エピソード:2 魔法
この世界には『魔法』なるものがあるらしい。
おいおい急に何を言い出すんだって思ってるのかもしれないが、まあひとまず聞いておくれ。
つい半年くらい前、俺は一歳の誕生日だったらしく、抱っこが下手な俺の母と変なひげをしたハゲ親父。それにどっちもほぼ同じ顔をした俺の双子の兄と秋葉原にいそうだけどコスプレではないメイドさんといっしょに馬車に乗り、家の近所の街に繰り出していた。
このとき俺は……まあ詳しくはよくわからないから断言はできないんだけど、馬車を持ってるあたりその辺の平民の身分ではないんだろうな、と思った。
街の中。石造りの家に道を行き交う荷馬車、それと剣や弓で武装した衛兵っぽい人。
俺はぼーっと町並みを眺めながら『あー……なんか異世界っぽいなぁ』と思っていたのだが、ふと目に入った広場みたいな所に人だかりができていることに気付いた。
ちょっとどころか、だいぶ気になった。まだこの世界についてあまり知らない俺としては、情報蓄積のためになんでも見ておきたい。
俺はこの世界の言葉で『まま……』って言いながら人だかりを指さして、母さんに人だかりの中心が見えるところまで連れて行ってもらった。いくら異世界の言葉とはいえ、一年も生活すれば少しは話せるようになる。
そうして人混みを抜けかけた時、人だかりの中心で人々の注目を集める大道芸人を見て、俺は思わず声が出るかもと思った。
だってその大道芸人を中心として三本の火柱がぐるぐると、それも結構なスピードで何もない地面を回っているんだもの。
いやぁ、あの時は本当に驚いた……気がする。
僕も前世ターゲットの暗殺に当たるうえで子供マジシャンを装って、口から火を吹く手品をやったりしたことがあった。だけどあれも種さえわかれば簡単な仕組みだし、その大道芸人がしてたようなことはできやしない。
あれは、紛れもなく魔法だった。
その後、俺は半年くらいかけて、魔法について持てる限りすべての力を使って魔法について徹底的に調べた。
えぇ、別にそこまでしなくても……と思うかもしれない。だが、俺の裏社会的感性から言わせてもらうと、それは甘い。糖質まみれのショートケーキくらい甘い。
例えばどこかのA君を今、どこかの窓から
だがしかし、もし狙撃手の位置がわかったとすれば? 銃の種類がわかったとすれば? 多分運が良ければ、遮蔽物に隠れながらうまく狙撃の有効射程から逃れて、危機を脱することができるだろう。
だから、そういうことだ。知ってさえいれば、万が一命が狙われた際でも手のうちようがないわけじゃない。
知っているだけで、大分違うのである。
とまあ、こんな感じで魔法に関するありとあらゆることを調べに調べまくった結果、俺はちょっとした魔法の知識と、それを知る過程で否応なしに勉強することになったこの世界についての知識を相当蓄えまくった。
おかげで俺はちょっとした魔法・異世界博士みたいなもんである。
例えば魔法を使うための条件とかだが結論としては、魔力さえあればちょっと練習するだけで誰だって使えるようになるとのことだった。
具体的には
――step1――
体を流れる魔力を感じる。
――step2――
魔力を出力。
――step3――
魔力を魔法に変換する。
――step4――
魔法を放つ。
……と、これらのことを練習すればいいらしい。
step1,2は思ってたより簡単で、この前試してみたらできたのでクリア。
step3はまあ、ふわっとしすぎてたからちょっとだけ難しかったけど、頑張ったらわりかしすぐできた。クリアである。
というわけでこれからstep4、魔法を放つをやってみようと思う。
どうやら親父いわく、最初の一回目は自分の魔力に合った魔法がポンっ! って感じで、出てくるらしい。要はガチャだ。
だから念の為、屋敷の敷地の外に出て撃ってみる。なんかの間違いで大魔法とか出て、屋敷が吹き飛んでも困るから。
さあ、この屋敷の敷地の外に出るに当たって、俺が今いる部屋は二階にある。でも普通に屋敷の中の廊下を通り、庭に出るわけにはいかない。
なぜかというと、屋敷の中には人がいるし、見つかったら『まだ小さいんでちゅからお部屋のお外に出たらだめでちゅよ〜〜』とか言われて捕まってしまうからだ。実際、俺は昨日それで捕まっている。
それではここでクエスチョン。
Q《クエスチョン》:ならば、どうやって脱出するのか――。
A《アンサー》:二階のこの部屋から庭まで飛び降りる――。
単純明快な答え。だがそんな答えに、俺は言いたいことがある。
冗談はよしてくれ。俺はまだ乳幼児に当たるような年齢だぞ? 大事に扱わないとすぐ死んじゃったり怪我しちゃったりするような年だ。
ざっくり3.5mくらい。か弱い俺にこの高さから飛べ、と? 笑えん。まったく笑えん。
そりゃあ。前世の俺なら楽ちんにできた。裏社会で生きていくうえではそこそこ必要なスキルだったし、このくらいの高さから飛び降りるくらいわけないかった。
だが今、俺は1歳半のガキンチョだ。体重は軽くなっているが、その分体の空気抵抗が小さくなってて前世と比べて速度的にはプラマイゼロ……ん? 待てよ?
……運動エネルギーは質量×速度^2に比例するわけだから、速度がプラマイゼロなら結果的に運動エネルギーはマイナスか……。
なんか行けそうだな。
窓枠に立ち、宙に身を投げる。浮遊感に包まれた。地面をまっすぐ見ながら接地と同時に膝を曲げて横向きに転がり、落下の衝撃を逃がし……立ち上がる。※¹
……うん。案外楽勝だった。自分の身を危惧して損した気がする。
まあ、それはひとまず置いておこう。次は庭から出ないといけないのだけど、庭から出る方法も二つある。
一つは普通に正門から出る方法。もう一つは柵を乗り越えて出る方法。けど、選択肢は後者しかない。
そもそも正門には門番っぽい人がいるから出れない。
猿にでもなった気分で柵をよじ登って、屋敷の外の草の上に降り立つ。これまたあっけなく、脱走完了だ。
俺は歩き出す。
涼しい風が吹いていた。歩けど歩けど景色はいつまでも緑の草原から変わる気配がない。無というか……いつも通りというか……そんな感じだ。
なんだろうか。この景色はなぜだか、俺とよく似ている気がする。
どの辺がかというと……例えばこの変化がない景色が、誰を殺してもちっとも動こうとしてくれない俺の心に似ている。
でもこの不変に思える草原でさえも、四季によって花をつけたり、葉を枯らしたりとか。年単位の長期的なスパンで見ると、そこそこ変わっていたりする。
それは俺の心にはない。別に誰かが俺のお陰で幸せになって俺にお礼を言ってきたとしても特に嬉しくないし、どこの誰に貶されたって少しも悲しくない。
俺はごく一部の嫌悪感やら妬み、それに小さな罪悪感なんかの感情を除いて、全体的にそれが希薄だ。何をされても、何をしても、感じることは特にない。
まあ、殺し屋としてはアドバンテージだったが。
それに比べて俺以外の人間は誰かと笑い合い、愛し合い、時には励まし合ったり真剣に悩んだりする。当たり前っちゃ当たり前。
だけど、俺にとっては羨ましい。俺も手に入れられるものなら手に入れたい。いっちょ前の人間になりたい。
俺がこの世界で初めて目覚めたあの日、『変わること』を決めた。まともな感情を手に入れ、いっちょ前の人間になる。それはきっと、変わることに他ならないだろう。
俺は変わりたい。人間らしい人間になりたい。
小さな丘を登る。丘の上には木が一本。周りには木なんかないのに、本当にこの一本だけが太陽の光を一身に浴びてそびえている。
俺は木に寄りかかって、草原を一望した。さっきまで緑だった草の数々が、陽の光で黄金に輝いて見える。俺にはそれが、素晴らしい暗示のように見えた。
……とまあ、ここまで色々と考えながらこんなところまで歩いてきたわけだが、別に今回これだけ歩いたのは『自分を見つめ直す』とかをしにきたわけじゃない。
一応、魔法を撃ちに来たのである。
「使える魔法って個人によって当たりハズレが激しいらしいからな。当たり魔法、出てくれよ……」
パン! と手を合わせ、お祈り的なのをした。特にこれといった意味はない。
さて、ところでこの世界の魔法には『属性』なるものが存在するらしい。
魔法には【火】【水】【風】【土】【氷】【雷】【光】【闇】【治癒】そして【無属性】の、全部で10種の基本属性に加え、種族固有魔法と固体固有魔法なんて物があるらしい。
基本属性は他と比べてより発現しやすい類の魔法。固体固有はその個体固有の魔法属性だ。種族固有はそのまま、種族固有の魔法。他は対して関係ないから割愛するが、人族の種族固有魔法は【障壁魔法】である。
「俺としては、炎か雷……光あたりが嬉しいかな」
使える魔法は、その固体が発することができる魔力の種類? みたいなのに依存するらしい。さらに時々複数種魔法を使える人もいるのだそう。使える属性はそれぞれ生まれたときから決まってて、それ以外の属性の魔法を使うことはできない。
俺としては別に有用なら固有魔法でもいいが、基本属性ならこの三種が望ましい。炎は単純に強そうだし、雷は単純火力でも応用でもハイスペックだろう。光は攻撃力は皆無っぽいにしても応用ではなかなかのものだと思う。
「さ、そろそろやるか」
小高い丘に一本だけ佇む木の隣でオレンジ色の地平線を見る。
じゃあ、step1〜3を実行しよう。魔力を感じ、出力し、魔法に変換する……。
「step1〜step3は問題なし……っと……」
感覚を尖らせるため、目を瞑った。そして、魔法を。
「放つ……」
体の奥底から何かが抜けていくような感覚を感じた。魔法は魔力を使って発動する。この抜けてくような感じは、多分魔力を使った時の感覚なんだろう。
おそらくは成功だ。ゆっくりと、目を開いた。
「……ん?」
……俺が一番最初に抱いた感想は何だと思う? 望み通りの魔法が出て「やったー」かな? それとも望んでなかった魔法が出て「ちくしょー」かな?
正解は……
「は? なんだこれ……」
うん? おいおい、二択に入ってねぇぞ……って? いや、別に最初から選択問題だなんて言ってないし。知らんし。
……。
まあ、それはひとまずそれは置いとこう。ところで俺が思わず混乱を口にしてしまったのは、俺の魔法らしきものがちょっと理解しがたいものだったからだ。
だって、特にこれと言った特徴のない半透明ののぺっとした四角い壁が宙に浮いてる、っていう、よくわからん絵面を見せられたんだもの。
俺はてっきり前世アニメとかで見たことがあるような、すごいかっこいいのが出てくると思ったのに……。マジかよ。
何かが消費され続けてる感じはあるし、やっぱりこれが俺の魔法、ってことか……。脳みそは理解したんだけど、あんまし理解したくないかもしれない。
まあ、そんなこと言ってたって、今から魔法の属性を変えられるわけではなさそうだしな。今は嘆くより、これがなんていう魔法なのか確かめるほうが先決か……。
「……壁か? なんか攻撃って感じじゃないし……防御系の魔法なのか? ……」
うん。ひとまず、一通り眺めてみた。まあ、それでわかったのは、半透明で四角くて浮いてるなぁ……、っていう……。
そんなの見ればわかるだろ、って。そりゃあ見ればわかることしかわからなかったけどさ。見る以外のことしてないんだから、それは当然ってもんだ。
「障壁魔法ってやつかな……」
障壁。人族の種族固有魔法で主に防御に用いる。人族が使える魔法の中では、固体固有魔法についでレアリティが高いやつだ。でも、正直そんなに嬉しくない。
ガチャは大ハズレ……とまではいかないが決して当たりじゃない。
「……今日は帰ろう」
萎えたし、空も暗くなってきたし、ここって異世界だから、夜になったらヤバいモンスターみたいなのが出てこないとも限らないし。
〜〜〜
屋敷に帰ったら屋敷中の使用人、それに親父と母さん、更には料理人まで松明を片手に庭を徘徊していた。屋敷の敷地外に出ている人もちらほらいる。
百鬼夜行かなんかの練習だろうか。んー。わからん。
何があったんだろうと思って観察していると、屋敷の敷地外の顔ぶれの中に知っているメイドさんがいた。
慎ましい体つき、茶色い髪に、ダークレッドの瞳、歳は多分二十歳くらい。俺が街に連れて行かれた時、馬車に同乗していたあのメイドさん。メルティアさんだ。
声をかけやすい所に知り合いがいるとは、ちょうどいい。
「どうしてみんなが忙しく百鬼夜行の演習をしてるのか訊いてみよう……」
気配を消して、メルティアさんの意識の外から彼女に接近していく。気配を消した意味は特にない。そして、メイド服のスカートを後ろから引っ張った。
メルティアさんはビクッと肩を上げる。
俺はいたいけな一歳児を装いつつ、メルティアさんに声をかけた。
「めるてあ? なにしてう?」
傍から見れば、完璧な一歳児だろう。
「あ? え? リグ様!?」
……で? 何をしてるのか、っていう質問に答えてもらってもいいか?
「あ! そうだった! 奥様に報告しないと!」
奥様? ……あぁ、母さんのことか。母さんに何を報告するんだ? それより先に、俺にメルティアさんたちが何をしてたのか報告してくれ。
「奥様ー!! リグ様見つけましたよー!!」
俺を抱き上げたメルティアさんはそう言って、屋敷の方に走っていった。
……この後、俺は母さんに叱られることになるが、それはまた別のお話である。
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※¹:リグニスがしたのは【五点接地】という実際にある着地法です。主に軍隊のパラシュート降下における着地とかで使われてます。やり方としてはまず膝の力を抜いて、接地の瞬間に軽く曲げ、そのまま腿、背、肩と落下の衝撃を逃がしながら転がるとできます。手は胸の前でクロスするといいです。けっこう簡単なので、機会があれば安全を確保してやってみてください!
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何卒、お願いします!
第三話は2025/12/04の9時に投稿する予定です。
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