第22話 神の再来

 憲児としてはまだ割り切れない部分があるのも事実だが、望月に対する心のわだかまりはすっかりなくなった。自分を貶めた相手ではあるが、一度は部下であった望月の今後が心配でもある。こういうところは自分でもお人好し過ぎると感じる。しかしそんな面倒見のいい憲児だからこそ、部下に慕われていたのもまた事実だ。


 前回異世界に行って王子たちの話を聞いてから、しばらくシャッターの向う側に異世界が現れることはなかった。


──もうお役御免かな?


 そんなことを薄っすら考えながら、今日もいつもの場所で営業。主に常連の客が来てくれて、賑やかに夜が更けていくのだった。客足が引いた所にフラッと一人の客が入ってくる。


「やあ、久しぶり!」

「あ! 神様! ご無沙汰しております」

「いやー、頻繁にメッセージ交換はしてたけど、こうやって直接会うのは久しぶりだねえ」


 こちらの世界に来たい、来たいとは思っていたが、仕事が忙しくてなかなか来られなかったとか。


「君のお陰であちらの世界は色々と上手く回り始めていてね。とても助かっているよ」

「自分はおでんを提供しているだけですけどね」

「いやいや、お酒もそうだし、なにより彼らの話を聞いて適切なアドバイスもしてくれるじゃないか」

「アドバイス……ってほどではないですが。神様が直接助けてあげた方が手っ取り早いんじゃないですか?」

「ハハハ、皆の願いを全部叶えていたら、世界がごちゃごちゃになっちゃうよ」


 それもそうか、と納得しつつ、注文のビールとおでんの具を更に盛る憲児。神様は一気に冷えたビールを飲み干し、とても満足そうだ。


「ぷはぁーっ!! やっぱりこっちのビールは冷えてて最高だよね! ビールにはやっぱりウィンナーだよ」


 ウィンナーをかじりながらビールをもうイッパイ。神様なんだから居酒屋や、なんならもっと高級な店にでも行けそうなものだが、楽しそうにおでんを頬張ってくれるんだから憲児にとってはいいお客様だ。


「ここ一、二週間はあちらにつながってませんが、私のお役目もそろそろ終わりですかね?」

「いやいや、今はそういう時期だからつながってないだけで、もうすぐ行ってもらうことになるよ。舞踏会があってヴァネッサちゃんが王都にくるみたいだし、あとは国王とエルフの族長の会談も控えているからね」

「どちらもおでん屋の出番ではないと思いますけどね」

「何言ってるんだい。どちらも君が仲を取り持った様なものじゃないか!」


 そしてニコラス王子とヴァネッサ嬢にはこちらのワインを、国王とエルフの族長には日本酒をプレゼントして欲しいと頼まれた。


「プレゼント、ですか?」

「そうそう。記念になるものってことで。銘柄なんかは任せるから」

「そりゃ責任重大ですね」

「ハハハ、まあそう深く考えずに、君が良いと感じたものをプレゼントしてくれればいいからさ。あ、日本酒、冷やでもらえる? あとおでんは……」


 神様は通なので、おでんの具材の選び方にもこだわりがある様子。いつもお酒の種類に合わせて色々と具材を頼んでくれる。


「そう言えば、あちらはエルフみたいな種族が本当にいる世界なんですね」

「こちらの世界で言うところのファンタジー世界に近いからね。エルフだけじゃなくて、他の獣人みたいな種族も結構いるし、魔物やドラゴンもいるよ」

「ドラゴンまで!?」

「こっちだって昔は巨大な恐竜や哺乳類、鳥類がいたでしょう? それと同じかな。こちらの世界では人類が一番進化して数を増やしたけれど、あちらの世界では人類だけじゃなく他の哺乳類や爬虫類が進化したってだけ」


 神様なので説得力はあるが、そんな簡単なことだろうかとも思う。まだエルフは人の形をしているから大丈夫だったが、他の種族の中で営業しろと言われると遠慮してしまうかもしれない。


「大丈夫、大丈夫。そんな危ないところに繋がないからさ。それに種族がいっぱいいても、一番恐ろしいのは人間だと思うよ、実際」


 神様に言われてしまうと反論できないと感じる憲児。この世界でも、人間が一番恐ろしいのは確かなことだし、そう言えばエルフの族長も人間に対しては警戒気味だった。


「いやあ、しかしおでんはこちらの世界でもあちらの異世界でも共通して美味いものなんだよね。もちろん酒も。君に行ってもらって正解だったなあ」

「あちらの人たちの口に合うか、最初は不安でしたけどねえ。和風な庶民料理の代表みたいなもんですし」

「あちらの世界を治めている僕がおでん好きだから、みんな大丈夫なのかもね。おでんは世界を救う、なんちゃって」


 上機嫌な神様は、日本酒を飲みながらおでんを食べ、その後も異世界のことを色々と話してくれた。話の内容はともかく、普通の常連客と喋っているのと何ら変わりない。だんだん神様であることすら怪しく感じてしまう憲児だったが、シャッターの向こうを異世界につないだり、大金をポンと振り込んできたり……やはり畏怖と尊敬の念は忘れてはならないと気を引き締める。この感覚は、社会人だった頃取引先の偉い人たちに会う際の感覚に似ていた。


「今夜もごちそうになっちゃったね。お金、まだ足りてるかな? 追加で振り込もうか?」

「いえいえ、もう一生分ほど頂いてますし、いつでもいらしてください。お待ちしてますよ」

「君のそういう心遣いは有り難いね。それもあちらで上手くやれてる秘訣かな? じゃあ、またくるよー」


 そう言って立ち上がり、屋台から少し離れたところで神様はスッと消えてしまった。そう言えば神様が異世界の人たちにプレゼントしてくれと言っていたことを思い出し、どんな銘柄の酒がいいか屋台じまいをしながらぼんやりと考える憲児だった。

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