2 ❘コネ作リ

 合格発表から一週間。両親友人親類一同からのお祝いマシンガンも落ち着いたころ、私は自室で一着の服とにらめっこをしていた。


 これが梨流夢女学院の制服……! 早めに届いてくれてよかった……!


 深紅と呼ぶに相応しい上品な布地に、優雅さを強調する黄金色の刺繍。そして何より目立つのは胸元に拵えられた銅の校章。中央にはめ込まれた透き通るような青い百合のエンブレムは正真正銘本物のタンザナイト製であるという。


 ……いやタンザナイトってなに……? 美味しいのそれ……?


 ちなみにグー〇ル先生に聞いてみたところ件のタン何たらとかいうのだけで十数万円はくだらないらしい。名門怖い。


 物怖じしつつも袖を通し、出かける準備に取り掛かる。


 1日は長いようで短い。それは1カ月や1年にも言えることだ。だから私は急がなければならない。


 何故かって?


 理由は単純。現行の生徒会メンバーが揃っているのはこの1年間だけだからだ。


 来年の3月になれば現2年生――次期会長と副会長候補――は卒業してメンバーが入れ替わる。1週間前までただの一般人だった私に彼女らのようなエリートとの交流など皆無。卒業した時点で接点は潰え、待っているのは完全なるゲームオーバーのみ……。


 だから、1年だ。何としてでも1年で全員堕とさねばならない。


 制服に着られながら玄関の姿見に向き合い、片手間で今朝のTODOリストに目を通す。


 早朝のランニング、軽い筋トレ、ボイストレーニング、稿……。よし、今日もぬかりはない。


 え? なんだか聞き馴染みのない物が混ざってたって?


 まあ直にわかるよ。具体的には1年以内に。


「いってきまーす!」


 兄と両親のいってらっしゃいを背に受けて、私は我が家を飛び出した。



 * * *



 某大手複合型商業施設、梨流夢女学院前店。――通称『セレブモール』。


 緩やかに曲がったメインストリートには、目が眩むほどの絢爛が詰め込まれていた。道行く者は紳士淑女ばかりで、あふれて余りある優雅さに背中がソワソワと騒ぎ出す。


 やっぱり制服で来て正解だったね……普段通りダボTにワイドパンツとかだったら周囲との温度差で風邪どころか不治の病に罹るところだったよ……。


 我が家の近所にあるモールは庶民のことを考えてくれていたんだな〜とテナントに連なるブランド名を薄目で見つつ、すれ違う人々を密かに観察する。


 ここへ来たのは年収3桁、郊外戸建ての一般家庭が破滅願望ごうゆうに目覚めたから……では決してなく。現1、2年の生徒、即ち近い将来の先輩とお近づきになるためなのである。


 円満な上下関係で楽しいスクールライフ! ……を送りたくないと言えば嘘になるが、真の狙いはそこじゃない。



 4月末、来たるへの準備だ。



 生徒会役員に立候補するには、5名以上の上級生あるいは1名以上の現行役員の推薦が必要になる。……とパンフレットに書いてあった。


(愛しの現行生徒会役員ズは多分諸々の準備で忙がしいはずなので却下。彼女らに負担をかけるくらいなら私はマジで切腹するよ!)


 その上入学式および始業式は4月中旬と遅めの時期に行われるため、僅かで5名以上の先輩と関係を結ばなければそもそも立候補すら出来ないのである。


 いやいやどんな鬼畜仕様なの!? コミュ力お化けしか生徒会入れないじゃんこれ!? と読んだ当初は思わず声に出したものの、その実これにはからくりがあった。


 そう、何を隠そう梨流夢女学院は小中高の3連エスカレーター式。内部進学生たちと比べ、私には実に9年のブランクがある訳だ。


 9年。それも幼年期の9年。同学年やクラス内はおろか、上級生たちとの関係性を構築するにも十分すぎる時間である。


 遅れを取り戻すためにも、この3月中に先輩方と破竹の勢いで仲良くなっちゃうぞ! な〜んて意気込んでたんだけど……。


「制服の人、いね〜〜〜〜」


 考えてみればそりゃそうである。だって冬休みだもん! いくら華のJKといえど、わざわざ制服を着てお出かけすることの方が圧倒的に少ないよねそりゃ!


 道行く私服の先輩さんが声をかけてくれるまで待つ……なんてのは都合がよすぎるしなあ。何より受け身は性に合わない。とはいえここに居ないとなれば他にどこへ……?


 思考をしながら視覚とJKの声を拾うための聴覚をフル稼働させていたところ――


「……ど…しよ…、まいご…」


 唯一の長所である耳がダウナー系迷子ロリ(推定)の独り言をキャッチした。


 脊髄反射的に声の出どころへ振り向く。バリバリにスタッフオンリーと書かれた扉の先から聞こえて来るようだ。


 ……迷子、か。まあスタッフオンリーって書いてあるし、わざわざ私が行かなくても店員さんが助けてくれるでしょ。


 わざわざ、私が行かなくても。





『……私たちが行かなくて誰が行くんだ!』


 脳の奥でパチパチと火花の弾ける感覚。これは、忘れもしないあの日の声だ。


 ボヤついたまま切り取った、大切な、大切な光景。


 溺れ千切れかけた意識に焼き付けたのは、湖畔に映る近すぎるほどの白い雲と幾人かの影。その誰もが見ず知らずの私を助けるために必死だった。




 少女一人に手を差し伸べず、誰を堕とせるというのだろう。


 気付けに両の頬を叩き、すぐさま迷いない足取りでスタッフオンリーの扉をくぐる。



 ――そこに居たのは、天使だった。



「……だれ?」


 きょとんと小首を傾げると、髪長姫のような白い長髪がふわりと揺れる。


 絵本か神話かはたまた天界か。どこから飛び出してきたのだろうと一瞬本気で思案した。


「……ぅあ、えと、望月 恋って、いいます」


 問いへの答えを辛うじてひりだす。


「ん。もちづき」


 もちもちしたダウナーボイスから繰り出される名字呼び捨て――ッ! ああ。拝啓、愛しき生徒会役員の皆様。本当に申し訳ありません。私、今日ここで浮気をしてしまうかもしれません。


 ジト目の奥から覗く碧眼が私を見つめている。静謐さを押し込めたようなそれに見惚れている間に、どれほどの時間が経ったのだろう。


 むぎゅう。


「つきあって」


 ヘェァっ!? わっ、わた、私の胸元に、ててて天使が埋まっているんですけど!?


 それに何!? えっ、つ、つき、付き合ってって言った!?!?


 そんな、そんなの……!!


「結婚と祝福と永眠を前提によろしくお願いします!!!!」


 よければ天国同伴もセットで!!!!



 私の魂の叫びに、眼下の天使は心底不思議そうな顔で首をひねった。

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