、どういうこと?」

「それは、ミレイの潜在スキルだよ。五分間、任意に時間を停止でき、自由に動ける。動ける対象も選択できる。もちろん、整合性も取れる。あと二回、俺がおっぱいを吸えば、俺と長時間離れていても使えるようになる」


「いや、だって私のスキルは『弱点特効』だよ? 『時間停止』なんて関係ないよ? 神代くんのスキルが成長したんじゃないの?」

「レツは、少なくとも自分とママのスキルを完全に把握できるから、それはない」

「俺がおっぱいを吸った時に、俺のスキルに引っ張られて潜在スキルが発現するんだ。初めて吸った時は、強制的に発動する。実際、メイコママは、俺のスキル把握能力から派生して、伝説の『把握スキル』を発現させ、名実ともにリーダーの資質を得た。

 そして、ミレイの『弱点特効』と『時間停止』は相性が完璧だ。この先、ダンジョン内外で敵はいなくなる。計五分間停止したあとは、一分間停止できないが、俺がまた吸えば俺のスキルで一分間停止できるから、事実上途切れなく停止できる。

 つまり、『ずっと俺達のターン! そして、ずっとお前達のクリティカルターン!』と言える」


「っ……!」

「レツの強みは、スキル関係だけじゃない。おっぱいは抜きにしても、言わば分析スキルとリーダースキルを素で兼ね備えている。適切な状況判断と最適解の作戦指示。『メガミバースト』が千階層目から常に無傷生還を果たしていたのも、それらがあったからこそだ。

 去年一年のレツの印象がないだろ? あれだけ常軌を逸しているのに。『メガミバースト』の活動があったからだ。不登校者だと思われていたんじゃないかな。そんなのこの学園ではあり得ないのに。それに同情した、と言うか、偽善者ぶったBランクパーティーがレツを最初に加えて、現在のダンジョン進度一位になっている」

「学園内のパーティーは今日現在、Aランクが最高で、苦労して八百階層止まり。この分だと、二十年経っても千階層に辿り着けない。全員、ハッキリ言って周回遅れだ。なのに、『スキルを持たない一般人とは違うんだ』『下のランクの奴らとは違うんだ』と言って、ふんぞり返っているのが現状なんだよ」


「えぇ……。それも秘密ってことだよね? そうじゃなかったら、神代くんが揶揄されることもなかったから……。でも、退学寸前ってことは、その実力よりも学園内での変態行為が重罪だったってことなんだね……」

「いや、それもなくはないけど、別の話。レツは、見境なくAランクパーティーを作り出してしまった。それの何がいけないかと言うと、彼ら彼女らは、精神が未熟なまま地位を得てしまった。実際、学園内の秩序が乱れに乱れまくった。ママを見つけられなければ、それを自身の手で収束させる責任を負えない。その罰がメインだよ」

「完全に学園の責任転嫁だよな。それを生徒に押し付けるのかよって話だ」


「それこそ、『セントマリー学園は、お前達のママじゃない』ってことじゃない?」

「流石、竜胆ミレイ。最初に教えられたことを忠実に覚えているね。学園はダンジョンを安全に管理し、生徒についてはダンジョン攻略の点『だけ』、成長を促す努力をする。他のことは一切感知しない。仮に、生徒が殺し合っても、教師と施設と周囲に被害が及ばなければそれでいい」

「いや、俺も覚えてるけどさぁ、それが『あるべき姿』かと言うとそうじゃないだろ? 実際、学園に恨みを持ったり、利用しようとしたりする奴らがいるんだから」


「あ、そう言えば! 神代くん、学園長にはさっきのこと話していいんだよね?」

「さっきの『銃声』のことかい?」

「流石バアちゃん、『認識』していたか。最近、この辺で怪しい動きをしていた連中の幹部一人をさっき始末した。多分、学園の生徒なら誰でも良かったと思うけど、ミレイ達を攫おうとしてたんだ。そこで偶々行き倒れていた俺がおっぱいを吸わせてもらって、なんとかなったって次第」


「や、やっぱり、殺しちゃったんだ……。神代くん、そういうのに慣れてるの? 『アレ』がなんなのかも知ってるみたいだったし……」

「私がレツにお願いしていたことでもあるんだよ。千階層目はそういう所だ。そこが異世界と繋がってる。正確に言えば、異世界に行けるわけではなく、その空間にあらゆる情報が詰まっている。実を言うと、こっちの技術は、その多くが『メガミバースト』や歴代のレジェンドランクによって向こうから引っ張ってきたものだ。あの銃声、おそらく拳銃だろうけど、恐れていた通り、武器商人が出始めたか……」

「千階層目に到達できたのは、やっぱり『メガミバースト』だけじゃなかったみたいだな。解散してなければ、未然に防げたけど」


「い、異世界⁉️ どういうことですか! 全然分かりません!」

「レツもそうだけど、あなただって『日系人』でしょ。伝説の異世界人の血が混ざってることぐらい、知ってるはずだけど」


「そ、そうですけど……。『日本』と繋がってる場所があるなんて聞いたことなかったから……。日系人なら誰だってそこに行ってみたいと思いますよ」

「私が『そういう所』と言ったのは、その情報を目当てに、悪意を持つ人間が来た時、あるいは持ち出して悪用した人間がいた時に、しっかり抹殺できるかということ。それが、レジェンドランクパーティーの責任だ」

「『リトルヴィーナス』は、『メガミバースト』に倣って、学園周辺をパトロールしていたんだろ? 本にそう書いたからな。あのパトロールの本当の目的は、それだ。『悪い連中』には、そういう奴らが含まれていたんだよ」

「流石に状況が変わったね。無闇に外出することは禁止にしよう」

「……。えっと……神代くんがあの本を書いたの? 『メガミバーストファーストキセキ』」


「ああ、そうだよ。みんな忙しかったからな」

「もちろん、私が依頼した」

「……。いや、だって……あの本が発売されたのって、五年前だよね? 神代くんは十一歳だよね?」


「そうだけど」

「つまり、それよりも前に、レツはレジェンドランク相当だったってことだ。紛れもない天才だよ」

「……。どうして……どうして死ぬ直前まで放置したんですか! 世界の宝を失うところだったのに! そうでなくたって……! ママだったこともあるのに……! 学園の規則なんてどうでもいいでしょう!」


 ミレイは本気で怒っていた。これまでの彼女からは想像できない姿だ。


「それは悪かったと思ってるよ。ごめんね、レツ。この通りだ」


 バアちゃんは座っていた椅子から立ち上がると、俺の正面まで来て、土下座した。彼女の額は、しっかりと床にくっついている。


「いや、いいんだよ。結果オーライだ。それに、追い詰められないと打破できない状況もある」

「……。神代くんがそれでいいなら……」

「ありがとう。このままついでにもう一つ。竜胆ミレイ、いや、ミレイ。レツと一緒にレジェンドランクパーティーになって、悪の組織を潰してほしい。言い換えれば、殺人に手を染めて、世界の秩序を維持してほしい。この通りだ!」


 学園長の要求と土下座に、言うまでもなくミレイは戸惑っていた。


「っ……! ど、どうして私なんですか!」

「悪のレジェンドランクに対抗できるのは、正義のレジェンドランクだけだ。そして、レツ自身には力がない。ママのおっぱいを吸っても、一分間の時間停止だけでは活動に限界がある」

「レジェンドランクは、自身の判断で殺人が許可されている。『メガミバースト』も全員がその責任と覚悟を持っていた」


「『メガミバースト』の名前を出すなんてズルいよ……」

「決断は今じゃなくていい。まずはこれまで通り、レジェンドランクを目指して冒険者活動に取り組んでもらってかまわないから」

「ごめん、ミレイ。俺は本当に嬉しかったんだ。俺を助けてくれて、俺のために怒ってくれたことが。状況的な要因はもちろんあったけど、やっぱりミレイは女神なんだって確信した。

 それと、誤解がないように予め言っておきたい。君は、メイコママの代わりでも『メガミバースト』の代わりでもない。自分で判断してほしいし、彼女達を乗り越えることだってできる。とりあえず、俺達の希望を伝えたにすぎないと思ってくれればいい」


「……。でも、内心では絶対にそうしてほしいと思ってるんだよね?」

『まぁ、それは……』


 俺とバアちゃんがハモった。


「はぁぁ……。それじゃあ、私の考えはそれまでに整理しておきます。もしかしたら、そのことで相談するかもしれませんけど」

「ありがとう、ミレイ! やっぱり、女神だね! いつでもここに来ていいから! 欲しい物があったら何でも言って!」

「よし、これでようやく前に進める!」


「なんか、私がオーケーしたみたいな雰囲気出してますけど! 考えるだけですよ!」

「分かってるってー」

「断固拒否されたら、中央政府に『最後の手段』を取られてもおかしくないからなぁ」


「な、何? その『最後の手段』って……?」

「『指定最重要機密スキル』に関わることだから、私の口からは言えない」

「まぁ、ある程度は想像できることだよ。でも、考えても仕方がない。それに、やるべきことはもう一つある」


 ミレイの様子から、彼女はそのやるべきことに気が付いたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る