第23話 仮面の襲撃者(6)

 高遠陽香・弥勒寺八千重と別れた火虎ひどらアカネは、丁字路に差し掛かったところで、街路樹の陰にいた人物に声をかけられた。


「うふふ、優しいのですね、アカネ

「来ていたのか、瑞月ミヅキ


 意外そうに眉を上げた茜の前で、紅華会長・輝知かがち瑞月ミヅキは、己の目元を親指で拭った。

 ファンデーションが剥がれ、右目の下に隠された太い切り傷が露になる。


「顔に付いた醜い傷を戦士の勲章と誇ったりしない……なかなか辛辣な言葉ですわね。身に摘まされますわ」

「そういう意味じゃない。を出さないための方便みたいなものだ、あれは」


 茜は黄昏の空を仰ぎ、深い溜息を吐いた。


「もうあんな危険で悲しい戦いに、後輩を巻き込みたくはないからな」


 二十センチほども小柄な瑞月と並んで歩きながら、茜は狐面の蹴りを受け止めた腕をさすり、悪態を吐く。


「それにしても、あいつは結局何だったんだ。未だに腕が痺れやがる。悪趣味な仮面なんかしやがって、薄気味悪い奴だ」


 瑞月は口元に指を当て、憂うようにぽつりと呟いた。


「……何だか最近、離宮全体がきな臭くなってきた感じがしますのよね。杞憂ならいいのですけど、まるであの時の空気が少しずつ戻ってきているような感じがして」

「第二次お嬢様事変……あの最悪の時代が再来しねぇように、俺たちは気張っていかなきゃならねぇわけだが……」


 茜はポケットから引っ張り出した自分のスマホを、無造作に瑞月に投げ渡した。


「これを聞いてみろ。今日取り押さえた不審者を事情聴取した音声だ」


 瑞月が画面をタップすると、切羽詰まった男の声が流れてきた。


『ほ、本当なんですってば! 桜仙花学園に関する写真を指定した時間に撮って送れば、枚数や被写体に応じて報酬を支払うって! 依頼主のアカウントは消されたけど、前回の入金履歴は……ほらこの通り! いやそりゃ、個人的に撮ったのも何枚か無くはないわけじゃ――』


「何ですって……?」


 眉をひそめる瑞月に、茜は頷いて続ける。


「桜仙花学園、というより十中八九紅華を探っている奴がいる。わざわざ闇バイトの真似事までしやがる周到さだ、単なる厄介ファンじゃねーことは間違いない。これは俺の憶測だが、今回の新人二人の襲撃事件と何か関係あるんじゃねーかと踏んでいる」

「由々しき事態ですわね。他校生の仕業にせよ外部犯にせよ、何かしらの対策は急務です。臨時のお嬢様会談を開き、情報の共有と収集を図らなければ」


 瑞月からスマホを受け取った茜は、露骨に顔をしかめてぼやいた。


「やむを得ねーが、正直気は進まねーな。あいつらと必要以上に顔を合わせるのは……」

「いえ、万一のケースを考え、今回は翠子と茜は学園に残します。お嬢様会談の随伴メンバーは高遠さんと弥勒寺さんをお連れしましょう」


 その発言を聞いた茜はバッと顔を上げ、正気を疑うとばかりに瑞月を問い詰めた。


「は? おいちょっと待て、新人をアレに連れてくとか何考えてんだ! 俺らを残すのは百歩譲るとしても、随伴は二年にするべきだろ!」

「私はね、茜。あの二人がいずれ、紅華を牽引する逸材になると考えているんですよ。強靭な精神が強靭な肉体に宿るなら、逆もまた然り。ゆえに早い段階でいろいろな経験を積ませ、成長を促すべきだと思うのです」


 瑞月の期待に満ちた意見を受けても、茜は浮かない表情のまま。


「いや、経験っつったって、いくら何でもお嬢様会談は……それに、瑞月の安全のことも考えると……」

「茜、気を遣ってくれるのは有り難いですが、その過保護は私に向けるものではありませんよ」


 茜の言葉を遮った瑞月は、宵口の白月を背に従え、静謐に問いただした。


「茜はこの私が、離宮の誰かに遅れを取ると――そう仰りたいのですか?」

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