悪役令息、勇者になる。
鳥兎子 𓅫
❁︎01❁ 悪役令息、勇者になる。
出会いは、初夏の庭園パーティだった。少女の黒い長髪が靡く度に、青紫の艶を帯びる。月光蝶のような彼女は、木漏れ日から降りる陽光を掌に包み、晴天へ返していた。光と風の魔法が得意なのだろう。東国から贈られた樹の下。“妖精の白チュチュみたいなお祝いを咲かせるの”と、少女がはにかんだ。優雅な流し目が、綺麗だ。淡い虹光が舞うたびに、
(……好きだ)
幼い心が、花風で揺れ動いた瞬間だった。
「ルネ、来て! 池に小さな虹が出てるよ!」
茶髪のポニーテールで丸い瞳の、子リスのような少女が駆け寄ってきた。ルネの友人なのだろう。
「まあ、本当ですの? では……少しだけ」
月光蝶とリスのような二人が、笑みを交わして歩き始めた。スカートを嬉々と揺らす後ろ姿が、遠ざかる。フェランは胸を飾るタイを握りしめた。このままでは、行ってしまう!
(今しか……ない)
小さく息を吸い、フェランは震える声で呼び止める。
「あの……!」
緊張のあまり、視線は地面に吸い付いたままだ。心臓がうるさくて、息すら上手に吸えない。
(言わなきゃ……ちゃんと……)
なんとか深呼吸しても、顔を上げる事が出来なかったのだ。でも、ルネは右側を歩んでいたはず。
「……君の魅力に、心を奪われました。好きです! 」
右を向いて告げた瞬間、自分でも驚くほど胸が軽くなった。伝えられた──そう感じた。
しかしその直後、返ってきた声は、どこか小動物のように震えていた。
「わ、わたし……? わたしに、ですか……?」
フェランは瞬きをし、ゆっくりと少女の顔を見た。
――茶髪に、丸い瞳。驚いた表情。
「……え……?」
視線が泳ぐ向こう。池に辿り着き、こちらを静かに振り返るルネの姿が目に入った。耳に掛けた黒髪が揺れ、青紫の光が静かに溶ける。ルネは、月光蝶が震えるように睫毛を伏せた。
「そう……でしたのね」
花風に消える。ルネはまっすぐ背筋を伸ばし、静かに歩き去ってしまう。フェランの血の気が引いた。
(……違う……違う、違う!! 俺が告白したのは……! 好きなのは、ルネなのに……!)
己の軽率さを噛みしめても、もう告白は取り返せなかった。胸の底から、後悔が込み上げる。
(俺は……やってしまったんだ……)
フェランはその場に立ち尽くし、遠ざかる黒髪の少女を、ただ呆然と見つめるしかなかった。
静かに潤う、ルネの瞳。 少女の胸へ小さな痛みが走ったことに、幼いフェランは気付かなかった。
後から、両親が明かした事実に愕然とした。ルネこそが、フェランの婚約者だったのだ。辛うじて婚約存続はしたものの、ルネの心は音もなく遠ざかってしまった。
◇ ◇ ◇
十年が経ち、フェランは焦っていた。
「どうしよう……まったく距離が縮まらない……! このままでは、白い結婚まっしぐらじゃないか! 」
紫髪の片三つ編みを揺らして自室の机に突っ伏す。この頃、悪役令息とまで噂されるようになった。理由は、自業自得だ。ルネが惚れるイケメンとは何か? を研究し、追い求める努力が空回っていたのだ。
―― 会うたびに、別人のようなファッションで登場してみせた。
「どなたかと、お間違えでは?」
ルネの控えめな声が刺さる。 毎回『どちら様』扱いされる自分が情けなかった。
── 余裕ある紳士を目指し、数多の女性達に『理想のイケメン像』を尋ね、“手練手管”を学んでも!
「女遊びをされるという噂……よく耳にいたしますわ。気にせずに、自由になさってください。あくまで、家同士の契約。私達は、婚約者の名が付いた友人ですから」
ルネは声を荒げず、静かに距離を置いていく。その優しさが、逆に心を締め付ける。
「違うんだルネ……君に近づきたいからなのに……」
風を前にし、無惨に散っていく。
◇ ◇ ◇
だからフェランは決めた。武勇、地位、人望! 三拍子揃うイケメンになるには、あれしかない!
勇者になるしかないだろ!!
表では悪役令息、裏では血反吐を吐く努力の塊──それが今のフェランだった。 王宮で鍛錬し、魔法学を叩き込み、騎士団で命がけの修行を重ねた。王国を、彼の地から脅かす魔王など……恋心で轢き潰してやる!
そしてついに、“勇者にしか抜けない”とされる神気の大剣に挑戦する権利を得た。
「いくぞ……!」
柄に触れた瞬間、紫と白の雷光が走り、風が吹き抜ける。──引き抜いたのは、確かな鋒の輝きと重量!
「俺は……勇者になった!」
正式に、王に認められた勇者様になれたぞ、ドヤッ! 勇者パーティ、出立の前日。王宮での祝賀祭へ駆けつけたルネは、静かな驚きの瞳を向けた。
「フェラン様。本当におめでとうございます……。行ってしまわれるのですね」
黒髪が揺れ、淡い光がそっと零れる。白い妖精のようなドレスを纏うルネは、胸の前で祈るように指を組んだ。その姿に、十年前と同じ痛みと憧れが胸に広がる。フェランは息を整え、彼女の前に進み出た。全ては、君を迎える為なんだ。真っ直ぐに、手を伸ばした。
「ルネ。 君を旅の仲間として迎えたい。 光と風の魔法が誰よりも必要で……俺は、君自身が必要なんだ」
ゆっくりと瞬き。ルネの瞳が煌きに揺れ、静かな吐息が漏れる。
「わたくしを、望んでくださるのですね」
言葉は穏やかだが、声音はかすかに震え、心が揺らぐのがわかった。
十年前の痛みが、ふと解けかかる。 二人の胸の奥が熱くなる。それでも──淑やかな乙女は、簡単に踏み出せない。
「ですが、わたくしでは……フェラン様のお役に立てるかどうか」
「立てる! 絶対に!」
「お言葉だけで、嬉しゅうございます。けれど、旅をご一緒するには……」
丁寧な、伏し目の仕草が。拒絶ではなく“迷い”であることを示していた。
フェランの鼓動が跳ねた瞬間──
「……どうか、お許しくださいませ」
ルネは光と風をまとい、少しだけ後ろへ下がった。
「ルネ……!」
フェランが思わず歩み寄る。
「これ以上近づけば、わたくし……また期待してしまいますわ」
痛みを堪えるように、ルネは切ない微笑みを浮かべていた。その希望は、風のように柔らかく、胸を貫くほど深い。ルネはスカートの裾を持ち、会釈をして身を翻す。花が風へ乗るように遠ざかっていく。
「待って、ルネ……!」
フェランは勇者の俊足で追った。彼女の揺れた心に気付いたからだ。
“すれ違い”は終わらない。
けれど、旅立つ二人の“歩み寄り”が始まった。
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『白花と二人』のイラスト
https://kakuyomu.jp/users/totoko3927/news/822139840465045192
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