第10話 騎士団長の憂鬱
初めて異世界に出店し王様を客として迎えてからしばらくは、シャッターの向こうが異世界になることはなかった。いつもシャッターを開ける時はちょっとドキドキするが、シャッターの向こうが見慣れた空き地だとホッとすること半分、ガッカリすること半分の妙な気持ちになる憲児。しかしどちらの世界であっても客におでんを提供することは変わりなく、少しずつ一人でおでん屋台を営業することにも慣れてきた。
そんなある日、その日はおでん屋台を出そうとするとスマホの通知音が鳴る。
「ピロリン!」
誰からかと思ってメッセージを見てみると神様から。『神降臨!』のスタンプが付いている。まったく、神様とはこんなにもスマホとメッセージアプリを使いこなしているものなのかと呆れつつメッセージを見る。
『前回はなかなか良い接客をしてくれたみたいだね。お陰で王は前向きに日々を過ごしているよ! それで、異世界につなぐ時に連絡も何もしてなかったのを思い出してね。その倉庫を異世界につなぐ時にはこうやって連絡することにするよ!』
さすがは神様と言うべきか、単に天界かどこかから憲児のことを観察していて、連絡を忘れていたことに気が付いたのか。とにかく、連絡してくれるなら有り難い。
『有り難うございます。では今日もあちらで営業しますか?』
『そうだね。前回と同じ場所につなげるから、前回同様よろしく!』
メッセージのやり取りを終えてシャッターを開けると、確かに前回と同じ異世界の街。川沿いにひときわ明るい街灯がある。二回目ともなると少し慣れたが、やはり倉庫から出る一歩目は緊張するものだ。憲児は慎重に踏み出し、おでん屋台を引いて街灯の下へと向かった。
営業を開始してしばらくすると、遠くからコツコツと靴の音。しかし前回の王様とはまた違った足音だ。足音は近くまで来ると一旦停止し何やら迷っている様子だったが、やがて暖簾をくぐって人が入ってきた。その人物は金髪で美しく整った顔立ちの女性で、革製だろうか? 簡易な防具を付けていて帯剣している。
「失礼する。ここは……何だ?」
「いらっしゃい。ここは料理と酒を提供する屋台ですよ。どうです? 食べていかれますか?」
「料理と酒……」
彼女の視線がおでん鍋へと移り、ゴクっと唾を飲み込んでいるのが分かった。人は、この香りを嗅いでしまったら抗えないのは、どうやら異世界でも一緒の様だ。
「せ、折角だから頂こうか」
「では、座ってお待ちください。お酒はどうしますか?」
「何かスッキリする様な酒はあるか?」
「スッキリ……では、冷たいビールなどいかがです」
「ビール?」
「炭酸と言って、気泡が沢山入ったちょっと苦い酒なんですが」
「うむ、ではそれで」
「食べ物はこちらで選んでいいですか?」
「お願いしよう」
異世界の人々はおでんを知らないので、あの神様の様に具を指定はしてこない。目の前の客がどれぐらい空腹で、どんな好みなのか。そういった情報を見た目の雰囲気や会話から掴むのが店主の仕事だと前店主から教えてもらった。ビールの準備をしながら差し障りのない会話をしつつも、空腹具合などを探り、おまかせの具材を決定した。ウインナーにジャガイモ、ロールキャベツに人参。こちらの世界でも手に入りそうなものを選択してみる。
「では、まずビールを」
彼女の持ったコップに瓶ビールから泡立つ液体を注ぐと、その様子を食い入る様に見つめていた女性。
「この泡も飲めるのか!?」
「はい」
「では……」
一口ビールを飲んで、冷たさとシャワシャワする感覚に驚いた様子の女性。しかしその喉越しが気に入ったのか、コップのビールを一気に胃に流し込んだ。
「ぷはぁ〜! これがビール!! これは凄い! スッキリする!」
さっきまで控えめでこちらの様子を伺っていたのだろう、一気に開放された様な笑顔になって、今度は自分でビールをコップに注いで二杯目も一気に飲み干す。実にいい飲みっぷりだ。
彼女はヘーゼルと名乗り、城で騎士団長をしていると言う。若くして騎士としての才に目覚め、入れの速さで出世し二十五歳で騎士団長に。そして現在、二十八歳なのだそうだ。この国では女性の騎士は珍しくはないが、騎士団長にまでなるのは珍しいらしい。
「我が家は代々騎士の家系でね。父も祖父も騎士団長だったので、私も子供の頃から騎士になるべく育てられたし、それが当たり前だと思っていた」
同年代の貴族令嬢たちはもっと若い時にさっさと結婚しているが、自分に結婚は無縁だと思っていたとのこと。また、団員たちに飲み誘われることもあるが団長と言う立場や女性であることも考慮して断ったり、最初だけ出席して早々に帰ったりすることがほとんどなのだとか。今日も団員たちの飲み会に最初だけ顔を出して、お金だけ出して帰ってきたのだとか。
「団長とは孤独なものだな。昔は剣の技術を向上させていれば良かったが、団長になった途端に上との折衝や団員たちの配置も考えなければならない。父は平然とやっている様に思っていたけど、ここまで大変とは」
「そうですね。中間管理職と言うものは上にも下にも気を使う必要があるので、本当に大変ですね。私もこの仕事の前はそんな感じのポジションでしたので良く分かりますよ……さあ、冷めない内にこちらも召し上がってください」
「では、頂こう」
渡されたフォークを使ってヘーゼルがまず口に運んだのはウィンナー。噛むとパリっ! っといい音がして、おでんの出汁がしみた肉汁が口の中にあふれる。一瞬目を見開いたかと思うと一口、また一口とウィンナーを平らげ、そしてビール。黄色い液体を一気に飲み干した彼女の顔は頬が少し紅潮し、満面の笑み。上唇に薄っすらと付いたビールの泡がなんともお茶目だった。
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