第7話 死にたがりの少女と初任務

「ふーん。上手くバンガードとやらに潜り込めたんだね」

「なんか、僕の武器を用意してくれるんだってさ」

 

 王都の宿に宿泊しながらクルーエルと僕はその日の収穫に関して情報交換をしていた。バンガードになった事で宿舎にも入れるという話だったけど、盗賊から頂いた金品を捌けばお金には困らない。宿舎に入ると門限だとか色々制約がついて自由に動けないのは閉口するし、僕はあまり集団行動というものが得意な方じゃないので宿からの出動という事にしてもらった。

 

「コトコ。なんだか楽しそうじゃん」

「楽しそう? あぁ、そうなのかもしれないね。異世界の魔物を滅ぼせると思うと頬も緩むよ」

「そういう楽しさとは違うような気もするけど……まぁいいや。そんな事よりこの世界でまともに美味しいと思える物はこれだと思うんだけど。試食してみて」

 

 クルエールは手を握り、開くとそこには固そうなパン? ビスケット? この前エイミーにもらったビスケットよりも二回り程大きいぞ。匂いは普通、クルーエルが頷くので僕はそれを思いっきり齧ってみた。

 

「あたっ! 固い! なんだこれ」

「コウパンって言うらしいよ」

「乾パンじゃなくてコウパン?」

「カンパンがなんか知らんけど、保存食にもなるんだってさ。とりあえず千個。魔法で転移させてる。これでコトコが死んで転生した時、空腹は紛れるでしょ?」

 

 硬すぎて全く噛み砕けない。味はほんのり甘い。クルーエルのやつ、まさか僕とは違ってこれをバリバリ食べたんじゃないだろうな? デーモンロードと人間の顎の力を同じにされたら流石に困るぞ。今日はクルーエルが調べてきたこの世界の食べ物の試食をする予定だから何も買ってきてないし……、何時間かけても一つ食べられる自信がない。

 

「ちなみにそのコウパン。スープとかお湯でふやかして食べるらしいよ」

「は? なんでそれ先に言ってくれないの?」

「言う前にコトコが齧ったから顛末を見届けたんだよ。もしかすると硬い物をそのまま食べる種族かもしれないだろ? ミルクのスープに溶かして食べる物を試して美味しかったから、スープなら毎回味も変えられるだろ? 千個買うって言ったら随分安くしてくれたよ」

 

 そりゃそうだろう。こんなの売れても1日に百個も売れないような品だろうし、それをやたらと小綺麗にして顔がいいクルーエルが大金持って支払うとなったら貴族か何かだと思うだろうし、これからも贔屓にってやつじゃないのか?

 僕は宿に備え付けの粗末なお茶にコウパンを浸してふやけるのを待ってから食べてみた。僕の今までの人生で食べた事はないけど多分パン粥ってやつだな。宿のお茶に浸しているからかあんまり美味しくはないけど食べれない程じゃない。転生した時は魔法でお湯くらいしか出せないからそれでも食べられるという事を考えるとクルーエルの選択はよくやったと言わざるおえない。

 

「クルーエル、もし。この世界で異世界の魔物を滅ぼせたとしたら」

「ないよ。ありえない」

「いやでも、この世界は異世界の魔物と戦える力がある」

「上位種……とでも言えばいいのか、アガルタの月。ロスウェル程の魔女でも倒せなかった。今のコトコはまだロスウェルの足元にも及ばない。この世界でも君は死ぬ。賭けてもいい」

 

 クルーエルがデーモンロードだからなのか、それとも僕を憐んでいるからなのか僕を煽っているわけでもない。この世界は救えないという事を確信している。そうか、クルーエルはずっと長い事師匠と一緒にいたわけだ。夢や希望を抱くというフェイズはとうの昔に過ぎてるんだろう。

 だとしても僕はそんなの知らない。

 

「僕には師匠の残した崩壊魔法がある」

「コトコ、君。バンガードとやらで何を夢みたの? そこにロスウェルよりも強い奴がいたの? ロスウェルが気が遠くなる程長い人生の果てにたどり着いたのが超魔導士ドロテアの究極秘術・崩壊魔法。しかもその走りでしかない。いや、天才とはいえ魔女であるロスウェルが頂きの魔法に辿りついた事が奇跡に等しいよ。だけど、その崩壊魔法。始まりの火でも異世界の魔物は焼き尽くせなかった。だから全ての崩壊魔法を会得し五つの世界を束ねないと異世界の魔物には届かない。君が言った事だよ。忘れたのか?」

 

 確かに僕が言った事だ。

 だけど、僕だってそんな事を忘れたけじゃない。

 

「この世界の異世界の魔物が弱い可能性が高い。この世界には魔法が存在しないから、相応の力を持った異世界の魔物しかいないのかもしれない。ならゲームチェンジャーになりうる僕がいればこの世界を救って拠点にすればいい。もちろん僕だってアガルタの月クラスが出てくれば考えも変わるよ」

「そうか、なら好きにすればいいよ。で? 私は次は何をすればいいの?」

「僕はバンガードの初任務があるから、クルーエルはエイミーの様子と天衣祭とやらについて調べてくれない? 強力な兵器を保有しているらしいんだ」

「ふーん、りょーかい」

 

 僕は残ったお茶に浸したコウパンを平らげるとバンガードの制服に袖を通す。青を基調としたスカートタイプの制服。制服なんて僕が最初に自殺する前以来だなと思う。

 

「結構似合うじゃん」

 

 クルーエルが果物を齧りながらそう言うので「そりゃどうも」とそっけなく返す。支給されたナイフ型のハジャを腰に引っ掛けるとクルーエルはそれを見つめて「それがこの世界の兵器?」「そうだよ」「魔力は感じないね」「感じないでしょ?」「凄いね」「凄いよね」みたいな会話をして僕は宿を出た。クルーエルはどのタイミングで出かけるのか知らないけどとりあえず僕はこう言った。

 

「行ってきます」

「あー、うん。行ってらっしゃい」


 クルーエルに戸惑った顔をさせるとなんだか少し勝った気になるのは僕がクソガキだからなんだろうな。お弁当がわりにカタパンを一つ持ってきたけどよく考えればクルーエルが齧ってた果物にすれば良かった。今日食べるんだし日持ちとか考える必要なかったな。宿からバンガードの屯所に行く最中に餅みたいな猫とでも表現すればいいのかそんな生物を見かけた。


「何この生き物」

「シャー!」

「うわっ! 怖っ」

 

 指でつつこうとしたらキレられた。こいつの行動と態度、間違いなくこの世界の猫的な生き物だ。

 猫はいい。

 エジプトでは猫は可愛すぎて癒しの神になったくらいだ。犬とかいう猛獣と違って無闇に吠えて人間に媚び諂わない態度がいい。僕はこうあたりたい。いや……僕とは対極の所にいる生物だな。餅猫(仮)に威嚇されながら僕はバンガードの屯所へと出勤した。

 

「おはよう」

 

 そう言って扉を開くと、そこには自分の装備を調整しているみんなの姿だった。制服にガードのような物をつけている。僕と違って魔法の力でオートガードされるわけじゃないからね。

 

「コトコ、お疲れさん! お前の分の武具も用意しているから準備しろよ」

「ゼクト、僕は防具はいらないよ。僕の戦闘スタイルは知っているでしょ? 防具一つが僕の動きを邪魔し、そこに隙が生じる。だからパス。いいでしょ? 隊長」

 

 隊長は少し困ったような顔を見せてから「仕方ありませんね」と承諾してくれた。この人、学校の先生とかしてたら学級崩壊起こしそうだな。準備を終えると隊ごとの馬車が用意されている。

 第十一班は案の定一番見窄らしい馬車だ。人数の問題なのかもしれないけど、僕らの馬車の馬は鎧すら着ていない。他はえらく重装備だ。乗っている人達がいかほどのものか分からないけどとりあえずこの世界で初めての異世界の魔物との遭遇だ。感情の昂りを抑えられるかな? 


 ガタゴトと揺られる馬車の中。

 

「ほえー、コトコっち落ち着いてるねぇ! 私なんて初めての実践任務の時なんて足が震えてそれどころじゃなかったのに!」

「そうでもないよ。緊張しっぱなしだよ」

 

 初めて異世界の魔物がやってきた時、僕は何もできなかった。ただ師匠に守られて、師匠が死んでいくのを見ていただけだ。に生きている。ようやく死ぬ下準備ができるんだ。


 興奮を禁じ得ない。

 

「今回確認されたマガカミは神兵と鳥神。私たちの防衛エリアはいつも通り23区のみです。三つ以上の区画を担当している部隊が討伐すると思いますがしっかり私たちは担当区画を防衛しましょう」

「了解だぜ!」

「了解」

「了解でーす」

 

 なるほど、この部隊の存在意義が本当に意味が分からないな。他の部隊に統合されて一緒に防衛すればいいものを巫学院とやらにとってこの第十一班がどういう位置付けと役割があるのか? それとも巫学院って頭悪いのかな? それとも何か他に理由があるのかな? 

 まぁ、どうでもいいか。

 

「了解だよ」

 

 馬車の近くに拠点を作り、まさかの休憩なしで異世界の魔物討伐って中々のブラックな職場だよな。みんな談笑していたのが嘘みたいにピリピリとした表情で周囲を探索している。魔法で調べてもいいんだけど、異世界の魔物に気づかれるのも癪だしまだ今じゃない。アナログな方法だけど木にでも登って高いところからみてみようか。それぞれ分担している持ち場の中で僕は登れそうな木を探す。

 

「いいおあつらえ向きの木があるじゃないか」

 

 鳥神は空中から襲ってくる。神兵は地上部隊として侵略してくるらしい。何体出現したのか知らないけど、一匹くらいお目にかかりたいものだ。いっその事、抜け出して探しに行っちゃおうかな……いや、ダメか。

 僕が抜けたら、万が一が起きるかもしれない。

 

「あのあたりを探索しているのが別の班なんだろうね。僕らの防衛範囲は、隊長……キキ……ゼクト……ムサカの姿が見当たらないな」

 

 僕がそう思った瞬間、パシュンとマガカミ交戦中の合図が僕らの防衛拠点内で上がった。僕はどうやら持っているらしい。ムサカが、マガカミ。異世界の魔物と戦っているらしい。

 

「みんなぁ! ムサカを支援して! 戦ってるよ!」

 

 人間より二回り程の大きさの化け物、これがこの世界の異世界の魔物か……

 僕は念の為にクルーエルに魔法通信を入れておく。

 

僕らの恋人異世界の魔物が出たよ“

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る