第2話

 「佑輔~っ!」

 慌ただしい初日を終え一息つくと、真後ろから声がして飛び上がりかけた。

 「え、そんな驚く?」

 「あ、いや、ちょっとぼーっとしてて」


 実際のところ、思ったより近くに千尋の顔があって、動揺した。

 別になんのことはない。ただ近くで見ると幼い頃の面影が顔にきちんと残っているのがわかってどうしたらいいかわからくなるだけだ。


 どこからどう見ても、男。

 しかしどことなく「俺の初恋の女の子」の面影がある。

 同じ人間なのだから当然と言えば当然なのだが、脳がバグる。

 ただそれだけのことだ。


 「塩浜君と香川君って、同じ中学なの?」

 休憩時間に少しだけ話した隣の席の長尾志乃さんの声が飛んでくる。

 ごちゃごちゃと考えていて咄嗟に反応できなかった俺より先に千尋が答えた。


 「いや、小さいころ近所に住んでてさ。俺は途中で引っ越しちゃったんだけど、今朝再会したってわけ」

「え、すごい。漫画みたい」

 長尾さんの目が輝く。


 「うん。俺もびっくりしたよ。もう会えないものだと思ってたし」

 やっと上手く会話できるようになった俺が言うと、千尋が俺の肩に腕を掛けた。 なんてことない友人同士のスキンシップ。

 だが顔が、近い。さっきより更に近い。

 何故か心臓がバクバクいっていて、それが千尋にバレたらまた揶揄われそうだなと思った。

 ......それとも、また照れるだろうか。それはそれで見てみたいような気もする。


 「でもコイツ、今朝会うまで俺のこと女だと思ってたんだぜ」

 「あ、おい!」

 言いふらすなそんなこと!

 「え? どういうこと?」

 「子どもの頃の俺が可愛かったばっかりに、女の子と勘違いしちゃったんだ。で、 その勘違いに今朝、イケメンになった俺に再会するまで気が付かなかったってわけ」

 長尾さんが「嘘!? そんな漫画みたいなことあるの?」と笑っている。


 「可愛かった」とか「イケメンになった」とかー々ワードチョイスがムカつく奴だ。しかも実際そうなのだから悔しい。


 「というわけで帰ろっか、祐輔」

 「......おう」

 何がどういうわけなのかはわからないが、長尾さんに挨拶してから教室を後にする。

 千尋はまだニヤニヤと俺を見ていた。

 「......なんだよ」

 「なんでもないよ、ゆうくん」

 今、俺を「ゆうくん」と呼ぶ人はいない。なんだか一気に子どもの頃に引き戻されるような、不思議な感じがした。


 「そんなことより、連絡先交換しようぜ」

 「ああ、そうだな。それにしても、クラスまで同じだとは思わなかったな。俺かお前が女だったらラブコメが始まるところだった」

 何気なくぽろっと言って、どうして俺はこういう揶揄いのネタになるようなことばかり次から次へと言ってしまうのだろうと思った。


 しかし笑い声も揶揄う言葉もなく、そっと腕が伸びてくる。

 肩を引き寄せられ、耳元で千尋の声がした。


 「男同士でも、ラブコメが始まるかもしれないよ?」


 血の巡りがぐんぐん速くなっていく。声に子どもの頃の面影など、あるはずがないのに。でも話し方の癖はあの頃のままだ。だからだろうか?


 「な、に言って」

 「冗談だよ。何赤くなってんの?」

 「なっ......」

 やっぱり揶揄われた!



 それから、高校生活は順調に進んだ。クラスメイトとも仲良くやっている。


 千尋とは特に待ち合わせているわけでもないが、電車の時間が同じなら自然と駅で会い、そのまま一緒に登校する流れになる。

 学校でも時間を共にすることは多かった。千尋とはなんだか波長が合うし、一緒に居て気楽だ。しょっちゅう揶揄われるというかイジられるが、引き際をわきまえているのかそれさえも心地よい。


 隣の席の長尾さんもよく話しかけてくれて、長尾さんの中学時代からの友人である新田芽吹さんと四人で過ごす時間が多くなった。


 期待していたラブコメ展開にはならなかったが、友人と勉強会したりくだらない話をしながらダラダラと過ごす時間もザ・青春という感じである。


 「それに高校生活はまだはじまったばかり! 漫画みたいな展開がこれから起きないとも限らないよな!?」

 昼休み、四人で弁当を囲みながらそう言うと、千尋に「お前そういうの好きだよなー」と真顔で言われた。

 長尾さんは「私もそういうの憧れるなー」と同意を示してくれる。長尾さんにちらっと視線を向けられた新田さんは「うん、いいんじゃないかなぁ」と穏やかに返してくれた。


 「あ、そういえばさ。塩浜君って香川君のことたまに、『ゆうくん』って呼ぶよね」

 自然と言えば自然、不自然と言えば不自然なタイミングで長尾さんが言った。

 「ああ、子どもの頃そう呼んでたんだ」

 「なんかいいよね、仲良しって感じで。私たちもそう呼んでいい?」

 「いいよ」

 一瞬、千尋が苦虫を嚙み潰したような表情になった。弁当に苦手なものでも入っていたのだろうか。

 「やった。ゆうくーん」

 「うん」

 なんだか照れくさい。

 「ほら、芽吹も呼んでみなよ」

 「あ、う、うん。......ゆう、くん」

 「はい」

 千尋がまだ顔を顰めている。代わりに食ってやった方がいいだろうか。

 「私たちのことも志乃と芽吹でいいよ。ほら、呼んでみて」

 「ちょっと、志乃ちゃん......」

 「こういうのは案外大事なんだって!」

 女子二人のやりとりが微笑ましい。千尋は聞いていなかったのかまだものすごい顔で宙をにらんでいる。メンチを切っていると言ってもいいかもしれない。

 「志乃、芽吹」

 長尾さんが元気よく答える。

 「はい、志乃でっす!」

 新田さんは照れくさそうにこくりと頷いた。

 千尋は......と思ってそこで千尋の先程からの表情の原因に思い当った。これでは千尋だけ仲間外れではないか。


 しかし長尾さんはそんな人では無かった。千尋に目を向ける。

 「塩浜君は何かあだ名ある? 子どもの頃、香川君にはなんて呼ばれてたの?」

 「......ちーちゃん」

 「え、かわいい! じゃあ私も」

 「だ、だめだ!」

 考えるより先に口をついていた。三人が一様に驚いた表情で俺を見ている。

 「あ、いや、それは女の子だと思ってたからそう呼んでただけで......。男子高校生に『ちーちゃん』はないだろう」

 言い訳のように続ける。いや、実際のところ言い訳だった。後からそれっぽく考えただけなのだから。

 本当のところはただ、二人が千尋をそう呼ぶのが嫌だっただけだ。理由はわからないけど。子どもの頃のいらないことまで思い出させるワードだから?

 「じゃあ、無難に千尋? ゆうくんも今そう呼んでいることだし」

 「それだと『ゆうくん』が浮くだろ。そっちも無難に祐輔って呼べば?」

 「それもそうだね。じゃあ、改めてよろしく。祐輔、千尋」

 そこからはいつも通りの昼休みになったが、やはり千尋の機嫌がどことなく悪い。

 やはり弁当に苦手な物でも入っていたのだろうか。

 

 「祐輔、次体育だからさっさと食え」

 「ああ、うん」

 昼休みのあとに体育って、やめてほしいよな。心身の健康のための授業で健康を損なってちゃ世話ないって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る