第30話 お嬢様会談、開幕(3)
輝知会長が事件の概要を説明した後、直近の自警組織の活動記録や報告内容について、前もって共有したデータを元に三校が情報交換を行った。
わたしと八千重ちゃんも必要に応じた証言を行い、会談というよりまるで裁判のようだ。
タブレット端末で他校の報告書に目を通しつつ、四・五回の質疑応答を経て、輝知会長はぽつりと零した。
「ふぅむ、確かに各校の報告に矛盾はありませんね……交通機関の時刻表やこちらの記録とも符合している……」
タブレットから目を離し、輝知会長は佐羽足さんと富良さんを順に見遣る。
「失礼ながら、私はあなた方のいずれかが――率直に申し上げるなら【メビウス】が紅華の動向を探り、何かしらの意図をもって新人を襲撃した可能性を視野に入れていたのです。その確認も兼ねて今回の臨時会談を催したのですが、今時点では杞憂という結論が適当ですわね」
「ま、そりゃそうだろ。紅華の動向を探るまでは分からんこともねーが、メビウスだってそこまでバカじゃねぇ」
おどけた仕草で右手を振り、佐羽足さんは協定の条文を諳んじつつ意見した。
「お嬢様協定第四条、『本協定にて定めた領分を侵犯せし生徒は、所属する自警組織の長とともに他二校に対する説明責任を負い、動機ならびに処分が不当と判断された場合は当該校を他二校の管轄下に置くものとする』……要するに全面戦争、第三次お嬢様事変の幕開けだ。新入りごときのためにそんな血なまぐさい戦いなんかやってられっかよ」
「まぁ、我が校の生徒が独断で何かしでかした可能性も無くはないですが、それは黎明も桜仙花も同じことですからね。こちらで調査をするにしても、情報が少なすぎてどうにもならないというのが正直なところです。現行犯で捕まえていれば話が早かったものを、取り逃がすとは茜も随分と手ぬるくなりましたな」
「この場に茜がいなくてよかったですよ。余計な心労が増えるところでした」
嫌味っぽく付け加える富良さんに、輝知会長は溜息交じりに応じた。
察するに火虎先輩と富良さんには並々ならぬ因縁があるようだ。馬が合わなそうなのは容易に想像できるけど。
輝知会長は咳払いを挟んでから、わたしと八千重ちゃんに話を振った。
「とはいえ、情報の少なさは私も懸念するところです。高遠さん、弥勒寺さん、何か他に気になる点やお心当たりはございませんか?」
「ええと、はい、特には……一言も喋らなかったし、ずっと狐のお面を被っていたし、背格好から多分女の子だったなってくらいで……」
髪色は黒だけど恐らく括っていたし、着ていたのも制服ではなく汎用の黒ジャージだったから、特定の手助けにはなりそうもない。八千重ちゃんも無言で考え込むばかり。
何かないかと必死に思考を巡らせるうち、わたしはあることを思い出した。
「そういえば……わたしのスマホ、いつの間にか無くなってたんですよね。火虎先輩に通報した直後に犯人に蹴っ飛ばされちゃって、全部終わった後に道路を探しても全然見当たらなくて。戦いのはずみで側溝に落ちちゃったのかなぁ、結構お気に入りだったんだけど……」
「んだよ、じゃあ決まりじゃねぇか」
尻窄みなわたしの発言に、佐羽足さんが不意に言葉を重ねてきた。
疑問符を浮かべるわたしに、佐羽足さんは人差し指を向けて淡々と結論付ける。
「犯人の目的はお前だ。正確にはお前が持っているスマホを、そいつは何としてでも手に入れる必要があった。だからお前を襲撃した。そっちの金髪ドリルを先に攻撃したのは、お前にスマホを取り出させつつ、後で逃げやすくするための布石だったのかもしれねーな」
てっきりわたしのヘマで片付けられると思っていただけに、佐羽足さんの切り口は予想外だった。(佐羽足さんの発言に八千重ちゃんが「金髪ドリル?」と反応していた)
何気ない一言が招いた進展にすっかり狼狽し、わたしは両手を振り回して反論する。
「いっ、いや、でもそうとは限らないのでは!? 大富豪の八千重ちゃんを痛めつけて攫おうとしたとか、もっと単純に無差別の犯罪とか、可能性は他にもいろいろ……」
「自分よりでかい人間を痛めつけた後、ご丁寧にお姫様抱っこで攫うってのか? そりゃロマンチックな誘拐犯もいたもんだな」
佐羽足さんの皮肉っぽい意見には閉口するしかない。
襲撃者の力は凄まじかったが、誘拐目的とするには確かに違和感が多い。
近くに不審な自動車は停まっていなかったし、記録が残る無人タクシーを計画犯罪に利用するとも思えない。
長椅子に背を預けて天井を仰ぎ、だらけきった姿勢で湯逸さんが意見する。
「突発的な強盗とか暴漢の線もないですよねー。強盗が目的ならー、手ぶらで巡回中の紅華じゃなくて鞄を持ったお嬢様を狙うはずですしー、暴行が目的ならー、金髪ドリルちゃんを戦闘不能にした時点で脅迫を試みるはずですしー」「金髪ドリル?」
「襲撃地点の歩道は広く整備されており、視界を妨げる道路附属物も少ない。いくら夕暮れ時とはいえ、スマートフォンのような落とし物をすれば簡単に見つけられるはずです。そんな環境でどさくさに紛れて持ち去れる者、そのような動機がある者は、一人しかいないでしょう」
八咫烏の二人に続き、メビウスの富良さんもそんな意見を呈した。輝知会長から異論が出る様子もない。
スマホの強奪が目的だったなんて考えもしなかったから、紛失したことは輝知会長にも報告していなかった。
報告漏れの反省は一旦横に置き、わたしは新たに生まれた疑問を口にする。
「でも……どうしてわたしのスマホなんかを……」
「なるほどな、大分絞れてきたじゃねぇか」
佐羽足さんは愉快そうに笑い、立て板に水の推理を語った。
「犯人は小柄で、女と断定できない程度に胸が小さく、新入りのスマホに執着していた。端末の中に犯人にとって不都合な情報でもあったのか、悪用でも考えていたのか、ともあれそいつにとっては急襲して奪う価値のある端末だった。どうして犯人はその価値を見出すことができたか? 答えはもちろん、そいつが新入りのごく身近にいる人物だからだ。顔を面で隠したのも、終始一言も喋らなかったのも、新入りに正体がバレないためだとすれば説明がつく」
初対面のわたしの何気ない一言を発端に、佐羽足さんは襲撃者のベールを次々と?いでいく。
戦闘力に留まらないその実力に、わたしも八千重ちゃんも唖然とするばかり。
佐羽足さんは一転、真剣な眼差しでわたしを見据えて尋ねた。
「さて質問だ、新入り。これらの特徴に当て嵌まる心当たりは、本当にないのか?」
わたしは俯き、黙考する。
犯人の心当たりではなく、それを言うべきか迷ったために。
小柄で、身近で、少しでも声を出せばわたしに正体がバレる人物。
信じたくない。だけど、彼女だとすれば辻褄は合う。
「……あくまで心当たりですが、一人だけ」
申し訳程度の前置きを挟んでから、わたしは顔を上げ、その名を口にした。
「
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