第2話 書籍化前提
人は幸福だから嫉妬するのではない
他人が幸福である“ように見える”から
嫉妬するのだ
バーナード・ショー
幼稚園から中学校まで一緒だった私達の道が別れたのは、高校進学からだった。私は私立の進学校へ行き、未央は地元の公立へ入学、直ぐに不登校になった。勉強が嫌いだからとか、苛めにあったとか、母子家庭だから母親に負担をかけたくないとか、そんな尤もな理由を並べたが、未央はいつも面倒臭いことから逃げる。単なる怠け者だということを、私は知っている。
そして私は短大を卒業して、銀行に就職した。だから、彼女よりお金を持ってる。奢ることに抵抗はなかったが、彼女がフレンドノベルで人気だと知ってからは、嫌味の一つも言いたくなった。
「人に奢られて食べるラーメンは美味いでしょ?」とか。
「むふふふ」と、未央が麺を口に含んだまま笑った。
底辺を生きている未央が、この位の嫌味で凹む訳がない。
未央は、忘れているのだろうか?小学校の文集に、「将来の夢は小説家」と私が書いたことを。中学に上がって、「出版社のコンテストに投稿したんだ」と私が語ったことを。きれいさっぱり、忘れているのだろうか?
「このラーメン、まぁまぁだね」
他人にお金を払わせる癖に不平を言う。
今度は私が支払っても、お礼を言わなかった。こんな彼女にしたのは、私なのだろうか?
「どうする?映画でも観る?」
「う~、家に帰って、携帯ポチポチやろうかな」
「人気作家だもんね~」
「何か宣伝とかされちゃって、読んでくれる人が凄く多くなったんだ」
「そうみたいだね。サイトの広告に、未央の作品が使われてたもん」
「えへへ」
嬉しそうに笑った。勉強も、運動も、容姿も、何一つ誰にも誇れる物がなかった未央の、たった一つの自慢が「携帯小説」だった。でもそれは、私が誰にも負けたくなかったジャンル。我慢ならなかった。本当に、我慢ならなかった。本当に、本当に、我慢ならなかった。
家に帰って、自分の投稿作品を確認してみる。読んでくれた人は一人。フレンドノベルにはファン登録機能があって、そのファン数が人気作家ランキングに反映されるようになっているのだが、私のファン登録数は未だ0だった。未央は2000人を超えている。そしていつも、ファンの応援メッセージが沢山寄せられていた。
「すっごく感動しました!」
「文章力も、構成力も素晴らしいです!」
「泣けました!」
「本になっててもおかしくないです!」
私は苛々と、他の作家の小説を読みあさった。確かに、面白い作品も沢山あった。人気があるのも頷ける作家もいる。けれどそのどれをとっても、私が負けてるとは思わなかった。
その時、未央からのメールが来た。
「なんか、私の作品がフレンドノベルピックアップスで紹介されてるらしい」
リンク先に飛ぶと、「フレンドノベルで人気のある作品を多くの人に読んで貰いたい」という主旨で、未央と数人の人気作家の作品が掲載されていた。そこは有料登録制のフレンドノベルと違い、大勢の目に触れることができる特設サイトだった。
私は凍り付いた。なぜならそこに「書籍化前提」という文字を見付けたから。震える指で、やっと返信する。
「本当だぁ、凄いねぇ~」
「なんか照れ臭いよ……」
携帯の向こうで、未央が満面の笑みを浮かべているのを感じた。
「くそっ……」
悔しさで息ができない。同時に吐き気もする。あんなにプラプラ生きていて、知識もお金も無くて私にたかってるような下品な女が、何故人気を集めることができるのか?
「未央の小説、本になるかもね?そしたら買うからね」
そうメールを送った。指が震え、何度も打ち間違いをして、やっとまともな文章を送信することができた。
その夜、私は眠れなかった。眠れずに、未央の小説を何度も何度も読み返した。この作品のどこが面白いのか、読んでも読んでも分からなかった。
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