第15話 森の中

 宿を出てドライブがてら箱根周辺を観光し、昼を過ぎてから部屋に戻った憲児。スマホを見ると神様から追加のメッセージが届いていた。


『ああ、それとね、明日はおでんの動物性の食材を抜いてもらえるかな? 出汁も可能かなあ。できないならシャッターは別の場所につなげようかと思うんだけど、可能なら予定通りでいきます』


 動物性の具材抜き? ベジタリアンなお客なのだろうか。しかし出汁まで動物性抜きとなると鰹は使えないから昆布だけでいくか。具材は野菜中心で考えればなんとな……


『何とかなると思います。準備しておきます』


 そう返すと、速攻で『でかした!』の神様スタンプが返ってきた。まったく、この神様のノリはどこで身に付けたのだろうかと思いつつ、早速具材を探しに出かけることにする。


 野菜はいつもの大根、人参、ジャガイモ、たけのこ、トマトも行けそうだ。普段は入れていないが、玉ねぎやレンコン、椎茸、エリンギも入れてみることにする。後はこんにゃくと白滝、練り物が使えないがちくわぶはOKだ。がんもどきに厚揚げ、餅巾着、昆布巻き、……結構揃えられそうだが、たまごや練り物を入れられないとなるとちょっと物足りない気もする。


 厚揚げと餅巾着を買いにいつもの豆腐屋へ。ここは前店主が贔屓にしていた店で、市販のものと比べると豆腐が断然美味い。


「まいど」

「いつもの、お願いできるかな? あと……」


 まだ三十代ながら三代目の店主をしている青年にいい案がないか聞いてみる。


「何か練り物の代わりになりそうなものないかな? 動物性の具材なしでってオーダーが入ったんだよね」

「ああ、それならいいものがありますよ。試作品ですけど」


 一旦奥に引っ込んだ店主だが、しばらくするとトレイに何やら乗せて持ってきてくれた。そこには団子にしたものと平天状の練り物。


「これは?」

「良かったら食べてみてください。冷凍してあったものを温めただけですけど」

「それじゃあ……」


 団子状のものをポンっと口に頬張る憲児。口に入れた感じはいつもの団子だったが、噛んでみるといつもより少し弾力があった。しかし味はいつもとそんなに変わらない。


「うん、美味しいね。いつもよりも弾力があるみたいだけど」

「これ、おからと小麦と山芋を練ったものなんです。おからと豆腐だけでもナゲット的なものも作れるんですけどね」

「なるほど! これなら肉が食べられない人でも大丈夫そうだ! 平天の方は……」


 平天の方も食べてみると、紅生姜の入ったシンプルなものだが味はなかなかのもの。きくらげなどを入れても美味しそうだ。


「これ、いくらか分けてもらえる? 料金なら払うから」

「もちろん、いいですよ。今夜使われますか? 明日でいいならもう少し種類も増やしてみることもできますが」

「ホント? それは有り難い。じゃあ明日の昼頃に取りに来ていいかな?」

「了解です! お代はいいので、お客さんの感想を聞かせてもらえますか?」



 豆腐店の店主の手助けもあり練り物もなんとか目途がついた。今回の相手がどんな人物なのか、また場所はどこなのかは不明なままで少し不安もあるが、とにかく出来る限りの準備はして挑もうと決意した憲児だった。


 翌日、豆腐店の店主が肉の入っていない団子や平天、それにごぼ天も作ってくれていた。いつもの厚揚げも合わせて結構な量を受け取る。なんならいつもより豪華なおでんになりそうだ。酒に関しては特になにも注文がなかったので、いつも準備しているビールや日本酒を揃えた。開店前の準備をし、少し味見。昆布だけの出汁になったが野菜や練り物からいい具合に味も出て、いつもとは少し違うが美味しいおでんができていた。これならこちらの世界で出しても問題ないだろう。


 いざ出陣! どこに繋がるのかドキドキしつつシャッターを開けてみると、いつもより暗い。どこかの街道の様だが両側とも木々が生い茂っていて、熊や狼でもでるんじゃないかと少し不安になる。月明かりだけが頼りだが、いつもの様に一箇所だけ妙に明るいスポットが当たっている様な場所。


──あのスポットは街灯が明るかった訳じゃなかったんだな。


 恐らく神様の計らいなのだろうと変に感心しつつ、いつもの様に明るい場所へと向かって屋台を移動させた。いよいよ開店……だが、人気はない。そもそも、こんな所に人が来るのだろうか。しかししばらく待っていると、遠くから物音が近づいてくるのが聞こえた。どうやらそれは馬車らしく、やがて蹄の音がはっきりしてくる。結構な勢いで走ってきた馬車だったが、屋台が近くなるとゆっくりになってやがて停止した。まあ、こんな怪しげな屋台が、それも人気のないこんな街道に出店していれば当然だろう。


「お前たちは先に戻っていろ。私は歩いて戻るとしよう」

「はっ!」


 誰かが御者に命令し、馬車はそのまま走り去る。しばらくして暖簾をくぐったのは、銀色の長く美しいサラサラヘアで、見た感じ三十代後半から四十代前半と言った感じの超絶美青年。瞳は濃いグリーンで、そして何より、耳が長い! 失礼な話、おでん屋台を訪れた神様には感じなかったが、今目の前に存在している恐らくエルフと言う種族の男性には神々しさを感じている憲児だった。

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