第2話:一瞬で戦況を読み解く「業務改善」の魔術師
アルフレッドの指示は、まるで高速で処理されるコンピュータの出力のように、澱みがなかった。
「騎兵は後退! 敵の突撃は『剣の森』で受ける! 槍兵、後列三列目まで下がって横隊を組め! 前列の負傷兵は、今すぐ担架を担いで第二王女様の馬車を追え!」
兵士たちは混乱していた。裏切りによって崩壊した指揮系統。しかし、一瞬の沈黙の後、彼らは無名の一介の少年の命令に従い始めた。
その声には、圧倒的な説得力が宿っていた。まるで、彼らの脳内に直接「これが唯一の最適解だ」とインストールされているかのようだ。創造神の加護が、彼の発言に絶対的なカリスマ性を付与していた。
「槍兵隊長、貴官だ!」
アルフレッドが指差した男は、顔に深い傷を持つベテラン兵士だ。
「敵の『突撃(C)』スキルの発動条件は『直線50メートル以上の加速』だ! 隊列を崩し、敢えて敵騎兵を密集地帯に引き込め! 密集した敵は回避率が-30になる! 一騎討ちより、集団戦のダメージ効率を優先しろ!」
隊長は目を丸くした。なぜこの少年が、兵士のスキルレベルや戦闘効率の計算を即座に把握しているのか。だが、その言葉には確かに合理性があった。
「……承知!」
隊隊長は即座に槍兵を動かし、王女の馬車を守る円陣を崩して、後方の岩場へと誘導した。
アルフレッドの視界は、通常の戦場とは違う。全ての兵士、全ての馬、全ての岩や木々が、色のついたアイコンで表示され、彼らのHPやスタミナ、敵との相性が瞬時に点滅する。
(よし。敵騎兵隊は、こちらの陣形崩壊を『勝利条件達成』と誤認し、そのまま密集地帯に突っ込む! シミュレーション通りだ。…っと、待て!)
アルフレッドの視界の隅で、ひとつの赤いアイコンが高速で移動していた。
【敵将軍・ローガス】
レベル: 35
スキル: 鉄壁の防御(A)、裏切り(S)
目的: 第二王女の討伐(成功率99%)
行動パターン: 騎兵の混乱に乗じて、王女の馬車へ『単騎突撃』を開始。
「将軍が馬車に直接向かっている! 誰も防げない!」
ローガス将軍は、裏切りが露見した今、自ら王女を討ち取ることで第二王子への忠誠を示そうとしていた。彼の突撃は速すぎる。誰も間に合わない。
(前世のクソゲーの『バグ技』を使うしかない!)
アルフレッドは、近くに転がっていた、使用済みの火炎瓶(魔法使いが使った魔道具の残骸)を拾い上げた。
「くそっ、力が入らない!…だけど、これは『業務』だ!」
彼は全神経を集中し、前世のゲームで、敵将軍の行動をわずかに遅らせるために使った「フィールド・デブリ(破片)の投擲」という、非戦闘員の特殊行動を再現しようとした。
【創造神の加護(ユニバース・タロット)】が発動。
対象:ローガス将軍の足元。行動:『わずかな動揺(時間停止0.5秒)』。
加護によって身体能力が一時的にブーストされたアルフレッドは、火炎瓶の残骸をローガス将軍が通る直前の地面に叩きつけた。
「ちぃっ!」
ローガス将軍の馬が、爆ぜた音と土煙にわずかに怯み、0.5秒、足が止まった。
その0.5秒で、アルフレッドの命令を受けていた弓兵数名が、唯一馬車の護衛に残っていた近衛兵を援護するために駆けつける。
「今だ! 第二王女様を乗せた馬車を、雑木林へ急がせろ! 全隊、脱出!」
もはや戦況は『撤退戦』から『脱出ゲーム』へと変化していた。アルフレッドは最後の力を振り絞って叫び、兵士たちもまた、その声に導かれるように、馬車を押し、護衛しながら、雑木林の奥へと姿を消した。
ローガス将軍が苛立ちの表情で追撃を断念したことを確認したアルフレッドは、安堵と共にその場に崩れ落ちた。
◇
数十分後、アルフレッドは第二王女アイリスが待つ、雑木林の中の秘密の野営地で目を覚ました。
「ここは……」
「目覚めましたか、少年。貴方のせいで、私はずいぶんと肝を冷やしましたよ」
アルフレッドの目の前にいたのは、透き通るような銀髪と、凛とした紫の瞳を持つ、18歳ほどの少女だった。アスター王国の第二王女、アイリス・アスター。彼女は華奢ながらも、戦火をくぐり抜けてきた者特有の、鋭い緊張感をまとっていた。
「私の名を、アルフレッドと申します。王女殿下、ご無事を確認できて何よりです」
アルフレッドは慌てて立ち上がろうとしたが、全身の疲労で体が動かない。
「無理をしなくて結構。貴方こそ、一体何者なのです? 司令官の裏切りで皆が混乱する中、貴方だけが的確な指示を出し、結果として我々の命を救った。貴方は、私の部隊の者ではないでしょう」
アイリスの視線は、鋭く、アルフレッドの心を射抜くようだった。
(鑑定だ!)
アルフレッドは、緊張しながらアイリスに【鑑定】を発動する。
【第二王女】
名前: アイリス・アスター
レベル: 5
スキル: 王族の威厳(A)、政治の才(S)、鑑定(C)
弱点: 軍事経験が皆無。信頼できる人材が不足。
目標: 辺境地で勢力を立て直し、王都へ帰還する。
(レベル5!? 軍事の才能は低いが、政治の才がS……。しかも【鑑定(C)】だと? 彼女もスキルを持っているのか!この王女様は、後方支援と内政に特化した『戦略キャラ』だ。そして、最大の弱点は人材不足、つまり人事部の業務改善が必要ってことか!)
前世で人事評価とチームビルディングに明け暮れたアルフレッドの「社畜魂」がうずき始めた。
「殿下。私はつい先ほどこの戦場に迷い込んだ、ただの孤児です。しかし、私には『全体の状況を把握し、最適な行動順序を導き出す』能力があります。これは、前世の業務経験が活かされているようです」
アイリスは満足げに頷いた。
「その能力こそ、今、私に必要なものです。アルフレッド。貴方に私の部隊の、いや、この旅路全体の戦略参謀になってもらいましょう」
「お待ちください、殿下!」
アイリスの言葉を遮ったのは、王女の傍らに控えていた、鎧姿の女騎士だった。名はリリアナ。部隊に残された唯一の近衛騎士だ。彼女の背後には、かろうじて生き残った貴族の従者(クロード卿)も不満げな表情を浮かべている。
【近衛騎士】
名前: リリアナ・ベルナール
レベル: 25
スキル: 忠誠心(S)、剣術(A)
目的: アイリス王女の護衛。
「殿下! 得体の知れない、戦場で突如現れた少年に、軍の指揮を執らせるなど論外です! 彼の指示は功を奏しましたが、それは偶然かもしれません。王族の旅路は、貴族である私が責任を持ちます!」
クロード卿も追従した。
「その通りです。殿下。平民の少年を、将軍の地位に就けるなど、王国の秩序を乱します」
アイリスは、一瞬静かに周囲を見渡した。彼女の政治の才(S)が、この場を収める最適解を瞬時に導き出す。
「分かりました。リリアナ。クロード卿。貴方方の忠言は理解します。では、こうしましょう」
アイリスはアルフレッドに向き直った。
「アルフレッド。正式な戦略参謀の任命は、辺境に到着してから改めて検討する。それまでは、貴方は私の**『従者(アテンダント)』**として、私個人に仕えなさい。貴方の指示は、私の指示として、リリアナが実行する。問題はありませんね?」
リリアナは不満顔だったが、「従者」という立場なら指揮権はアイリス王女にあるため、反対できなかった。
「お任せください、殿下。私の辞書に、**『非効率』という言葉はありません。従者として、まずはこの部隊の『ムダの洗い出し』**から始めましょう」
アルフレッドは深々と頭を下げた。戦略参謀という「役職」より、アイリス王女の傍にいて情報を常にアップデートできる「アクセス権」の方が、このプロジェクトにおいては遥かに価値が高い。
こうして、元社畜のアルフレッドは、第二王女の従者という立場で、命がけの「業務改善」プロジェクトを本格始動させたのだった。
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