8話

 二人と別れた後、開演直後は音響スタッフや演出家がバタバタとしていたが、MCなどを挟んで数曲歌うと少しづつ落ち着いていた。俺も仕事を終え、担当者に報告を終えたところだった。

 スピーカーの振動を感じながら、暗い廊下を歩く。

 てっきり新しく仕事を振られると思っていたのだが、俺はライブを見てきたらどうだと言われた。特に頼む事はないし、新人なのだから本人達から学べることもあるだろうと言われた次第だ。

 正直、嬉しい言葉なのだが自分がいないグループを客観視するのは少し気が引けた。ここ数日で少しは慣れたものの、いざライブ本番を真正面で見るのは怖い。

 しかし断っては俺の物理的な居場所が無くなってしまうため、関係者席に向かう。

 会場に繋がるドアを開けると、一気に音が大きく聞こえる。スタッフさんの前を通って、一番後ろの関係者席についた。

(…やっぱかっこいいなぁ二人とも)

 元々アイドルが大好きだったから、ライブにもよく行っていた。だからたくさんのプロの声の張り方、踊り方、表情管理を知っている。

もちろん同じ事務所に先輩だっているし世の中には更に売れているアイドルだって星の数ほどいる。

 それでも、Followが一番かっこいい。

(隣で見ても客席から見ても変わらないな…)

 そんなことを考えながらぼんやりと見ていると、曲が終わって次のイントロが流れ始めた。踊り出してしまいそうな身体を抑え、二人のことをずっと見続けた。



 いつの間にかライブも終盤で、残り一曲とアンコールのみになった。二人がメインステージの真ん中に立ち、MCを始める。

「やっぱ楽しい時間はあっという間ということで、もう終わっちゃうね」

「だな。じゃあちょっと想いを伝えるコーナーいっとくか」

「いやコーナーとか言わないでよw」

 ライブ終盤になると、お決まりの少し長めにそれぞれが想いや感謝を伝えるMCがある。ステージの広さにもよるが、三人だった頃は中央に寄らず、等間隔をとって順番に話していた。今回は二人だけなので、各々ではなく一緒に話すようだ。

 普段は話している人の色に変わるペンライトも、今日は統一感が無かった。

「じゃあ僕からちょっとね」

 珊瑚が小さく手を挙げて、少し前に出てスポットライトを浴びる。

「今日は急遽二人での開催になっちゃったんだけど、来てくれてありがとう!楽しかったですか〜?」

 マイクを客席に向け、三階席までぐるりと見渡す。ファンはそれに答えるようにペンライトを揺らし、楽しかったよ!と叫ぶ。イベントがない限りどうしてもお互いに会えないので、リアルタイムで返事が返ってくることがとんでもなく嬉しい。

 珊瑚も柔らかい表情で笑い、マイクを自分に向け直す。

「ありがとう。んー毎回そうなんだけど僕これ苦手でさ…頭真っ白になっちゃうんだよねw」

 ファンの間でもふふっと小さな笑いが起きる。

 いつもは話すことを事前にある程度考えているのだが、今日はそうしなかったのだろうか。

「想いねぇ…。ごめん。三人で立ちたかったしか思いつかないや」

 寂しげにそう言うと、一気に会場が静寂に包まれる。

 心臓がどくどくと気持ち悪いほど鳴っていて、いたたまれない気持ちになる。聞きたくなくても珊瑚の口は止まらず再び開く。

「ずっと三人で頑張ってきたから、ライブも三人で開催したかった。もちろん今回も大成功だったし、未完成なんて言いたくないんだけどさぁ…」

 途切れ途切れになりながらも言葉を繋ぐ珊瑚を見つめる。その瞳は今にも涙が零れそうなほど揺れていて、灯の容体を聞いた時と同じだった。

「これからも、もっといろんな楽しいことをさ、そのみんなと…あーちゃんも一緒にさぁ…っ」

 いよいよ瞳は限界を向かえ、頬を濡らし始める。俯いて言葉が出てこなくなってしまった珊瑚の肩に幸亜が手を置く。

 少し沈黙が続くと、「泣かないでー!」と誰か叫ぶ。それを糸口かのように、「大丈夫だよー!」「灯くんもいるよ!」と声が上がる。交通事故に遭っただけで今も病院で元気にしていると思っているファンは、何も疑わずに珊瑚を励ます。しかしその言葉は本人たちにとって涙を誘発するものでしか無かった。

(…ステージで泣くなよ。アイドルだろ)

 みんなの理想像であり、道標であるアイドルがステージで涙を流すなんてあってはいけないと思った。特に今までの活動人生で、表立って悲しいことはなく、ライブで誰かが泣いたのはこれが初めてだ。そのせいかいつもと違う推しの様子にファンも少し困惑しているように見える。

 流石にずっと黙ってしまってはまずいと思ったのか、幸亜が肩を支えたままマイクを構える。

「たしかに、今は二人だけど…この先二人じゃやっていけないと思ってます。Followには絶対灯が必要です。…見てるかなぁあいつ」

 え、事故なんだよね?と大声では言わないがファンの顔が曇っていくのがわかる。

(不安にするなって…!)

 思わず口出ししたくなるが、そうもいかずにもどかしい。

 幸亜は珊瑚をさすっていた手を外し、胸ポケットを探って何かを取りだした。

「珊瑚、見て」

 手の甲で頭をトンっと突くと珊瑚は顔を上げた。全員が幸亜の指に掛かっているストラップに注目する。

 そのストラップは留め具の代わりに丸いゴムが付いていて、ガチャガチャなどでよく見かける目印チャームの形をしていた。オレンジと黄色のビーズが交互に付いていて、先端には炎の形を模した飾りがついていた。

「あーちゃんの、持ってきてたの」

「うん。もうおなじみだと思うけど、マイクストラップ、全員お揃いなんですよ。結成当初に珊瑚が作ったやつ、な?」

 幸亜が自分のマイクと珊瑚のを近づけ、三つを寄せる。スピーカーの声が少し遠くなった。

 珊瑚のはサンゴの形で、幸亜はメガネの形をしていた。

 貰った時に俺普段メガネかけてないですけど。イメージだよ〜。という会話をしたのをよく覚えている。当時からずっと楽屋の棚に飾っていて、ライブの時にだけ持ち出していた。

「ファーストライブからずっと使ってるよね。なつかしい」

「灯のやつもまた使えるように、居場所空けとかないとだから。うちの…黄色枠」

 両手を横で大きく回し、ここにもう一人いますよ。というようなジェスチャーをする。その動きがおかしかったのか、珊瑚はふっと息を漏らす。

「だね。…あーちゃんはアイドルが大好きで、ずっと夢だったんだってさ。灯担の子は知ってるのかな」

「あんま自分語りとかしなそうだからどうなんだろな。まじでめっちゃ努力家で、いつもめっちゃ頑張ってて、あとーイケメン?」

「いやビジュいいよね〜まじで」

(……)

 ずっと思考を止めて考えないように努めていたが、もう限界だった。それでも灯の容体を考えると、回復というほとんど叶わない願いをするのが怖い。

「まぁ何が言いたいかって言うとさ!」

 俯き気味になっていた顔が、突然のおおきな声で戻された。


「いつでも帰り待ってるってことだよね!」

「そういうこと」


 心の中の何かが破裂するような、感じたことの無い感覚になった。

 ずっと逃げて、考えないようにしていた想いにやっと直面できた気がした。


 俺、Followに戻りたい…。

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