第2話 離宮に咲く紅き華(2)
その一言が、男たちの導火線に火を付けた。
「言ったな、テメェ!」
怒り心頭のタンクトップ男が、丸太のような腕を振り上げ、清廉少女に拳を叩き込もうとする。
直撃すれば大怪我は必至。彼女の整った顔が腫れ上がる様を幻視し、わたしは口元を覆う。
しかし、未来はわたしの想像を更に越えた。
清廉少女は軽やかな身のこなしで拳をかわし、顔の横を抜けた腕を掴む。
そのまま拳の勢いを利用し、彼を背負い投げの要領で投げ飛ばしてみせた。
タンクトップ男の巨体が、半月の軌跡を描き、地面に叩き付けられる。
「ぐあっ!?」
「やっぱり、ご立派なのはお口だけですのね」
背中を強かに打ち付けて悶絶するタンクトップ男に、清廉少女は憐憫すら帯びた声で言い放った。
相方が軽くあしらわれる顛末をポカンと見ていた髭男は、我に返って清廉少女に殴りかかろうとする。
「こいつ……!」
しかし完全な不意を衝いたはずの彼の攻撃は、今度は眼鏡少女によって妨げられた。
懐に潜り込んだ彼女は、髭男の腕関節を掌底で突き上げ、怯んだ彼を足払いで地面に転がす。
仲良く地面に転がった二人の男を見下ろし、眼鏡少女は鼻を鳴らす。
「他愛のない。準備運動にもなりませんね」
「なっ、舐めるなァッ!」
顔を真っ赤にした二人の男は立ち上がり、彼女たちを掴もうと殴ろうと腕を振り回すが、体どころか髪一本として触れることすら叶わない。
男の攻撃はことごとく空を掻き、逆に少女たちの反撃は彼らをいとも容易く地に伏せさせてしまう。
傍から見るその様は、さながら舞踏会で華麗に舞う美女と、足運びも知らない不格好な獣だ。
そもそも同じステージに立ててすらいない。
幾度目かの無様な転倒を喫した二人は、全身傷まみれで、今にも泣き出しそうな表情だ。
「なっ、何なんだよ、お前ら! 何でこんなに強い女が……」
「それはこちらの台詞ですよ。まさかあなた、ここがどこかも知らずにいらっしゃったのですか?」
「全く、これだから暖かくなる季節は油断なりませんわ。美しい花と甘い香りに誘われて、不埒な毒虫がどこからともなく湧いてくるんですもの」
対峙する眼鏡少女と清廉少女は、呼吸一つ乱れた様子もない。
圧倒的な格の違いを見せつけるように、清廉少女は悠然と彼らに歩み寄り、冷酷に告げた。
「ここはあなた方のような下賤な心の持ち主には過ぎた場所でしてよ。早急に失せなさい、取り返しの付かないことになる前に」
「はっ、はいぃぃ!」
男たちはへっぴり腰で立ち上がると、息も絶え絶えにモノレールの改札の向こうへと逃げて行った。
遁走する彼らにはもはや一瞥もくれることなく、清廉少女は呆然と立ち尽くすわたしに歩み寄り、可憐に微笑みかけてきた。
「桜仙花学園の生徒さんですわね。お怪我はありませんか?」
「は、はい……あの、あなたは……?」
終始圧倒されっぱなしだったわたしは、声を出すことすら久々のように思えた。
清廉少女は胸に手を当て、淑やかな振る舞いで一礼。
「申し遅れました。私は桜仙花学園の生徒会長、
「せっ、生徒会長!? 失礼しました、わたしは高遠陽香と言いまして……って、それよりも警察に連絡しなきゃ……」
スマホを取り出そうとしたわたしを制し、輝知会長は傍らの眼鏡少女に指示する。
「無駄ですわ、ここは警察の権限が及ばない【
「はい、ただちに。【
「個別に注意喚起をするほどのことではないでしょう。後ほど私の方から離宮全体に連絡網を回しておきますわ」
「承知いたしました」
翠子と呼ばれた編み髪眼鏡の少女は、制服のスカートのポケットからスマホを取り出し、素早い指捌きで操作を始める。
「む、無駄……離宮とか紅華って……?」
何が何やらさっぱりなわたしは、壊れたレコードのように繰り返すことしかできない。
輝知会長はそんなわたしを物珍しげにしげしげと眺めてきた。
煌めく黒曜石のごとき瞳に晒され、わたしはドギマギさせられてしまう。
「あなた、ひょっとして外部新入生? それなら、ここのことを何も知らないのですね」
わたしがコクコクと必死に頷くと、輝知会長は柔和に相好を崩した。
「良いお天気ですし、歩きながらお話しましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます