王女のための異世界『完全最適化』計画。

こてつ

第1話:社畜、絶望の戦場へ転生 〜女神の天然ミスと「クソゲー」の記憶〜

「あー……もう、ムリ……」

​田中健二、32歳。ブラック企業の営業課長。最後の記憶は、睡眠時間3時間で出社した朝、駅の階段でフラつき、足を踏み外した、あの浮遊感だった。

​過労死。それが確定した瞬間、健二の意識は真っ白な空間に放り出された。

​目の前には、ぼんやりと光る、絶世の美女がいた。白い衣をまとい、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。


​『ああ、かわいそうに。こんな若さで、無慈悲な労働環境の犠牲になるなんて』


​「女神様……ですか?」


​『はい。私はあなたを管理外の世界から連れてきてしまったけれど、こんな人生の終わり方では報われないでしょう。私の管理する世界へ、新しく転生させてあげますね。今度こそ、幸せな人生を!』


​優しい声に、健二の心は救われた。チートスキルや強力な加護を得て、スローライフを送る……そんな夢を抱きながら、彼の意識は再び暗転した。


​次に目覚めた時、健二――いや、体が若返った「アルフレッド」と名乗る少年(16歳くらいに見える)は、土の臭いと、血の臭い、そして鉄がぶつかり合う轟音に包まれていた。

​「ぐっ……がああああ!」

「突っ込め! 第二王女などここで終わりだ!」


​全身が凍りつくような喧騒。視界に飛び込んできたのは、剣と槍を交える兵士たちと、無残に倒れる馬、そして飛び散る鮮血だった。まさに戦場。

​アルフレッドが転移させられた場所は、アスター王国。国王崩御後、王位継承権を持つ四人の王族――第一王子、第二王子、第一王女、そして第二王女が激しく対立する内乱の真っ只中だった。

​そして今、第二王女アイリスの、王都からの辺境への移動部隊が、追撃してきた第二王子の軍勢に包囲され、まさに壊滅寸前だった。しかも、護衛部隊の司令官たるローガス将軍が、直前になって第二王子側へ寝返り、その裏切りで部隊の指揮系統が完全に崩壊していた。

​(な、なんだこれ!? 異世界スローライフは!?)

​女神の慈愛に満ちた顔が脳裏をよぎるが、現実はあまりにも過酷だ。彼は孤児院出身の少年らしいが、戦闘能力はゼロ。剣の訓練すら受けていない。


​「ちくしょう、クソゲーかよ……!」


​思わず呟いた言葉で、健二の脳裏に、前世で徹夜でやり込んだシミュレーションRPGの記憶がフラッシュバックした。

​『マップ中央の第二王女部隊(HP残量赤)が、敵高機動部隊(第二王子軍・突撃騎兵)に包囲されている! このままではターン経過で敗北確定!』

​反射的に、彼は近くに倒れていた兵士が落とした剣を拾い上げる。重い。使い方がわからない。だが、この状況を打開する方法は、シミュレーションで何百回も試した、たった一つしかない。


​「い、生き残るぞ……!」


​腰が砕けそうになりながらも剣を構え、彼は最も手薄に見えた側面、つまり「敵の薄い防御ライン」目がけて、無謀な突撃を開始しようとした。

​その瞬間、頭の中に、以前よりも焦ったような、しかしやはりどこか天然な声が響いた。


​『キャアアア! ごめんなさい、ごめんなさいアルフレッド様! 転移位置、完全に間違えました! ここ、内乱の真っ只中じゃないですか!』


​「だ、誰だ!? 女神様か!?」


​『そうです、私、創造神レティシアです! あと、本当にすみません! スキルと加護を渡すの、完全にド忘れしていました! ごめんなさーい!』


​健二は戦場で呆然とした。ド忘れ? チートを?


​『今から渡します!これで許して! **【鑑定(SSS)】と、私の【創造神の加護(ユニバース・タロット)】**を!お願い、どうか生き延びて!』


​女神の言葉とともに、体内に熱い魔力が流れ込んできた。

​健二が反射的に目の前の兵士に向けて心の中で「鑑定」と唱えると、その情報が鮮やかに視界に展開された。


​【第二王子軍・騎兵】

​名前: ボブ

​レベル: 12

​スキル: 突撃(C)、馬術(B)

​弱点: 側面への突撃に慣れていない(防御・回避-20)

​目標: 第二王女の旗印(討伐成功率85%)

​まるでゲームのステータス画面だ! これだ、俺が前世で徹夜でやり込んだ、**「情報戦」**のデータが全て揃っている!

​健二は、すぐさま背後の、負傷して後ずさりしている数人の兵士に叫んだ。


​「そこの弓兵! 矢は持つな! 剣を捨てろ! 負傷者の担架役をしろ! 優先順位、第二王女を先に脱出させるぞ!」


​「な、なんだと貴様は!?」


​「黙れ! 鑑定だ! あんた、両足の負傷度70%、戦闘続行は不可能だ! 今すぐ担架を担げ!そして、第二王女様だ!」


​アルフレッドは、視界の隅で戦況マップを分析し、最適な退路を瞬時に見抜いた。創造神の加護が、彼の思考の速度と、周囲への声の説得力(カリスマ性)をブーストさせている。


​「騎兵隊は、右側から『L字陣形』で回り込め! 敵は側面の防御が薄い! 一気に敵本陣手前の雑木林に逃げ込むんだ! そこが脱出エリアだ!」


​まるでシミュレーションRPGのイベント戦をクリアするかのように、アルフレッドの的確な指示が、混乱していた第二王女の部隊を動かし始めた。

​そして、その中心で、剣を盾代わりに構えただけの、ただの元社畜の少年が、絶望的な戦場を「業務改善」し始めたのだった。

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