椿説古今東西昔噺変梃始末集
秋嶋二六
椿説桃太郎
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんとおばあさんは流行り病にかかり、床に臥せっていました。
当然、山に柴刈りにも行けず、川で洗濯することもできません。
そういうわけですから、川の上流から桃と呼ぶには巨大な何かが流れてきたことも知る由もなかったのです。
桃のような巨大な何か、いちいちそう書くのは面倒ですので、以下桃と仮称しますが、桃はさらに下流へと流れていきました。
桃の中には人間の赤子が拾われるのを今か今かと待ちわびていましたが、誰も拾う気配はなく、ただひたすらに流されていきます。
どんぶらこどんぶらこ、誰もがその擬音はないと思ったことでしょう。
しかし、桃の周囲には桃を気に掛ける人はいませんでした。いたとしても、さすがに巨大で怪しげな桃に近づく好事家はいなかったでしょう。皆、日々の生活に忙しいのです。桃なんざにかまけている暇などないのです。
ここまでくると、中の赤子も焦りました。そろそろ拾われてもいいころだろうにと。
桃を見た人々の中には怪しげな桃が流れていると通報するものもいましたが、さすがに相手にされません。
そうこうしている間に桃は河口を過ぎ、ついに母なる大洋へと流れたのです。
海原を漂う巨大な桃、とてもシュールです。
果てのない大航海へと踊りだしたとも知らず、赤子は桃の中で不自由な生活を余儀なくされながら、日々を過ごしていました。
飢えや喉の渇きには果実を食べれば事足りましたが、いよいよ外の景色が透けて見えるほど果肉が薄くなってきました。
しかも、ずっと水の上に浮かんでいたからか、赤子の足元の果肉は黒く変色し、異臭まで放ってくるようになりました。
赤子は選択を迫られます。
一つはこのまま事態を静観し、状況が変わるのを待つこと。
もう一つは座して死を待つより、自ら行動を起こすこと。
その日が暮れ、再び朝日が東から昇るまで悩みぬき、ついに赤子は後者を選びました。
もはや臭気は耐えがたく、このままでは窒息してしまうからでした。
そうと決まれば、行動あるのみです。
赤子は渾身の力で桃を内側からこじ開けようとしました。
しかし、悲しいかな、非力な赤子の力では桃はびくともしません。
赤子の心に絶望の影が這いよります。
このままでは取り返しのつかないことになると。
すでにそうなってますが、知らぬが仏。
だが、赤子は諦めませんでした。ここで諦めても、どうにもなりません。
赤子は再度桃をこじ開けようと試みます。
するとどうでしょう。桃は中央から真っ二つに割れたのです。
初めて触れる外の世界。心地よい風と見渡す限りの海原。陸地などもはや水平線の彼方です。
あまりにも絶望的な状況です。その上、今まで危うい均衡で浮いていた桃は割れたことにより、バランスを崩してしまったのです。
大海原に投げ出される赤子の目に生気の炎が宿ります。
このまま負けてなるものかと言わんばかりに、短い手足を動かして、泳ぎ始めます。その先に陸があると信じて。
その後、その赤子の姿は杳として、知りませんでしたとさ。
めでたしめでたし……なんて言えるはずもなく。
教訓:はじめダメなら、全部ダメ
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