私が殺したケータイ小説家

ふじた いえ

第1話 スイーツ小説

踏むがいい

おまえの足の痛さは

この私が一番よく知っている

踏むがいい

私はお前たちに踏まれる為にこの世に生まれ、お前たちの痛さを分つために

十字架を背負ったのだ

                     

                                  イエス キリスト




 幼馴染みである花畑未央はなばたけみおの人気が出たのは、ケータイ小説サイト「フレンドノベル」だった。彼女はそこで、所謂スイーツな恋愛小説を書いていた。若いカップルが色んな困難を乗り越え、最終的には結ばれる。基本的な文章作法を無視した小説とは呼べない代物でも、同年代の読者の共感を呼び人気を博した。当時、量産されたそんなケータイ小説は、「スイーツ小説」と揶揄された。




未央自身は男性経験のない子だったから、あんな甘い夢物語を書けたんだと思う。


 告白するなら、私もそのサイトに登録していた。ところが、私は全く人気がなかった。堅苦しい文章、生々しいセックス描写、拘りぬいたその作品は、エゴの固まりだった。



今でこそこんな風に考えられるが、あの時は何故あんな陳腐な内容が評価されるのかと、不満と妬みで一杯だった。未央より私の方が文章力もあるし、そもそもマンガしか読まない未央の文章は会話が多く、登場人物の心理も情景も全く伝わって来なかった。



「未央~、今度の作品も面白かったよ~」

 


私は彼女の作品を酷評したい気持を押さえて、当たり障りのない感想を言った。こんなに人気のある彼女の作品を酷評したら、まるで妬んでいるようじゃないか。未央に、そんな風に思われるのだけは嫌だった。



「本当?本を沢山読んでる美幸に褒められたら嬉しいよ~。美幸も、書いてみたらいいのに。読書量が半端じゃないから、絶対良いもん書けるよ~」



いつもの呑気な口調が、今日は特に神経に触る。私はフレンドノベルに登録はしていたが。読むこと専門だと言っていた。



「うーん。私は、読む方が好きだから」


普通に言えただろうか?喫茶店の窓ガラスに映った私の顔は、怒りで歪んでいる。本当は昨夜書き上げた作品を、朝一に投稿していた。



「未央は、作者ランキングでも、作品ランキングでもダントツ1位だもんね~、凄いね!本とか出せるかもね?」

「私、作家とか興味ないから~」



のんびりした口調で、アイスコーヒーを啜った。しかしストローを咥えた口元が、微かに微笑んでいる。その余裕の表情が、私を意地悪くさせる。



「じゃ、未央は将来どうするの?ずっと、サンドイッチを作る人生で良いの?」

「そんなの、わかんないよ~」


未央は朝四時に起きて、工場でサンドイッチを作っている。ベルトコンベアーで運ばれて来るパンに、レタスとハムを挟む仕事だ。もちろんこんな呑気な性格だから、みんなのペースについて行けず、いつも古株のオバさんに怒られている。こうしてたまに私を呼び出すのは、仕事の愚痴を言う為だ。二十歳を過ぎてフリーターなんて、不安にならないのだろうか?私がテーブルに置かれたレシートを無雑作に掴むと、「当たり前」といった表情でニヤリと笑った。


「だけどさー。高校辞めちゃったし、資格もないしさー」

「なんか、資格をとったりすればいいじゃん」

「しなーい!面倒臭いもん」と、最近一段と痩けた頬をポリポリと掻いた。



重度の不眠症なのに早朝からの仕事とあって、未央は常に睡眠不足だ。眼の下の隈は、ドラッグストアで買った安物のファンデーションでは隠せない。



私が会計を済ませると、「サンキュ」と頭を下げた。最近は、奢られるのにも慣れて来たようだ。


「いいよ。別に」

「なんか、ラーメン食べたいなー」

「食べに行く?奢るよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る