第6話 無能と"呼ばれた"英雄の子



 何が起きたのか――自分の体を包む光が消えた後も、俺はただ呆然あぜんと立ち尽くしていた。

 戸惑う俺を見て、ゴブリン・キングもまた信じられないものを見る目で口を開く。


「……オマエ、“超回復”ヲ持ッテイタノカ?」


 ありえない。

 そんなスキル、俺は持っていなかったはずだ。


 なかば本能で、胸の奥に灯ったかすかな希望に突き動かされるように、俺はステータス画面を展開する。



【名前】:グレイノース=リオンハーツ


【スキル】

・転移 ー 指定した物を移動させる。

・超回復 ー 任意で全ての傷を治す


【加護】

・なし




 スキルが……増えてる……。


 俺の知らないスキルが、確かにそこに刻まれている。


 どういうことだ……?


 混乱が頭を焼くように渦巻き、思考が追いつかない。


 だが――


 考える隙を、ゴブリン・キングは一瞬たりとも与えてくれなかった。


「ッ――!」


 轟音とともに、巨大な剣が真上から振り下ろされる。咄嗟に身をひねり、地面を抉る一撃をギリギリで回避する。土煙つちけむりぜ、耳の奥が震えた。


 転がるように避けた先――視界の端に、自分の剣が倒れているのが見えた。


 あれを……取らないと……。


 足が勝手に動いた。痛みも、恐怖も、全部置き去りにして――俺は全身の力を振り絞り、剣へと飛び込んだ。

 剣の柄を握る手に、自然と力がこもる。息を整え、足を踏みしめ――構えた瞬間。


 ゴブリン・キングの巨大な剣が、嵐を切り裂くような勢いで振り下ろされる。


「ッ……!」


 俺はその一撃を、刃に触れないギリギリの軌道でいなした。鋼が空を裂く風圧が、ほほするどでる。


 続けざまの二撃、三撃――


 何度も、何度でも振り下ろされる暴力のかたまり。だが俺の体は、もう最初のようには動揺していない。

 限界まで張り詰めた意識が、周囲の景色をゆっくりと引き伸ばしていく。


 避けろ……! もっと速く……ッ!


 勝てる気なんてしない。


 それでも――死ぬつもりなんて.......無い。

 

 ゴブリン・キングの剣が肌をかすめ、皮膚が裂ける。瞬間――癒しの光がほとばしり、傷が音もなく閉じていく。


スキル"超回復"が、俺の命を繋ぎとめてくれている。


 じわじわと押し込まれていくのを、肌で感じる。

このまま耐え続けても――いずれ、確実に“死ぬ”。

 加速する思考のうずの中で、ふっと記憶がよみがえった。


 あの時.....ステータス越しに奴のスキルに触れた時.....俺は無意識のうちに転移を発動させていた。


 あれは偶然か、それとも本能か。


 息を整える間もなく、俺は《真眼しんがん》を発動し、ゴブリン・キングのステータスを確認する。

 そして――その画面を見た瞬間、胸の奥にかすかな光が走った。


 “ひょっとしたら──いけるかもしれない。”


 確信とは呼べない。だが.......

 

 理由もなく湧き上がる自信が、確かにそこにあった。俺は直感に全てをたくし、震える手をゴブリン・キングのステータスにかざす。


 《攻撃強化》と《体力強化》

 二つの加護を"物"として、認識し指定する。


 そして、移動先は…………


 ―――その一瞬


 意識がほんのわずかれた隙に、ゴブリン・キングの巨大な剣が視界をおおい尽くす。

 先ほどとは違う、殺意をまとった一撃。希望に満ちた俺の表情を、まるで許さぬかのように、無慈悲な力が降り注ぐ。

 

 俺は咄嗟とっさに剣身で受け止める。

 

 重い――押し潰されそうな圧が腕を、体を襲う。


 だが.....絶望するほどではない。


 精一杯の力を込め、剣を押し返す。ゴブリン・キングの剣がわずかに浮き上がり、その顔が驚きでゆがむ。


 ――その瞬間、俺は確信した。


 これなら、いける……!

 だが、まだ足りない……!


 俺は周囲を見渡し、倒れたゴブリンの死体に視線を送り、目の前に手をかざす。すると、足元に感じたことのない力がみなぎり、全身を駆け巡る。

 その力に体をゆだねゴブリン・キングめがけて駆け出す。地面を踏み込み、足に力を込めて飛び上がる


 ――飛距離、10メートル。俺はゴブリン・キングの顔と同じ高さまで跳んだ。


 空中から地面に横たわる二体のゴブリンの死体を見つけ、反射的に手をかざす。


 ––––《真眼しんがん


 目の前に二枚のステータス画面が浮かぶ。


 迷わず二つの加護を指定。


 《攻撃強化》×2


 ––––《転移》


 そして、移動先は――俺のステータス……。


 二つの加護を移した俺の手は――これまで感じたことのない、圧倒的な力が宿る。


 逆手さかてに握った剣を、空中で思い切り振り上げる。

 振り上げた刹那、風が裂ける音が耳を刺し、手元から全身に力がみなぎるのを感じた――。


「くらえっ!!!」


 俺の剣先はゴブリン・キングの眼球を狙い、一直線に突き刺す。血が弾け飛び、ほほや顔を赤く染める。


 そのあまりの痛みにゴブリン・キングは手の甲で俺を払いのける。体がちゅうを舞い、地面に叩きつけられる――だが......

 奴が目から"剣を引き抜き"、怒りと痛みにまかせて投げ捨てる。


 この瞬間、俺は迷わない―――


 投げ捨てられた剣を、咄嗟とっさに掴む。


 迷わず右足に突き立てる――ズシリッ!


 奥まで貫く衝撃が腕から体中に伝わり、血と熱が全身を染め上げる。


 力を込め、さらに振り抜く。ゴブリン・キングの片膝が崩れ、顔が下を向く。視線はあらがえない敗北を映していた。


 そのまま勢いに乗せ――左足を――斬り裂く――躊躇ちゅうちょなく、次は――胴を――


 骨にまで響く鋭い感触。血が飛び散り、冷たくも生々しい匂いが周囲を満たす。

 深く貫く刃先はさきに、ゴブリン・キングの咆哮ほうこうが空気を震わせる。


「……なぜ……だ……オレの……超回復が……発動……シナイ……」


 痛みと怒り絶望が入り混じった声が喉から漏れ――ゆっくりしかし確実に、その巨体は地面に崩れ落ちる。大地に叩きつけられるたび、周囲に衝撃波が走り、砂埃すなぼこり血煙ちけむりが舞い上がる。


 俺の心臓が激しく打ち続けていた。勝利の実感と、まだ収まらない緊張が、胸の奥で火花を散らす。


 戦いの緊張を振り払うように、俺は胸いっぱいに空気を吸い込んだ。肺が焼けるように痛む。


 ズズッ……ズズズッ……。


 だが、絶望は終わっていなかった。


 湿った足音が地面を埋め尽くすように近づいてくる。視線を上げた先には、ゴブリンとホブゴブリンの黒い波。

 数えきれないほどの“緑の群れ”が、村の奥の景色を完全にさえぎっていた。


「まだ……やれる……っ」


 そう言い聞かせようとするのに、足は震え、膝が勝手に崩れ落ちる。血の匂い、土の味、鼓動が耳の中で爆発するような音。


 全身が悲鳴を上げてきしみ、血の気が引いていくのが自分でも分かった。心だけが前へ進もうとして、身体との距離だけが開いていく。


 焦り。

 恐怖。

 自分がこのまま飲まれるという確かな危機感――その瞬間だった。


「――構えぇ……放てッ!!!」


 背後から、轟音ごうおんが戦場を貫いた。


 無数の火球が俺の頭上を越えて飛び交い、ゴブリンの群れに着弾する。爆風が大地を震わせ、何十もの魔物が業火ごうかに飲み込まれる。


「ま、魔法……!?」


 目を見開く俺の横を、今度は鎧をまとった兵士たちが怒涛どとうの勢いで駆け抜ける。金属音が重なり合い、土煙つちけむりが舞い上がる。  そして――俺の目の前に、黄金おうごんの鎧をまとった騎士が堂々と立ちはだかった。

 その男は、この血と叫びにまみれた戦場には似つかわしくないほど、眩しいほどの微笑ほほえみを浮かべながら大声で指揮を取る。


「魔法部隊、後方で魔力を回復しつつ継続攻撃!衛兵部隊、前線を押し上げろ!一匹たりとも逃すんじゃない!!」


「「「おおおおおおッ!!!」」」


 雄叫びが大地をらす。戦場の空気が、一瞬にして塗り替えられた。

 騎士は俺の前に膝をつき、やわらかく、けれど力強い声で言った。


「――もう大丈夫だ。よくここまで、ひとりで耐えたな」


 その金色きんいろの瞳は、まるで救いそのものだった。その瞬間、胸の奥で張りつめていた糸がぷつりと切れる。


 ああ……もう、大丈夫だ。


 そう思った次の瞬間、押し寄せる疲労と安堵あんどに身体が耐えきれず、俺の意識は、静かに落ちていった。



※ここまで読んでくれてありがとう!

続きを読みたい方は、下のURLをコピーしてブラウザで開いてください。

https://x.gd/jScwP

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スキル転移の“間違った使い方” 〜無能な俺が「誰も知らない使い道」に気づいた結果〜 鷹宗鷲尾 @wasiotaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画