第9話 ビジネスの条件(2)
キュッキュッと床を擦るバッシュの音と、力強くボールを叩き付ける音が木霊する。
今日、市民体育館で開かれているのは、近隣の高校四校で催される女子バスケ部一年生の親善試合。
いわゆる新人戦だ。
会場はだだっ広いが、新人戦ということもあって観客はまばら。
我が校の女バスの雄姿を間近で見られる特等席を難なく取ることができた。
月之宮さんはスタメンではなく、交代要員として呼び出されたらしい。
それでも、ひとたびコートに出た月之宮さんのプレーは、圧巻の一言に尽きた。
「月之宮さん、格好よすぎるだろ……」
月之宮さんの手に渡ったボールは、まるで意思を持っているかのごとく自由自在に跳ね回る。
フェイントに次ぐフェイントに、相手チームは翻弄されるばかり。
二人掛かりで止めに入れば思う壺、正確無比のパスワークで速攻を叩き込む。
汗を煌めかせるユニフォーム姿の月之宮さんに、僕はすっかり虜にさせられていた。
一応関係者だから言い訳できるとはいえ、全くの部外者だったら不審者扱いでつまみ出されていたかもしれない。
二試合連続でダブルスコアの快勝を収め、月之宮さんはチームメイトとハイタッチを交わした。
「マジナイス! 凛久、やっぱりバスケ部入りなよ! あんたなら即スタメン入り間違いないって!」
「またまた~、お上手なんですから奥様」
月之宮さんは冗談交じりに謙遜しているが、僕も全く同じ感想だ。
他の一年生の誰よりも月之宮さんのプレーは突出していたし、下手したら二年三年と混ざってもトップレベルなんじゃないんじゃないかと思う。
どうしてバスケ部に入らないのか不思議に思うが、それ以上の疑問がある。
――月之宮さんは、どうしてこんなに何もかも完璧なんだ?
そもそも月之宮さんは頭がいい。べらぼうに。
だから勝手に文化系だと思っていたけれど、月之宮さんはバスケ部のみならず、バレーボール部や吹奏楽部からも助っ人要請が来るほどの逸材らしい。
それはつまり、生半可な部員よりも、月之宮さんの方が力量が上ということだ。
尊敬を通り越し、畏怖の念さえ抱く。
月之宮さんは単に、天性の才を多く持って生まれただけなのか?
それとも、血のにじむ努力で、これほどの力を身に付けたのか?
後者だとすれば、一体何がそんなに月之宮さんを駆り立てて――
思索にふけっていた僕は、そこでようやく昼休憩に入ったことに気付いた。
観客席のすぐ下のベンチで、チームメイトと一緒にパンを齧る月之宮さんが、一瞬だけ僕に視線を遣った気がした。
やけに大きな声で、月之宮さんは食べかけのパンを掲げ持つ。
「あー、それにしてもこんなコンビニパンじゃ、全然足りないなぁー。みんなもそう思わない?」
「え、急にどうしたの、凛久……」
白々とした月之宮さんの台詞に、チームメイトは怪訝な表情を浮かべている。
月之宮さんは部員の一人が持つおにぎりに注目し、声を弾ませた。
「やっぱりパンよりお米の方が満足度高いよねー。でもお弁当って作るのも大変だしー、コンビニのおにぎりなんかじゃ全然物足りないしー」
「いやほんとそれなー。それに最近お米が貴重だから気軽に食べられないし」
「だよねー。こういう対外試合の会場って土地勘もないし、おいしいお昼ご飯にありつくのも一苦労だよねー」
「うーん、私は眠くなっちゃうからパンの方がいいかなぁ……」
月之宮さんの一言を契機に、チーム内でパン・おにぎり談議が始まる。
彼女たちの頭上でそれを聞いていた僕は、一人考え込んでいた。
どういうことなんだろう。僕にコンビニまでおにぎりを買って来いってこと?
いやまぁ、そりゃ月之宮さんが仰るのであれば僕は従うまでですけど、でも月之宮さんはそんな回りくどいことしないよな。
というか、そもそも月之宮さんはどうして僕をここに連れてきたんだ?
確かに月之宮さんの活躍を見られただけでも来た甲斐はあったけど、やけに話の流れが唐突だった。
僕を誘う直前に話してた飯田さんの件と何か関係があるのか?
課題と解決策、そのための利害の共有――
「……そうか、それだ!」
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