第20話 想い人

 憲児が二人の前に皿を置くと、見慣れぬ具材に戸惑う二人。


「これは?」


 何かの肉を串に刺してある。ニコラスもデュークもそれが牛肉であることは分かった様だが、普段食べているものとはどこか違っていることに戸惑っている様子。


「それは牛すじですね」

「すじを食べるのか? 普通は固くて捨てると思うが」

「そうですね。でも、こうやって煮込むと、柔らかくなるんですよ。まあ、食べてみてください」


 二人とも半信半疑で串に刺した肉を見つめていたが、デュークがまず口にする。


「!! 本当に柔らかい! しかも良く味が染みている!」

「じゃあ、僕も……!!」


 ニコラスも一口食べて、そして一気に一串平らげてしまった。その後はごぼ天や三色串、たまごに鶏肉と次々に平らげながらビールをお代わり。二人の表情も随分ほぐれてきて、二人の会話にも勢いが出てきた様に感じる憲児。


「そう言えば、店主。先ほど俺の名前を知っていた様だけど……」

「先日騎士団長さんが来られましてね。あなたの話もされていたんですよ」

「騎士団長が!?」


 ヘーゼルが一人でここに来て、飲み食いして帰っていったことを告げると、デュークは少し残念そうな顔をする。


「騎士団長はなかなか飲み会にも参加してくれないんだよ……一人で飲むのが好きなのかも知れないな」

「ご自分の性別や立場を考えてのことみたいでしたよ。上司、しかも女性となると、部下の皆さんも色々と遠慮するでしょうしね」

「そうか……俺たちは知らぬ間に騎士団長に気を遣わせていたんだな」

「ヘーゼルは思慮深い女性だからな。デュークに任せておけば大丈夫だと考えてのことだと思うよ」


 この二人は少し年の差がありそうだが親友の様だと感じる憲児。しかし王子の方は先日ヴァネッサ嬢に聞いた通り美形で、聡明な顔つきをしている。以前会ったエルフの族長も憲児のいる世界から考えれば現実離れした存在だったが、この王子ももちろんニコラスも、映画の世界から飛び出してきたかの様な人物だ。


「それで? まさか世間話をするためにここに誘った訳じゃないんだろう?」

「ああ……僕の婚約者のことで相談に乗って欲しくてね」

「ヴァネッサ嬢か。未だに会えてないんだな」

「あちらに行こうと連絡したら断られるし、こちらに来ないし。でも、そろそろ会って気持ちを伝えたいと思ってる」

「失礼ですが、王子様は婚約者の方をご存知なんですか?」

「そりゃ知っているさ! ヴァネッサはね、僕の想い人なんだ」


 ニコラスの話ではまだ幼少の頃、体の弱かった母親の療養先に良く一緒に行っていたそうだ。それがヴァネッサのいる領地で、母親の姓で『ニコル』と名乗っていたそうだ。


「その時に一緒に遊んでくれていたのが他でもないヴァネッサでね。彼女は女性なのにガキ大将みたいで、僕の面倒も良く見てくれたよ。その時はまだ小さくひ弱で泣き虫だったから、良く彼女に怒られたものさ」


 同い年であるのに彼女はとてもしっかりしていて、街中が遊び場だったらしい。彼女にくっついて遊ぶうちに街の庶民の子らとも仲良くなり、とても楽しかったそうだ。


「そうでしたか。いやね、先日あちらで店を出したときにヴァネッサさんが来てくれまして……」

「ホントか!? 彼女はどんな感じだった?」

「とても聡明でお美しい方でしたよ。ただ……」

「ただ?」

「あなたには会ったことがないけど、知らぬ間に婚約者になっていた、と」

「!?」


 驚き過ぎて言葉を失っているニコラスと、笑いをこらえるのに必死な様子のデューク。


「なぜ、笑う!」

「なぜって、お前が『ニコル』ってこと、彼女は分かってないんじゃないのか?」

「あっ……」


 ガクッとなったニコラスに対して、憲児が救いの手を差し伸べる。


「でも、一度会ってもいいかも、とおっしゃってました。ただヴァネッサさんはあちらの領地が大好きみたいで、あまり結婚には興味がないと言ってましたけど」

「それは知っている。彼女の父親もそんなことを言っていたからね。でも、会ってくれる気があるのは、僕にとっては朗報だよ」

「今度城で舞踏会があるんだろう? そこに招待すれば来てくれるんじゃないか?」

「そうだな。いつもの様に彼女の父親に招待状を渡そうと思っていたが、きっとそれじゃあ彼女には届かないだろうな」

「なら俺が直接届けてやろう。きっちり返事も聞いてくれば安心だろう」

「頼む。僕は今まで彼女に相応しい男性になろうと思って色々頑張ってきたんだよ……きっちり告白して、想いを伝えたいんだ」

「そうだな。じゃあ、まずは前祝いだな」


 ビールを注ぎ乾杯をする二人。皿が空になっていたので、憲児が具材を追加する。筍に餅巾着、たまごに大根。ニコラスは筍をフォークで突いて様子を伺っていた。


「店主、これは?」

「それは筍ですね。地面から出てくる手前の竹なんです」

「竹を食べるのか!?」

「はい。その中のひだの様な部分、成長するとそこが竹の節になるんですよ。筍の時点から節の数は変わらないんです」

「ほう、それは面白いな!」


 そう言いながら筍にかぶり付き、食感と味も気に入ってくれた様だ。筍を食べながら何やら考えているニコラス。


「どうした?」

「いや、幼い時の姿はこの様に食べられるほど柔らかくても、成長すると背も高くなり固く立派になる……自分もそうありたいものだと思ってね」

「お前はもう十分立派だよ。竹になった姿をヴァネッサ嬢に見せれば、理解してもらえるんじゃないか?」

「そうだな。精一杯、頑張ってみるよ」


 その後も親友同士の熱い会話が続き、二人はしっかり飲み食いして城に戻っていったのだった。店を去り際、二人はしきりに憲児に礼を言っていた。今度二人が訪れるときは、願わくはそれぞれのパートナーと一緒であって欲しいと願う憲児だった。

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