第6話 女王の逸材

 その先輩女子はまぶしかった。

 背が高く均整の取れた肉体に、ナチュラルな金髪ブロンドヘアー。そしてグラビアアイドルのように豊満な……。

 おっと、いかんいかん。


 黒森くろもり芽亜莉めあり


 それが彼女の名前だ。

 三年生で水泳部所属。全国大会で優勝候補ともくされている実力らしいけど。


「黒森先輩が部員候補だって……ダメでしょ」


 俺は呆れながらつぶやいた。


 ここは学食。俺は瑛理子えりこ先輩と向かい合って昼食をとっていた。遠目に、背が高くて目立つ黒森先輩を眺めながら。


 因みに俺は醤油ラーメン、先輩は大盛り牛丼だ。意外と大食いだな。



 どうしてこんな状況かといえば――――

 四時間目終了のチャイムが鳴ってすぐ、瑛理子先輩は俺の教室に現れた。

 超絶美形の黒髪ロング美少女、皆の憧れである先輩の登場に沸き立つ男子たち。


 その真っただ中を、先輩はモーゼの海割りの如く歩き、俺の机の前に立つ。

 そこで先輩は『大事な話があるわ』と告げ、俺は学食まで連れ出されてしまったという訳だ。

 こりゃ俺と瑛理子先輩の噂が広がっちゃうよな。



「はむっ…………んっ。つまり彼女は女王の素質ありなのよ。執筆のインスピレーションが湧くわ。それに部員数も確保できるわね」


 瑛理子先輩は、美しい所作で大盛り牛丼を食べると、目を輝かせて言い放った。

 ほんと、何やっても絵になる人だな。箸の使い方から、指先に至る所作まで完璧だ。


「ねえ、聞いてる?」


 瑛理子先輩の目が鋭くなる。

 しまった、牛丼食ってる先輩がレアで見惚れていた。


「聞いてます。先輩も牛丼食べるんですね」

「あなた、また踏まれたいのかしら?」

「すみません、黒森先輩のことですよね」


 先輩の目が怖いので、素直に頭を下げた。

 まるで女王とM男子か。だが言わねばならぬ。


「黒森先輩は水泳部で忙しいですよ。文芸部に協力してくれるとは思えません」


 そもそも運動部のエースが文化部に入る訳ないだろ。

 しかし瑛理子先輩は一歩も譲らない。


「大丈夫よ! 彼女は部活をサボり気味だから。きっと女王様よ」

「何が大丈夫だよ。瑛理子先輩って、可愛いけどちょっとズレてるんだよな」

「聞こえているわよ」


 し、しまった! 心の声が漏れまくっていた!

 しかし瑛理子先輩ってクールというか何というか。俺の『可愛い』ってセリフにも、眉一つ動かさないし。

 いっそ清々しいぜ。


「そういう訳で、お願いね。大崎君」

「俺が勧誘するんですか!?」

「当然じゃない。私が勧誘して成功するとは思えないわ」


 言い切ったよ、この人。


「だって……私は彼女と親しくないから……。大崎君の方が適任だわ」


 あっ、今度は肩を落としちゃった。

 女王様みたいで滅茶苦茶な先輩だけど、何か放っておけないんだよな。


「わ、分かりました。声だけはかけてみます」

「ホント!?」


 ギュッ!


 瑛理子先輩が俺の手を握ってきた。

 細くて綺麗な指が俺の手を包み込む。


「あっ、あのっ……」

「さすが大崎君ね。私の見込んだ犬……コホン、部員だわ」

「今、犬って言いましたよね?」

「気のせいよ。うふふっ」


 瑛理子先輩は楽しそうな笑顔になる。

 この顔に弱いんだよな。笑顔で頼まれると断れない。普段とのギャップが凄くて。


「あの、先輩――」


 俺が話そうとしたその瞬間、背後に人の気配がした。


「しゅ、俊くん♡」

「えっ?」


 顔を上げると、そこには真美さんが立っていた。

 その手には、昼食のオムライスが乗ったトレーを持っている。


「あれっ、真美さん? どうしてここに?」

「た、たまたまだよ。たまたま学食で食べようとしたら、俊くんを見かけてね」

「そうでしたか」


 凄い偶然だな。学食で真美さんと会うのは初めてだ。


「横、良いかな?」

「はい、どうぞ」


 って、しまった。瑛理子先輩の了承を得ずに答えてしまった。


 正面に座る瑛理子先輩はというと、相変わらず綺麗な所作で牛丼を食べている。

 気にしてないのかな?


「うんしょ。えへへっ♡」


 俺の隣に座った真美さんは、椅子をズズイッと寄せてきた。

 肩が触れそうな距離感だ。


「ちょっと、真美」


 斜め前から聞きなれた声がする。真美さんに気を取られて気付かなかったが、我が姉の凛まで居るじゃねえか。


「姉ちゃん、何やってるの?」

「俊、こ、これには複雑な事情が……」

「何のこと?」

「だから私が修羅場を止め……ああぁ! とにかく色々と大変なの!」


 何を言っているのだ、俺の姉は?

 一人であたふたして。


「もしかして二人は姉弟だったのかしら?」


 静かに箸を置いた瑛理子先輩は、隣の凛をスルーしたまま俺を見る。


「はい……。先輩は姉とどのような関係で?」

「クラスメイトよ。そこの望月さんもね」

「そうでしたか」


 えっ、この三人がクラスメイトだと。

 初耳なんだけど。


「俊くん、やっぱり万里小路までのこうじさんと仲が良いよね?」


 隣の真美さんが、俺の前にグイッと体を入れてきた。

 何だろう? 俺が瑛理子先輩と話していると邪魔してくるような?

 気のせいかな?


「あの、真美さん。どうしたんですか?」

「どうしたじゃないよぉ。一緒にお昼とかエッチだよ。ダメだよ、エッチなのは」

「エッチはしてないです……」


 一緒に食事するのがエッチとか、真美さんって純情だな。食事でエッチなら、キスとかしたらどうなるんだろ?


 一瞬だけ、真美さんとキスするのを想像してしまった。顔が熱くなってしまう。


「それじゃ私は失礼するわね」


 食べ終わった瑛理子先輩が席を立つ。

 トレイを持ち背を向けてから、不意に足を止め俺の方を向いた。


「大崎君、例の件お願いね」

「はい」


 瑛理子先輩を見送りながら考える。やっぱり先輩は人付き合いが苦手なのだろうかと。

 一度も凛や真美さんと目を合わせなかったからな。


「むぅううううぅ~!」


 ふと謎の威圧感に気づくと、横の真美さんが凄いプク顔で睨んでいた。


「どうかしましたか、真美さん?」

「もうっ、俊くんのバカ」


 ええっ! 何で!?


「もうっ、俊くんなんか知らないっ!」


 何だか良く分からない理由で真美さんを怒らせてしまった。

 女心は難しい。



 ◆ ◇ ◆



 放課後、俺は瑛理子先輩との約束通り、黒森くろもり芽亜莉めありを勧誘するため動いていた。


「って、すぐ見つかったけど……」


 黒森先輩は教室に居た。真美さんや瑛理子先輩とは隣のクラスだ。

 普通なら水泳部の練習で忙しいと思うところだろ。それがどうだ、練習するでもなく帰るでもなく、クラスの女子と駄弁だべっているのだが。


 見つかったのは良いものの、三年生の教室に入るのは緊張する。

 しかも、水泳部エースで金髪ハーフ美少女の黒森先輩ときたもんだ。声をかけるなんて恐れ多い。

 高校デビューした元陰キャの俺には、こんなの荷が重すぎるぞ。


「どうしよう……」


 教室の入り口から女子を凝視する俺は、さぞかし不審人物だっただろう。


「何か用かな? 後輩君」

「えっ!」


 突然声をかけられ振り向くと、そこには知らない先輩女子が立っていた。

 若干、不審者に声をかけたようにも見える。


「えっと、あ、怪しいものではありません」

「ジッと教室内を見てたけど……あっ!」


 その先輩は、黒森くろもり芽亜莉めありに目を留めると、分かってますよとばかりにうなずいた。


「メアリーでしょ! 呼んできてあげようか?」


 メアリー? あっ、芽亜莉めありだからメアリーか。

 丁度良かった。頼もうかな。


「じゃあ、お願いします」

「オッケー」


 喜び勇んで教室に入った先輩は、黒森先輩に向かって叫ぶ。


「メアリー、この子が告白したいって!」


 ぎゃああああ! ななな、何を言ってやがる!

 告白なんかしねーし!


「ふーん、今日は後輩君かぁ」


 ドアまでやって来た黒森先輩は、ニマァっと悪戯な笑みを浮かべた。


「キミ、名前は?」

「えっと、大崎おおさきしゅんです」


 間近で見る黒森先輩は、凄い迫力だった。

 アニメに出てきそうな金髪碧眼もだが、スカートから突き出たムチムチの太ももや制服を突き上げる胸の迫力もだ。肉体の破壊力がハンパない。


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