リアルファイトお嬢様

ノリカワショーガ

1章 離宮に咲く紅き華

第1話 離宮に咲く紅き華(1)

 わたし、高遠陽香たかとおハルカ! 自然いっぱいの長野県で育った元気な女の子!


 今年の三月に中学校を卒業して、四月から華の女子高生!

 それもただの女子高生じゃないんだよ。


 東京都に新設された二十四番目の経済特区、その中の女子高【桜仙花おうせんか学園】に外部特待生として入学するんだ。


 毎日三食付きの寮生活、学費免除、生活費免除、極めつけは毎月十万円の勉学奨励給付金! 

 もちろん偏差値はバカ高くて正直ダメ元の受験だったけど、合格した時は家族総出でどんちゃん騒ぎだったよ!

 死ぬ気で勉強した甲斐があるってもんだよね、ホント!


 当然、在籍する生徒はわたしなんかとは比べ物にならないお嬢様ばっかりだけど、わたしはこれから彼女たちと同じ制服を着て同じ学校に通うんだよ!

 つまりこれは、もはやわたし自身がお嬢様になったと言っても過言ではない!


 女子高生×にしてお嬢様、これすなわち最強の方程式!

 言うまでもなく、これはゴールじゃなくてスタートだからね。


 わたしはこれからお嬢様学校の一員として、勉強にも部活動にも友達関係にも真摯に打ち込んで、誰もが羨む優雅で華々しいお嬢様ライフを送るの!

 今日はそのための第一歩、入寮の日! 気合いを入れて行くぞっ!



 ……そのはずだった、んだけ、ど……



 特別区内を巡回するモノレールに乗り、寮の最寄り駅の改札を抜けたわたしは、ガラの悪い二人組の男に絡まれてとめどなく震えていた。


「ぐへへへへぇ、お嬢ちゃん、いいとこの生徒だろ? 制服見りゃ分かるぜ」

「ああ、特区って言やぁお嬢様学校で有名だもんなァ。はるばる来た甲斐があったってもんだぜぇ」


 タンクトップで筋肉質な体を威圧的に晒したスキンヘッドの男と、無精髭を生やした強面の巨漢。

 人気のないモノレール車内でも彼らの視線はやたらと感じていたのだが、人を見掛けで判断してはいけない、自意識過剰は良くないと、気付かない振りに徹していた。


 その結果がこれだ。見掛けで判断するべきだったと死ぬほど後悔している。

 今日は入寮手続きだけなのにはしゃいで制服を着てしまったことも。


「や、やめてください……わたし、これから行く所があるので……」


 か細い声を振り絞って拒もうとするも、無意味どころか火に油を注ぐ始末。


「あぁ!? てめぇ、俺たちに口答えしようってのか!?」

「女は黙って付いて来りゃあいいんだよ! 返事は!?」

「は、はいぃ……」


 今にも殴られそうな恐怖から、わたしは考える間もなくそう答えてしまい、肩を掴む無骨な手にズルズル引っ張られていく。

 ああ、もうダメだ、わたしの人生終わった、きっとこれからエロ同人みたいにめちゃくちゃにされて――


「ちょっとよろしいかしら、そこのあなた」


 殺伐とした場に、凛とした声が響いた。


 声の方を見ると、そこにはわたしたちを見つめて佇む二人組の姿。

 艶やかな長い黒髪が目を引く清廉な少女と、一本の編み髪を背に流す眼鏡の少女。


 二人とも淑女然とした佇まいで、お世辞にもこの修羅場に似つかわしくはない。

 わたしと同じ制服を着ているということは、桜仙花学園の生徒さんだ。でも今日はまだ春休みのはずじゃ……?


「何だ、テメェ! こっちは今取り込んでんだよ!」


 声を荒らげるタンクトップ男の威嚇を歯牙にもかけず、清廉少女は先ほどと同じ凛然とした口調で問う。


「彼女、何やら困っているようですが、どうかなさいましたか?」


 タンクトップ男は薄ら笑いを浮かべ、わたしを顎でしゃくって答えた。


「俺たちはこの子を遊びに行くところなんだよ。もちろん、ちゃんと同意の上でな。なぁ?」

「い、いえ、わたしは……」

「あぁ!? はっきり言えや!」

「は、はいっ! すみません!」


 至近距離で男に凄まれ、わたしは情けなく竦み上がる。

 そんなわたしたちのやり取りを見て、清廉少女は顎に指を当て、不思議そうに呟く。


「同意の上で遊びに……本当に相違ありませんの? 私には無理やり連れ去られそうになっているようにしか見えませんが」

「わ、わたしは……」

「しつけぇぞ! どっちだっていいだろ、そんなのはよォ!」


 髭男の横槍には一瞥もくれず、清廉少女はわたしだけをじっと見つめている。

 黒曜石のような美しい瞳に見据えられ、陶酔にも似た感情が芽生える。

 清廉少女は胸に手を当て、再三わたしに問うた。


「正直にお答えなさい。あなたの中に、お嬢様としての誇りがあるのなら」


 魂に呼びかけるようなその言葉を聞いた途端、わたしの中から恐怖心が跡形もなく吹き飛んだ。

 わたしはタンクトップ男の手を振りほどき、一目散に彼女たちの元へと駆け寄った。


「助けてください! わたし、この人たちに絡まれているんです!」


 額の汗が目に入って瞬きした、その時。

 わたしは確かに彼女たちに向かって走っていたはずなのに、気付けば目の前には小奇麗な歩道しか存在していなかった。


 とっさに振り返ると、いつの間にか二人の少女は、わたしを背に庇うような形で立っていた。

 よく見れば彼女たちの左腕には、六枚の花弁が描かれた腕章が巻かれている。


「……と、いうことだそうですが。お嬢様を口説くのに二人掛かりの脅迫沙汰とは、見下げ果てた根性ですわね」

「全くです。一体どのような人生を送ればそんな生き恥を晒せるのか理解に苦しみますね」


 清廉少女と眼鏡少女が、軽蔑に満ちた言葉を交わし合う。

 身長も筋肉量も男たちよりずっと劣っているはずなのに、二人のその背中は、奴らとは比較にならないほど頼もしく見える。


 好き放題言われて業を煮やした様子の男たちは、指を剣呑に曲げ伸ばしして迫った。


「なぁ、言葉には気を付けろよ、お嬢ちゃん。俺は今ちょっと気が立ってんだ」

「別に俺たちはお前でもいいんだぜ? そいつの代わりに付き合えよ。大人しくしてりゃいい思いさせてやっからよ」


 彼我の距離は五メートルとない。機嫌を損ねた今の彼らは、素直に逃げることも許さないだろう。

 そんな状況に置かれて尚、清廉少女は臆することなく切り返した。


「生憎ですが、私は弱い殿方には興味ありませんの」

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