いつもの道を外れた先にある恋2

 痛む身体を引き摺るようにして自宅への道を歩いていると、ふと視界の先に脳裏に過っていた美奈子さんらしい姿が見えた。

 頭部の負傷で視界がおかしくなったのかと自分の目を疑いかけたが、美奈子さんらしき女性は急ぎ足で近づいてきて、その姿が美奈子さんでしかないあり得ない眼前まで駆け寄ってきた。

 美奈子さんは脇の下まで伸ばした髪の内側で心配に染まった表情をして僕を見る。


「浩介くん、怪我ない?」

「……ないですよ。それより美奈子さんは何事もないですか?」


 心配されるのがこそばゆくて、額の傷から出血しているが美奈子さんを案じた。

 私は大丈夫、と美奈子さんは答えてから俺の額に目を戻す。

 明らかに一部が赤い額を見逃されるわけがなく、美奈子さんは自分の事のように弱った顔になる。


「頭から血が。クラクラしない?」

「なんとか」

「なんとかじゃダメじゃない。頭の他は?」

「他は……どこも」


 自分よりも不安そうな美奈子さんを見ていると、安心が出てきたのか少しだけ痛みが引いていくような気がした。

 それでも美奈子さんからすれば俺は出血している怪我人に変わりなく、額の傷を痛々しそうに見る。


「ちゃんと手当てしないと。傷がひどくなっちゃうわ」

「帰ったら自分で手当てしますよ」

「そのままで家まで歩いていくの。無理しちゃダメ」

「別に遠くまで行くわけじゃありませんから」

「でも血が出てる。すぐに手当てしないと」


 怪我をしている俺以上にそわそわして、フレアスカートの左右のポケットへまさぐるように手を入れて何も出さずに申し訳なさそうな顔をこちらに戻す。


「ごめん浩介くん、ハンカチも何も持ってない」

「いいんですよ。帰ったら……」

「帰ったら、なんて遅いよ。痛そう」

「痛いですけど、大丈夫ですよ」


 美奈子さんに心配は掛けまいとしたが、半分本心が出てしまった。

 俺の言葉に美奈子さんはやっぱりという感じで表情に憂いに上乗せして、来た道を振り返る。


「うちの方が近いから、うちで手当てしましょ。ガーゼとか消毒とかもあるから」

「そこまでしてもらわなくても」

「今の浩介君を放っておけないわよ」


 遠慮する俺に反抗するように美奈子さんは強く主張した。

 どれだけ手当てを断っても家から道具を持ってきてしまいそうで、無理して強がる意思は折れた。

 家に着くより早く手当てが出来ると思うと、気張っていた身体の力が少しだけ抜ける。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん。そうしましょ」


 美奈子さんはほっとした笑顔を見せると、介添えするように隣に来て両肩に手を回してくれた。

 手当てはありがたいけれど、これは恥ずかしい。


「そこまでする必要は……」

「気を付けないと浩介くん倒れちゃいそうだから」

「わかりました」


 心の底から気に掛けてくれていると思うと、途端に肩に添えてくれている美奈子さんの掌に慈愛を感じた。

 優しい人の手って、こんなにも温かいんだ。

 そうして寄り添ってもらいながら歩き出してから、二の腕に触れている胸のような柔らかい温かみが伝わってきて、ちょっと感慨は薄れた。

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