第6話 桜仙花学園の華麗なる日々(3)
そして、今に至る。
外部生で談笑している子もいるのに、わたしに近付く人は誰もいない。
輪に入りに行きたい気持ちはあるけど、あんな空気を作った後ではそれも憚られる。
頼みの綱のライムちゃんは別のクラス。
結果、一人で反省会フェイズに移行しているわけだ。
そんな間違ったこと言ったつもりはないんだけどなぁ。少なくとも木登りとか虫捕りなんかよりは印象悪くしないはずだし。
いやむしろそうするべきだったか? あえて「フッおもしれー女ですわね」みたいなポジションを狙いに行くべきだった? いやいやそのムーブは博打すぎるでしょ……
「少々よろしいかしら、そこのあなた!」
「はっ、はいっ!?」
突如として大きな声が耳朶を打ち、わたしは激しく体を跳ねさせた。
隣を見ると、そこには輝くばかりの金髪を二本の縦ロールにした生徒が立っていた。
気の強そうな切れ長の瞳は、しっかりとわたしを見据えている。
名前は
声を掛けられた喜びも束の間、弥勒寺さんは高圧的な態度でわたしに問い掛けてきた。
「高遠さん、だったかしら。先ほどの自己紹介、まさか本気で仰ったわけではありませんわよね?」
「本気って、『紅華の一員として』って部分のこと? もちろん本気だよ」
わたしが平然と応じると、弥勒寺さんは大仰に片手で頭を抱えた。
「何も分かっておりませんのね、その言葉がここで如何ほどの意味を持つか」
そして弥勒寺さんは、燦然と煌めく縦ロールをその手で払い、朗々と語り始める。
「紅華とはこの離宮において、英雄……いえ、
対するわたしは、弥勒寺さんの話を半分も聞いていなかった。
彼女の動きに合わせて揺れる縦ロールは、間近で見ても粗が全くない。
気品のある金色と相俟って、わたしの視線はすっかり釘付けにされ、とうとう我慢ならず声を上げてしまった。
「すごーい! 本物の金髪縦ロールだ! これ、自分で毎日セットしてるの!? どうやってるのかわたしにも教えてくれない!?」
言うが早いか立ち上がり、横や後ろから弥勒寺さんの髪を精査する。
うん、やっぱり精巧なウィッグじゃなくて地毛だ。しかもなんかめっちゃいい匂いがする。
鼻息荒く纏わり付くわたしを鬱陶しがるように、弥勒寺さんは大きく体をよじる。
「ちょっ、おやめなさいな! 無礼ですわよ、人がまだ話しているのに!」
しかし弥勒寺さんが充分な距離を取るより早く、割り込んだ第三者がわたしたちの肩に腕を回し、陽気に話しかけてきた。
「まーまー、いいじゃん、そんな目くじら立てなくたってさ」
「なっ、何ですの、今度は!」
小さな悲鳴を上げる弥勒寺さんだが、闖入者に悪びれた様子はない。
「さっき自己紹介したじゃん!
ショートカットの黒髪に浅黒く日焼けした肌の、健康的なスポーツ女子という印象の生徒だ。
艶やかな長髪と白磁の肌が大半を占めるお嬢様たちの中ではちょっと風変わりで、わたしは彼女に一方的な親近感を抱いていた。
振る舞いも言葉遣いもいわゆるお嬢様チックなものではなく、前情報がなければ彼女がお嬢様だとは想像もしなかっただろう。
もちろん内部進学組だから彼女もとんでもないお嬢様なんだろうけれど、そういう感性の子もいてくれてわたしはちょっと安心した。
しかし弥勒寺さんは気分を害したらしく、友好的な一ノ瀬さんの腕を煩わしげに払いのけた。
「馴れ馴れしくしないで頂けませんこと!? わたくしはあなた方のようなおちゃらけた気持ちで挑むわけではありませんので!」
拒絶の意思表示をされても、一ノ瀬さんは怯むどころか歯を見せて笑っている。
「えー? 目指すものが同じなら仲良くした方が絶対楽しいじゃん。陽香ちゃんもそう思うよね?」
「う、うん、そりゃまぁ……」
同意を求められ、わたしは控えめに頷いたが、弥勒寺さんはそれ以上取り合わず足早にその場を去ってしまった。
「馴れ合いがしたいなら、あなたたちで勝手になさい! わたくしは興味ありませんので!」
遠ざかる縦ロールを見送りながら、一ノ瀬さんはバツが悪そうに舌を出した。
「あらら、気ぃ悪くさせちゃったかなー。弥勒寺のお嬢様相手にマズッたかもねぇ」
「あの、弥勒寺さんって有名人なの?」
只者ではないことは明白なものの、外部生のわたしは何も分からない。
わたしの初歩的な質問に、一ノ瀬さんは肩をすくめて答えた。
「そりゃまぁ、弥勒寺銀行って言えば陽香ちゃんにも分かるでしょ。日本三大メガバンクの一角、そのフィナンシャルグループ会長のご令嬢だよ。一説によると日本国内の金融資産の二十%は弥勒寺グループが掌握しているとか」
「ひえぇ、もしかしてとは思ってたけど、そんなすごい人だったんだ……」
何を隠そう、高遠家のメインバンクも弥勒寺銀行だ。弥勒寺さんの気分次第でウチの口座凍結されたりしないよね……?
語彙力もへったくれもないわたしの感想に、一ノ瀬さんは苦笑を零す。
「ここにはそういうレベルのお嬢様がわんさかいるからね、びっくりするのも無理ないよ。ウチはしがない公務員の娘だから肩身が狭くって」
しがない公務員、と言っても高級官僚の類だろう。国家運営の中枢を担う叩き上げのエリート、わたしからすれば同じ雲の上の存在だ。
一ノ瀬さんは腰に手を当て、悪戯っぽい上目遣いでわたしを見てくる。
「陽香ちゃん、自己紹介の時点で面白い子だなって思ってたんだよね。紅華のテッペン目指すなんてそうそう口にできることじゃないのに、それも外部生の立場であんな風に言い切っちゃうんだもん。『やばい人だったらどうしよう』って思って声を掛けるのちょっと躊躇っちゃったくらい」
「す、すみません、身の程知らずなもので……いや、もちろん本気なんだけど……」
弥勒寺さんや一部のクラスメイトの不評を買ってしまったのは不本意だけど、一ノ瀬さんとお近付きになれたなら結果オーライか。
それにしても、桜仙花学園生の紅華への思い入れは、わたしの想像を遥かに超えて強いようだ。
わたしは頬を掻き、率直な感想を吐露する。
「でも、紅華って自警組織だよね。危険なこともいっぱいあるだろうし、一ノ瀬さんとか弥勒寺さんみたいなお嬢様がそこの頂点を目指すって、正直ちょっと想像しにくいんだけど」
「イスカでいいよ、クラスメイトなんだから堅苦しいのは無し無し。まぁ確かに、輝知会長の隣に立つのは恐れ多いし、戦うのが怖い気持ちはもちろんあるけどね。でも、あたしたちはそこを目指さずにはいられないんだ」
言葉を切ったイスカちゃんは、想いを馳せるように窓の外の蒼穹を見上げた。
「紅華は、この離宮を救ってくれた戦姫だから」
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