第2話 優しい追放


 ダンジョン——それは、無尽蔵にお宝を生み出す怪物の巣窟。

 財宝、魔導具、希少素材。一攫千金の夢が眠ると同時に、幾千もの探索者を絶望へと叩き落としてきた死地でもある。

 だがこのダンジョンには、他の危険地帯と決定的に違う一点があった。


 ——命を落としても、必ず蘇る。


 それゆえ探索は「命懸けでありながら、命懸けではない」という特異な娯楽と化し、数え切れぬ探索者たちを引き寄せてきた。


 ダンジョン都市。


 世界中のダンジョンを繋ぐポータルがここに集まり、探索者と観光客、そして数多の富裕層が居を構える都市。

 ダンジョンに潜り、稼ぎ、生き、そして見せ物となる場所。


 それが世界最大の娯楽都市——『エリュシオン』だった。



 ……そんな都市の最下層も最下層、地下螺旋階層の奥深くで、僕は今日も元気にダンジョン奴隷として生きている。


「かんぱーい!」


 月に一度の配給ビール。奴隷全員に等しく配られるそれを、彼らはパーティー毎に固まって楽しそうに飲んでいた。

 勿論僕らの卓にも配られているけど、誰も杯に口を付けない。それどころか重苦しい空気が僕たちの卓にだけ降り注いでいる。


 彼女——レアは一瞬だけチラッと横目を向けた。そして苦々しい顔で舌打ちする。


「クソ——ハイエナ野郎共が」


 彼女の視線の先には、ゴブリン迷宮でレア達を殺したリーパー……別の奴隷パーティーが追加のビールを注文していた。


 ……羽振りいいなぁ、追加分は自腹なのに。結局ポーションは奪えなかったのになんで?


 あ、別の探索者パーティーを襲ったのかな。それなら納得。


「レア、女の子がクソとか言っちゃ駄目だよ。汚い」

「はいはい排せつ物排せつ物。クソにクソと言って何が悪い。ハイエナ野郎共にはお似合いの言葉だろ」

「リーパー行為はダンジョンで認められてるよ。そりゃ殺されて気分が良くないのは分かるけど、蔑称は良くないと思う」

「リーパー行為——他の探索者とのガチンコ勝負ならな。だがあいつらはちげぇだろ。他人の成果を奪い取るハイエナだ」

「同じことでしょ?」

「ちげぇだろ! お前ホントそういうとこ人とズレてるよな。たまにお前が分かんなくなるわ」


 ……別の探索者を襲うという意味も結果も同じなら、それはもう同じでは?


 しかし、僕はその言葉を口にすることはできなかった。また空気が元の重たいものに戻ったからだ。

 

 ……ああ、やっぱり駄目か。


「アサヒ——話がある」


 レアは本当に言いにくそうに、そして申し訳なさそうに僕を見た。

 けれど結局、その言葉を口にする。


「すまん……パーティーを抜けてくれ」

「うん、いいよ」

「そうだよな、いきなりこんなこと言われても——てなんでだぁ!?」


 バン! とテーブルを叩く彼女。

 横にいるログが慌てて杯を抑えなければ貴重なビールが溢れていた衝撃だ。勿体ない、売れるのに。

 しかし彼女はそんなこと気にもせずに、唾を飛ばす勢いで僕に食ってかかる。


「おま、お前、お前さぁ! 言い出したオレが言うのもなんだけど、なんでそうアッサリ受け入れるの!? パーティーから抜けてくれだよ、お前一人になるんだよ!? たまーにソロで行く遊びとは訳が違う、意味分かってんのか!?」

「わかってるよ。僕を追い出して役に立つジョブ持ちを代わりに入れたいんだよね。わかるわかる」

「そうだけど言い方! お前オレがどれだけ気を遣ってこの一言を言ったのか知ってる!? 実は一月くらい前から考えてたから! 夜も寝られないくらい考えたから!」

「へー、大変だったね」

「ぶっ殺されたいのお前。頼むから明日は同じダンジョンに潜ってくれ、速攻狩りにいくから!」


 そんな宣言しなくても、僕はゴブリン迷宮にしか潜らないの知ってるのに。そして出会っても見逃すんでしょ、知ってる。レアはリーパー行為はしないから。


 僕は憤る彼女に向けて、できるだけ優しく見えるように笑った。


「僕はジョブ無しだから。今まで役立たずの僕をパーティーに入れてくれて、本当にありがとうね」

「——……っ」


 レアは『ウォーリア』。ログは『レンジャー』で僕は『無職』。 

 

 レンジャーは身体的に索敵や弓の扱いに特化し、ウォーリアは近接戦闘で無類の強さを誇る。その差は無職の僕がどれだけ頑張っても、それこそ生涯努力しても届かない高みにあるほどの、絶対的な差。


 このジョブは探索者においては絶対の指針で、覆しようが無い。

 そして何より、ダンジョンでは三人パーティーが限界だ。

 それ以上はどう頑張っても一緒には入れないのだから、仕方ない。


「その……すまん」

「いいんだよ。というより、ごめんね」 


 頑張ったけどやっぱりお荷物だった。それだけの話。むしろ今まで置いてくれたことに感謝こそすれ、文句を言う筋合いは僕には無い。むしろ僕から別れを切り出すべきだった。


 ……そうすれば、レアにこんな顔させなくて済んだのに。


「……お前、これからどうするんだ」

「んー? 荷物持ちを雇ってくれるパーティーが見つかるまではソロかなぁ。とりあえず頑張るよ」

「……な、なぁレア。別にアサヒをパーティーから追い出さなくてもいいんじゃないか? 俺こいつ好きだし、それにゴブリン迷宮に詳しいし、目が超良くて回避だけで囮とかでき、」

「うるせぇ、黙れ。そんなことオレが一番知ってんだよ」


 ログの擁護をレアが一蹴する。気持ちは嬉しいけどモンスターを殺せないメンバーだと改めて言われたようなものだ。成長性がないとも言う。

 レアは苛立たしそうにテーブルを指で叩き、しかし次第にその勢いも弱くなる。そして彼女に似つかわしくない縋るような目を僕に向けてきた。


「アサヒ……お前、ダンジョン奴隷止めろ。お前ならこの地下階層で他に幾らでも仕事が取れる。例えば養護の手伝い——はババァがキモいから無しだが、とにかく昔からここに居るお前は味方が多い。そこで安全に過ごしてくれていれば、いつかオレがお前を、」

「駄目だよレア。それは駄目だ」


 僕は手の平を向けて彼女に待ったをかける。


「誰かの為に、なんて余裕を持てるほど、僕たちの境遇は甘くない。そうでしょ?」

「……それは、」

「それに僕は一流の探索者になるのが夢なんだ。入場料を払わずにダンジョンに潜れるダンジョン奴隷を止める気はないよ。誰が何と言おうとね」

「……アサヒ」

「そろそろ日課の時間だ。もう行くね、僕の分のビールは餞別にあげるよ」


 それだけを言って、僕は椅子から立ち上がる。

 別に二度と会わないわけじゃない。というかこれからも毎日会う。だって住んでる所は一緒だし。


「あ! 会ったら普通に挨拶するから! 絶対無視とかしないでよ!」

「うるせぇ行けよ!? 感傷が台無しだろうがッ!?」


 ……自分から追い出したのに、変なの。


 次会った時のことを考えただけで、なんか面白かった。



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