厄災へと至るまで 〜最強の殺し屋は異世界にて最凶最悪の魔族になる〜
@hatisuke_2040
第一部 <幼少編> 第一章
エピソード:1 転生
なぜ? いつ? どのように? どの問いにも答えることはできない。でも事実として、俺は真っ暗な闇の中にいた。
その暗闇はなぜか暖かくて、そんな暖かさが気持ちいい。だけど同時に、不安でもある。
『なんだか分からないけど気持ちいい』……。その『なんだか』っていう、不明な点が結構不安だったりするのだ。
あぁ、なんとかしてこの不安から脱したい。でも何も見えないし、身体も上手く動かない。耳は……使えないってわけじゃないが、まともな情報を得られそうにない。
俺はすぐに悟った。詰んだな、って。
これから俺はどうなるんだろう。真っ暗。見えるのはどこまでも続いていきそうな闇だけ。これじゃまるで……まるで……あぁ、例えが見つからない。
せめて……せめて未来くらいは示してほしいものだ。できればでいいんだけど、比較的明るいやつを。
……もう考えたって仕方ないだろうな。寝よ。なんかここ謎に気持ちいいし、特にできることもないし。
俺はできれば明るい未来がきますようにと願いながら、意識を手放した。
そして俺は、夢を見た。
〜〜〜
男は走り、逃げていた。
ここは日本。とある市内のコンテナ港。男はソビエトの諜報員で複数の仲間と共に、日本での情報収集と世論操作を行っていた。
「ちくしょう……! なぜ……どうしてこんなことにッ……!」
男は息切れしながら呟く。
男は肩を押さえていた。一歩ごとに身体が揺れ、血が地面に滴る。
「いたぞ!! テェッ!!」
掛け声から少し遅れ、背後から銃声。同時に男の足元で跳弾の火花が散る。男は躓き、コンクリートにその顎を強くぶつけた。
しかしすぐに立ち上がり、肩を押さえたまままた走り出す。銃声と跳弾の中、男はコンテナの山の角を曲がってまた走った。
息を潜めてコンテナの影にしゃがみ込んだ。足音が近づいてくる。だんだん、だんだん大きくなってくる。
男の目が緊張の色一色に染まった。そして足音が近づき、近づき……遠ざかっていった。
「危なかった……」
男は、ホッとしたように胸を撫で下ろす。しかしそれもつかの間、男は仲間のことを考え始める。
最初、男は仲間と共にいた。だが、日本の治安警察の襲撃にあって散り散りになってしまったのだ。
「彼らは無事だったのだろうか……。心配だ……」
男は自身に対する脅威は去ったと考え、仲間を案ずる気持ちで一杯になっていた。……なっていた。
「人の身より、まずは自分の身を心配するべきだと思うよ」
しかし、そんな気持ちに水を差す声が男の耳に飛び込む。
その声が聞こえた瞬間、男はすぐにポケットの中からバタフライナイフを取り出し、臨戦態勢を取った。
「どこだ!! どこから話しかけてきている!!」
「上だ」
男は見上げる。コンテナの上、満月をバックにして小柄な男のシルエットが銃口を向けてきていた。
男が反応する間もなく、小柄なシルエットは引き金を引く。拳銃弾はちょうど男が構えていたバタフライナイフに当たり、それを男の手から弾き飛ばした。男は手にしびれを感じる。
「あぁ……!」
男は苦悶の声を上げた。しかし、そうしている間にも小柄な影はコンテナから飛び降りた。
男は小柄な影に向かって拳を振る。左フック、右ストレート。どちらも容易く交わされ、逆に男は顎に強烈な蹴りを食らって後ろのコンテナに叩きつけられた。
男は顎を押さえながら、影を足元から順に睨みあげる。徐々に徐々に、その影の全容が明らかになっていく。
……それは体つきといいその顔といい、まだ子供だった。精々高校生くらいだろうか。
男は諜報員という仕事柄、噂程度だったが日本政府が未成年の殺し屋を雇っているという情報を持っていた。まさか、本当だったとは。
しかし、と。男はポジティブに考えた。子供であるということは、多少なりとも懐柔しやすいはずである、と。
「あぁ……君、まだ子供じゃないか。なぜ、こんなところに?」
男は流暢な日本語で少年に向かって語りかけ始める。それを聞き、少年はため息に苦笑を交えてコンテナの隙間から見える海を見た。
「まったく……これだから
男は眼の前でよそ見をする少年に大きな『隙』を感じた。いける。男は素早く、無駄のない動きで少年に対して速い拳を振るう。
しかし少年はそれを上回る速度で回避。直後に顔に一打、首に一打、腹部と胸部に合わせて三打の合計五打撃を男に打ち込んだ。
男は倒れ込む。
「さて、なんでこんな所にいるのか? ……だったか? 教えてやるよ」
少年は余裕の表情で拳銃に弾倉をリロードする。そして冷酷な目で。
「お前と、お前の仲間を殺すため。ちなみにだが、すでにお前の仲間は全員殺したぞ?」
言った。男は耳を疑ったが、なぜかそれが嘘であるとは思えなかった。
男はもう武器を持っていなかった。先程の打撃のせいかうまく力が入らず、抵抗する手段も現状ない。生き残ることは、できないだろう。
「好きにすればいい。ワタシは何も喋る気はない」
最後の強がり。男はすでに自分が死ぬことを悟っていた。しかし、少年はまるで楽しんでいるかのように男を見下ろす。
「……俺は、できることなら世界中の誰もが幸せに、楽しく、自由に生きるのがいいと思うようになったんだ」
男はポカンと少年を見上げる。急に何の話だ、と。少年は腕を組み、ウロウロしながら語り始めた。
「君もそう思うだろ? みんながハッピーなら殺人も起こらないし、戦争だってない。でも誰かの幸せのためには、誰かを不幸にしなくちゃいけない」
少年は左手で拳銃をいじりながら、バーンと発砲する素振りを見せた。
「な、何が……言いたい……」
少年はくるりと、回れ右の要領で男の方を向く。
「俺にはいろいろ事情があるんだが……とにかく金が必要だ。俺はお前らみたいなのを捕まえるか、殺すかすれば金が貰えて、それが俺の幸せに繋がる」
なるほど、と。男は少年の考えに一定の理解を示した。
「だから、ワタシを殺す……と?」
「よくわかってるじゃないか。俺にとってはお前の幸せなんかよりも俺のソレのほうがずっと価値がある。だからお前の死はもうすでに確定事項だ」
男の頬に冷や汗が伝う。死を前にし、手足の末端の震えが止まらない。
「だけど、俺は君の幸せのために選択権を与える。ここで俺に殺されるか、治安警察共から拷問を受けた後殺されるか。好きに選べ」
淡々と口から言葉が紡がれる。男はなんとか打開策を見つけようと、周囲を見渡す。が、特にこれといったものは見当たらない。
「……お前、随分と独りよがりだな……。ワタシには家族が……娘がいる。妻はこの前肺炎で死んだから、ワタシが稼いで食わせていくしかない……。ワタシが死んだら、娘はどうなる? お前に、この気持ちがわか……」
男が考える時間を稼ぐための言葉であり、同時に真実だ。情に訴えかけて見逃してはもらえないかという淡い期待も寄せている。しかし、言い切る前に少年は発砲する。銃弾は男の肝臓に深くめり込んだ。
「残念だが、時間稼ぎは間に合ってる。明日は早起きしなくてはならない。それに、家族のため云々と抜かすのならそれはこちらも同じことだ」
腹部から、じわじわと痛みが広がっていく。
「ぐあぁぁッ!!」
少し遅れて、男の声。しかし、その痛みに満ちた声は少年に届いても、響きはしない。
少年は、いよいよ男の額に銃を向ける。
「で? 答えは? 前者か? それとも後者か?」
男は何も言わず、打開策を考える。しかし、痛みが思考を邪魔するせいでうまく考えることができない。心臓の鼓動も激しくなってきた。
早く……早く何か……打開策を……!
「無回答……。機会があれば、娘もすぐにそっちへ向かわせてあげるよ。家族で一緒に、幸せにね」
一瞬のためらいすらなく、引き金が引かれた。
……走馬灯だったのだろうか。その時男の目に写ったのは、故郷に残してきた母親のいない娘の姿。妻と自分の墓が並び、その前で泣く己が娘の姿。
「Катюша…」
呟いた男の額に、無慈悲に銃弾が飛び込んだ。
〜〜〜
暗くない、光のある空間で目を覚まし、俺は自分の手を見つめてみる。赤ん坊の手だった。
「なゆほど……てんせいか……」
舌が回らない。おそらく、赤ん坊だからだろう。
前世とはいえ、俺は殺し屋という即座の情報判断が必須である職に就いていた。である以上、その能力にはある程度の定評がある。
創作物などを通して、このような状況をすでに知っていた、というのも大きいだろう。まあ、リアルに起こり得るとは全く予想していなかったが。
俺は前世、南米らへんで発足した殺し屋組織の末端のメンバーとして、物心ついたときから裏社会で生きてきた。
俺は結構組織の中でもイレギュラーだったそうだ。俺のいた組織では基本的に、十五歳までは訓練をして18までは精々現場研修で、それから本格的に殺しの世界に入っていく。
だが俺は、なかなかセンスが良かったらしい。俺に殺しのいろはを教えた師匠的な人は、よく『お前は天才だ』と俺に言ってきた。
確かに周りと違う自覚はあった。頭の回転、物覚え、身体操作。どれをとっても誰にも負けたことはなかったし、殺しに対する抵抗もなかった。
だから俺は、10歳から俺の意思で現場に出た。別に誰も止めなかった。フィジカルの弱さは技術で補えたし、基本毒殺か不意打ちで正面からやり合うことなんか滅多になかったから。
その組織には成り行き的に妹も所属していた。俺は本人の意志を無視したエゴだとはわかっていながらも、妹を組織から離脱させたいと思っていた。
でもそれには金が必要で、だから俺は必死で金を集めた。確か俺は日本を中心拠点にし、政府からの依頼で売国奴を一人あたり平均15万くらいで月20人くらい殺したと思う。
金のたまりは順調だった。メインは殺しだったけど時々スパイとか他のこともして稼いだりもしてたし、依頼成功率はほぼ100%だったから。
それで、いつからか慎重さを欠いていたと思う。それで異様に高額な依頼を受けて商売敵に嵌められて……死んだ。
……そんな感じの人生、裏社会に踏み込んでから死ぬまでを夢で見て、思い出した。自身の失態の振り返りである。
にしてもやっぱり、これを昨日の今日まで忘れてたとは信じられない。あれだけ色々あったのに、全部きれいに忘れてたなんてな。
いやまあ、別に忘れてたからどうってわけでもないんだ。ただ……ちょっとショックだった。たった一度の後悔も、妹のためにしたことも全部忘れてた……ってのが。
「はぁ……」
ため息。とてもじゃないが、漏らさずにはいられない。
全部か。軽い自己嫌悪のような……なんだかそんなような、複雑な気持ちだ。
「いや……」
良くない。そうだ良くない。このままここで腐ったってどうしようもないんじゃないだろうか。落ち込んでなにか変わるなら落ち込めばいいが、そうでないなら落ち込むな。
切り替えろ。らしくもない。
「大丈夫……」
大丈夫だ。
……。
「よし……」
もう落ち着いた。
落ち着いたのだが……少し早すぎる気がする。自分で言うのもなんだが、俺は全部忘れてたことが結構ショッキングだった……と思う。
なのに、立ち直りが自分でも驚くほど早すぎる。これじゃなんだか、自分で自分の過去や記憶の中の妹をまるで『忘れても構わないような大したことが無い物』のように扱ったみたいだ。
なんだろう……少々自分に対する嫌悪感を感じる。
……思えば、俺は昔にもこんなことがあった。
深く思い出したくないことだから詳細は省くけど、同級生の祖父を間接的にだが殺したことがあった。それを目撃されたから、その子の母も、父も、姉も殺した。
同じだった。あの時も、その後学校で見た同級生の追い詰められたような顔で罪悪感に押しつぶされていたのに、数分も経てばもう何も感じなくなっていた。
そこには、誰の苦しみも悲しみも数分程度でなかったもののように扱うことができてしまう自分がいた。
自分に腹がたった。これほどまでに強く自己嫌悪したことは、その前にも後にももうない。
そういえば、あの時からだったな。俺が世界中が全部幸せならいいのに、と思うようになったのは。
まあともあれ、さすがに程度は違うにしてもなんとなーくあの時と今が自己嫌悪に至るまでのプロセスが似てる感じがする。
すごく嫌な気分だ。転生して世界が変わっても、自分は何一つとして変わらない。あのとき自己嫌悪した自分のまま。
「……変われるかな……」
赤ん坊にしては低い声でふと呟く。
俺はもう、こんな思いをしたくない。変われるものなら変わりたい。せめて人並みに誰かに共感できるようになりたい。
……変わろう。変わっていこう。世界は変わって、環境も変わった。ここまでお膳立てされてれば、俺だっていくらか変われるだろう。
結構ちょうどいいかもしれない。俺は物心ついた頃から目標を持たずに生きていた時間があまりない。だから目標のない生き方っていうと……ちょっとうーん……って思ってしまう。
変わること。俺の二回目の人生における目標だ。
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エピソード2は2025/12/03の9時に投稿予定です。
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