異世界の王子様が地球まで私を追っかけてきました

長月透子

第1話

 高校二年生の高宮たかみや瑠衣は、片手に駅近くのスーパーの袋を下げて、通りを歩いていた。足を動かすのに合わせて、制服のスカートの裾が揺れる。

 スーパーからアパートへと向かう、いつもと同じ帰り道。しかし、瑠衣は、角を曲がって、眉を寄せた。いつもとは通りの雰囲気が違う。人の数が明らかに多いのだ。立っているのは多くが女子高生や女子中学生、主婦などで、その中には、スマホを通りの先に向けている人たちもいた。

 芸能人でも、来てるとか?

 真っ先に浮かんだのは、そんな可能性だった。ここは都内とはいえ、おしゃれな街ではなく、下町だ。芸能人が喜ぶようなこじゃれた店もなく、あるのは庶民的なスーパーや八百屋ばかり。珍しいこともあるものだと、その程度の感想だった。

 同級生たちは、アイドルや歌手、俳優を推している子たちも多いけれど、瑠衣にはその魅力がよくわからない。

 何気なくスマホの向かう先を視線で追って、そして、瑠衣は凍り付いた。時間が止まって、呼吸さえもできなくなるような、その瞬間。

 イケメン。一言で言えば、キラキラしい金髪長身イケメン。認めよう、肥えている瑠衣の目から見ても、まごうことなきイケメンが立っている。というか、瑠衣の目が肥えた原因が、立っている。


「やば、何あれ撮影?」

「てか迷子じゃない? カメラもなさそうだし、キョロキョロしてるよ?」

「え、じゃあさ、声かけてみようよ」


 新たにやってきたと思われる女性グループの会話が後方から聞こえてきて、瑠衣はようやく解凍した。つかつかと――できる限りの早足で、相手に一直線に近づく。

 イケメンは、瑠衣に気が付くと、明らかな警戒の表情を浮かべる。瑠衣は、そんなものには構わずに、相手の襟元をぐいと掴んだ。


「ちょっと――あんた、マジでカリスじゃないの!? なんでここにいるの!?」


 食いつくように、瑠衣は言った。人違いの可能性を考えなかったわけではない。イケメン――カリスの瑠衣を見る表情は、まるっきり知らない相手を見るもので、襟元を掴んだ無礼に対する瞬間的な怒気すら浮かんでいたから。でも、こいつは絶対に瑠衣の知っている奴だ。こんな外見のやつが、そうホイホイいてたまるか。しかも瑠衣のアパートの近所に。

 果たして、カリスの表情は、瑠衣の言葉を聞くなり、激変した。


「ルーイ? 君は、ルーイか?」


 警戒を浮かべた表情から、一気に真剣なものに。がしりと瑠衣の両肩を掴まれる。


「ちょ、痛い!」

「本当にルーイ? 怪我は!? 無事なのか!?」


 カリスが叫んで、緑の瞳が、検分するように瑠衣の全身を行き来する。


「痛い痛い! このバカ力! 見れば分かるでしょ!」

「あれからどうしたのだ? それからここは一体……」

「ちょっと、あれ」

「通報した方がいいわよね?」


 主婦っぽい会話が横から聞こえてきて、瑠衣は震えあがった。改めてカリスの全身を見ると、あまりにもまずい。カリスはイケメンだが、現代日本には、それだけでは解決できないことが山ほどある。

 まず、身に着けているものがアウトすぎる。どう見ても、中世ファンタジーに出てくるようなご立派な鎧と、最もまずいのが腰に提げた剣。今はイケメンゆえにコスプレとか思われているようだが、警察が来たら本物の剣だとバレてしまう。銃刀法違反で一発アウト。そもそも国籍が問題すぎる。どこに強制送還されるんだ? そもそも、瑠衣以外と言葉って通じるの?


「とにかく、こっち!! こんなとこいちゃダメ!!」


 瑠衣は、ようやく力の緩んだ腕を引きはがして、人をかき分けて、カリスを自分のアパートに引っ張っていく。瑠衣の声に切羽詰まったものを感じたのか、カリスが抵抗しないで大人しくついてきてくれたのが幸いだ。アパートの中にコスプレ野郎を押し込んだときには、心底ほっとした。

 瑠衣は、外にいる野次馬たちに、笑顔で会釈する。


「すみません、コスプレ好きの親戚が、ご迷惑をおかけしました」


 それで、一応の納得はしてもらえたらしい。ほとんどの人が納得したように散っていく。

 瑠衣は、溜息とともに、アパートに入る。

 中では、上がりこんだカリスが、興味深そうに、いろいろなものを検分している。――もちろん、土足で。

 こいつ、どうしてくれよう。

 カリスが瑠衣を振り返って、笑顔になる。


「ルーイ」

「そこ、動かないで。絶対」


 これ以上掃除する面積を増やしてなるものか。緊張した瑠衣の声をどう取ったのか、カリスの表情が途端に強張る。


「敵か――?」


 まさかのスラリと剣を抜いた! 剣先があたったアパートの壁に傷が! あ、ああ、棚の上のものが落ちた!

 しかも、カリスは血相を変えて、身体を翻してどすどすと部屋の中に突進していった。――やっぱり、土足で。

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