一滴の雫 ー17日間の介護日記ー

朧霞

プロローグ 転倒の朝 ー すべてはここから始まった

セミの声が空から降るように響き、

真夏の光がじんわりと肌にまとわりつく朝——。


おじいちゃんが庭で転んだ。


思えば、あれがすべての始まりだったのかもしれない。


義父の茂は九十三歳。

認知症は進んでいたものの、家のまわりを少し歩くくらいで、

遠くまで徘徊するタイプではなかった。


庭の椅子に腰を下ろして空を眺めたり、

近所の床屋さんへ散歩がてら出かけては

ニコニコしながら帰ってくるーー

そんな “いつもの日々” が、静かに続いていた。


けれど。



秋の風が冷たくなり始めた頃、

季節が移り変わるように、

おじいちゃんの変化もまた静かに、しかし確実に訪れていた。


先月まで杖をつきながらでも自分でトイレに行けていたのに……。

気づけば、オムツが必要になっていた。


“介護”という言葉が、

いきなり我が家の生活に割り込んできたのだ。


その時の私は、平気な顔をしていた。

でも胸の奥では、ずっと焦っていた。


——え、これ、どこに相談すればいいの?

——私がなんとかしなきゃ。


外の光はあんなに眩しいのに、

私の胸の中には、ひとつの影が静かに落ちていった。




—-

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