お父さん、レシートよりも病院! アイスは後で!
――マルチスクリーンシアター アイスクリーム店カウンター前――
「それじゃあ、今からみんなが考案した新作についての紹介だが――」
と、プロデューサーの和宏が、淡々とした口調で喋る。
彼は指揮棒をもち、ゆっくり歩きながら、横並びにたくさん並んでいるモニターの画面を幾つか突いていた。
モニターの一画面には、アイスクリームの新作フレーバー。
また、別の画面には、アイスを乗せたドリンクの宣伝。
――退屈だなぁ。和宏の講話、長いんだよ。
かなめは内心、そう思った。
みんなが和宏のその長ったらしい商品紹介や講話を、フロアカーペットの上に体育座りをしながら、静かに聞いている。かなめは、お嬢様座りで膝を下ろしていた。下腹部をさする。
そう。今はまだ目立たないけど、お腹の中に、新たな命が宿っているからだ。
その時、女性の悲鳴が聞こえた。
かなめが振り向いた先は、とあるスクリーンの1つ。そのスクリーンが壊れ、中から灰色の汚い埃が飛び出していた。
幸いにも、けが人はいなかった。みんな、その埃が飛び出てきたところから離れている。
「かなめさん、ちょっとそこどいて」
和宏がそういって、指揮棒を下ろし、代わりに掃除機らしきものを持ち出してきた。
ゾウの鼻のように、大きくて長い、ジャバラ模様の太いホース…… だろうか?こんな表現をしたら失礼かもしれないが――、田舎の古民家なんかで、たまに訪問にくる、あのバキュームカーの筒みたいだ。
それを和宏はやすやすと持ち上げ、カーペットに散らかった埃を、グイーンと吸い上げていったのであった。
○●○●○
よって、和宏の講話は一時中断。
参加者が各自、楽な姿勢をとったり、移動したりしている間、かなめは隣にいる友人・ルビーからこう尋ねられた。
「ねぇかなめ。お腹の赤ちゃん、元気?」
ルビーは子育てのプロだ。その彼女にとつぜん訊かれたのだから、かなめは「元気だと思う」と答えた序でに、どうして急に訊いてきたのだろうと内心ソワソワした。
「赤ちゃん、ムーミンにお願いした?」
「ムーミン? ムーミンって、あのフィンランド発のアニメのムーミンよね?」
「そうよ。その子にね、『元気な赤ちゃんが生まれますように』って、祈った?」
「え? ううん、してないよ。でも、どうしてそれを?」
かなめは終始、疑問だった。
ムーミン と 赤ちゃん、一体何の関係があるのだろう?
するとルビーが見据えた表情で、更にその隣で座っているご主人に耳打ちした。なにか、声に出していって良いものではないらしい。
「……いいんじゃないか? 何も知らないよりはマシだと思うが」
と、ご主人はいう。
すると、ルビーは決意した表情で、かなめへと視線を戻した。
「かなめ。あなた、もう一度産婦人科にいった方がいいわよ」
「え? なんで??」
「それがね…… 私達、感じるのよ。気を落とさないで聞いて。お腹の赤ちゃんは、とても足が弱いわ」
「え? 足!? え、どういうこと!?」
かなめは一気に不安になった。頭がパニックになりそうだ。
すると、ルビーのご主人も憂い顔で振り向いた。
「あぁ、僕もそう思うよ。でも、今ならまだ間に合う。早く病院へ行っておいで」
「えぇ、主人のいうとおりだわ。それと、ムーミンへのお願いも忘れずにね」
かなめはなんとか気持ちを落ち着かせた。今、ここで騒いでも意味がない。
その場を立ち上がり、病院へいく決意をした。ここから、病院へ行くには、車が必要だ。ちょうど、和宏の講話にはあまり興味の無いかなめの父・圭太が、部屋のほぼ端っこで自身の財布を漁っている。かなめはそちらへ向かったのであった。
「お父さん! 私を、産婦人科に連れてって」
圭太は振り向いた。
財布から、とある白い紙切れを取り出し、首をかしげる。
「お腹の赤ちゃんが、足が弱いらしいの。今から病院へいってその事を話せば、まだ間に合うかもしれないって、さっきルビーにいわれて…」
と、早口口調で圭太に説明するかなめ。
すると圭太は、手に持っている白い紙を見せびらかせ、とたんに笑顔になった。
「なぁみろかなめ。ここのアイス、無料で食べられるクーポン付きのレシートが見つかったんだよ! いやぁ~良かったぁ~、念のためちゃんと探しておいて」
(完 - 次回へつづく)
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