第6話 おちこぼれ魔術師

「───なるほど。アカデミーを脱走、ですか」

「は、はい……」


 一息ついて落ち着きを取り戻したアルメリアは、時折俺を見ては怯えて視線を逸らすものの、先程のような暴走はしなくなっていた。

 今は、ハダルに質問されながら、これまでの事情をポツポツと話している。


「わ、私……ま、魔力を、制御、できなくて……」


 聞けば、彼女はアカデミーでも指折りの「問題児」だったらしい。

 と言っても、素行不良の類ではない。


「『魔力量が凄い』って言われて、にゅ、入学したんですけど……その、しゅ、出力の、調整が、ぜんぜん……」

「調整?たとえば、どんな風にですか?」

「え、えっと……」


 アルメリアは、うつむきながら自分のエピソードを語りだす。


「ひ、火の魔術の授業で、教室を燃やしちゃって……」

「ほうほう」


 教室一帯となると、小火ぼやにしては確かに大きい。

 しかし、辺り一面を火の海にしたわけでもない。その程度なら可愛いものだ。

 内心そう思っていると、彼女はどんよりとした面持ちで続けた。


「あ、慌てて消そうと、水の魔術を使ったら、い、勢いが強くて、壁を壊しちゃって……」

「……ふむ」


「そ、それを直そうとして、つ、土魔術で、う、上まで突き抜けちゃって……校舎、もっとダメにしちゃって……」

「上の階の床を突き破った、ということですか?」

「い、いえ……こ、校舎の上まで……」

「……なるほど、よくわかりました」


 よくよく聞いてみると、想像よりも派手な火力だった。

 要するに、威力と範囲が制御できず、本人の意思に関係なく常に全力全開なのだという。出力の制御が壊れた兵器そのものだ。


「そういうの、しょっちゅうで……せ、先生にも『教室がいくつあっても足りない』って……」


 思い出しているのか、叱られるのを待つ子供のようにしょんぼりしている。


「い、いじめられたり、とかは、ないんですけど……他の生徒からも、避けられて……」


 まあ、いつ爆発するともわからない相手をいじめる度胸がある奴ははそうそう居ないだろう。

 同様に、関わりを持たないよう距離を取るのも普通の反応だ。


「奇遇ですね。周りに避けられてる人でしたら、ちょうどそこにも」


 ね? と視線を俺に向けるハダル。

 事実なので否定はできないが、俺にどう返せと。


「…………」


 彼女もどう反応すればよいかわからないらしく、沈黙が流れる。

 誰も笑えない冗談はやめてほしい。

 場を和ませるつもりで言ったのか、あるいは何も考えずに言ってるのか。彼の場合判断できないのが余計に困る。


 妙な空気を生み出したハダルに代わり、別の質問をする。


「それで、何がきっかけで脱走したんだ」

「こ、今度……し、進級課題が、あって……け、けど、今のままじゃ、らら、落第だ、って……」


 縮こまって語る様子には悲壮感が漂う。

 居心地の悪さを感じていたところに、それが可視化されてしまうと聞かされ、衝動的に飛び出した、という感じなのだろう。

 魔術師にとって魔力が多いのは才能だろうが、制御できなければただの災害であるのも事実。落第させるというアカデミーの判断も理解できた。


(……同情はするが)


 心の中で溜息をつく。

 話を聞く限り、彼女は悪人ではない。

 ただ、運が悪いことに、色々と壊滅的に不器用なだけで。


 心情的には助けてやりたくもあるが……実際問題、何か手助けできるのかと聞かれると、いち冒険者の身でできることはあまりない。


(まぁ、追っ手を散らすことはできるか。だが……)


 荒事ならどうとでもできる自信はあるが───「森への出禁」という大きな問題を既に抱えている身で、生きた火薬庫のような魔術師の事情に首を突っ込むのは、流石に自殺行為だ。

 わずかに思案し、方針をまとめる。


「事情は分かったが、俺たちにできるのはお前を送り返すことくらいだ」


 淡々と告げる。アルメリアの顔から血の気が引いた。


「そ、そんな……っ」

「意地悪で言ってるんじゃない。金もコネもない娘が一人で生きていけるほど、世の中甘くないぞ」

「で……でも……っ、お金を稼いで……」

「それ以前の話だ」


 認識が浅い彼女に、「暮らしていけるか」ではなく「生きていけるか」が問題なのだと説明する。


「お前は、自分で自分の身を守れるのか?」

「え……」

「魔術が使えないのは分かったが。それ以外に何か心得は?」

「い、いえ……」


 ふるふると首を振る魔術師。身のこなしを見ていれば分かりきっていた。

 そして、そんな小娘が逃亡しながら生活を続けられるほど、世間の治安は良くない。


「そんな奴が見知らぬ街に放り出されてみろ。早晩身ぐるみを剥がされるか、お前自身が売り捌かれて終わるだけだ」

「ひぅ……」


 実際にそこまで行くのは稀だと思うが、ここはあえて最悪に近いケースを告げる。

 彼女は自分がそうなる様を想像したのか、怯えた声を漏らした。


(……こんなところか)


 突き放すような物言いだが、現実を分かってもらった方が身のためだ。

 せいぜい恨んでくれればいい。


「……うぅ……」


 彼女はガクリと項垂れ、再び人の形から布の妖怪に戻ろうとする。

 ほとぼりが冷めたら、道を引き返すよう御者に声をかけよう。


 そう考えていた時だった。


「───おや、ガラクさんも薄情ですねぇ」


 しばし黙っていたハダルが口を挟む。

 顔を向ける。顎に手をやりながら、役人はのんびりとした様子で俺と彼女の両方を見ていた。


「ご自分がまさに、金もコネもない身で立派に生き延びているというのに。少々結論を急ぎすぎでは?」

「……どういう風の吹き回しだ」


 ハダルの意図が読めず、硬い声で問いただす。


「いえ。単純に、同じ境遇のよしみで、ガラクさんももう少し親切にしてあげたらどうかと思いまして」

「俺なりの親切で言ってるつもりだが。お前も役人なら、元の場所に返すのが筋だと思うだろう」


 こいつは食えない男だが、腐っても役人だ。破滅に突き進む奴をみすみす見送るような性根ではない。

 何を考えている?


「制度に従うことしか能のない役人なら、そうでしょうね」


 俺の言葉に、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべて、ハダルが応える。


「しかし。私は制度の友であり、また、あなた方の友ですので───」


 ───皆さんの悩みを解決する、別の提案もできるかと。



 意味深に目を細めると、アルメリアと、次いで俺を、順番に見た。

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