4 ジェシカの決意

 その夜。

 宿はすっかり静まり返り、ヒース達が眠る男子部屋からは規則正しい寝息が聞こえていた。

 隣の女子部屋――ジェシカの左のベッドでは、ビアンカが身じろぎもせず眠っている。

 一方、ジェシカは毛布に包まれたまま未明を迎えても尚、目を閉じることができずにいた。寝る前ビアンカから向けられた言葉が、胸の奥で何度も反芻はんすうされていたからだ。


『ねぇ、あの3人の客、EIAのバッジ付けてたわ。アラミスさん仲間思いなのね。チームに、誰かEIAのお世話になってた人でもいたのかしら』

『…………』

『あ、今のは気にしないでね。私の勝手な憶測だし。皆さんにも話したくないこと、あると思いますから』


 暫くするとジェシカは上体を起こし、そっと毛布を畳んで立ち上がった。


(そうよ、ビアンカ……あたしのせいなの)


 胸の内側を、逃げ場のない苦い思いがじわじわと圧迫していた。


(いつかこの日が来るって分かってた……)


 アラミスが殴られた理由、彼が何もせず耐えなければならなかった現実。そして、いつか自分の手で終わらせようと胸に誓っていた過去――。それは、かつて弓の訓練を受け、友達のいなかったジェシカにひなだったハヤブサのポチをくれたEIA本部だ。


「……あたしも腹くくらなきゃね」


 身支度を整えると、音を立てないよう慎重にドアへ手を伸ばし、ゆっくりと開いた。振り返ってビアンカが起きていないことを確かめる。その時ビアンカは、ジェシカの背中を見送りながら毛布の陰でほくそ笑んでいた。


 (フフッ……かかったわね。あの娘が元EIAの幹部に弓の訓練を受けたことは調査済み。わざわざ本部へ行くよう誘導するまでもなかったか)


 ドアが閉まるのを確認するとビアンカはこっそり宿の外まで出て、ジェシカが走り去る後ろ姿を見送った。


(行ったわ。これで邪魔な小娘はいない。その間にアラミスを孤立させれば……あとはチョロいもんよ)


 ――まだ朝日も昇らない街をジェシカは一人で進んでいく。

 足早に歩くその脳裏では、幼い頃の記憶が少しずつ紐解ひもとかれていた。


 ◆


 6歳の誕生日だった。

 友達に祝ってもらえると聞き、隣村まで出かけた帰り道だ。村へ近づくとすぐ異変に気づいた。異形獣まもの特有の鼻を刺す匂いだ。


 心拍が上がる。


 血まみれで倒れる村人たちを横目に一心不乱で自宅へ向かう。だが家の近くまで来ると叔父が慌てた様子で駆け寄り、彼女の視界をふさぐように立ちはだかった。


 『ダメだジェシカちゃん、そっちへは行かないでくれ!』


 玄関先の血だまりの向こうに、動かなくなった両親の背中が一瞬だけ見えた。損傷が激しかったのだろう。村人たちは彼女をかばうようにして近づけなかった。

 その後、母の妹夫婦――叔父と叔母がジェシカを引き取ることになったが、それからの2年間、彼女は誰とも言葉を交わさなくなった。友達も作らず、ただうつろに過ごす日々……。


 そんな折、村長がEIAと契約を結んだ。

 銃剣所持しょじ禁止法が施行しこうされていたブルタニーにおいて、希望者には秘密裏に武器を与え、異形獣まものと戦うすべを教えるというものだった。

 代わりに、イントルーダーを見つけた際は、最寄りのEIA事務局へ報告する――それが条件だった。


 その日から、ジェシカの村人全員がEIAの構成員となった。


『あたし、やりたい』


 ジェシカが8歳の時。叔母に引き取られて以来、初めて発した言葉だった。

 それから、毎日その村で弓の特訓が始まった。

 彼女の体格に合わせた小ぶりの弓をこしらえてもらい、雨の日も、雪の日も、休むことはなかった……手には血豆ができたが、気にも留めない。治す時間すら惜しかった。友達もらなかった。


 ただ、異形獣まものを倒したい――その願いだけが彼女の生きる目的となっていた。


 12歳になる頃にはロングボウを扱えるようになった。

 相変わらず友達がいない彼女を不憫ふびんに思ったEIAの本部から一羽のハヤブサの雛が届けられる――ポチとジェシカは唯一の絆で結ばれた。


 そんなある日、村の近くに飛来した蝙蝠こうもり型のタイプ1――5メートル以内であり、かつ比較的攻撃力が低い異形獣まもの5体をたったひとりで仕留めたことがある。タイプ1とはいえ、大人でも命中させるのが難しい相手を彼女は憎しみだけで全滅させたのだ。村人たちは盛大に称賛しょうさんしたが、ジェシカは笑顔ひとつ浮かべなかった。


『……これじゃダメ、全然足りない。もっと、もっと仕留めなきゃ』


 それは15になったばかりだったある日のこと。

 農具を買いに街へ出た叔父が惨殺ざんさつされる事件が起きた。

 犯人は、別の街から来たドナム系イントルーダーだった。


 半狂乱になる叔母と、泣き叫ぶ5歳の弟。その光景は両親を失ったあの日を鮮烈に思い起こさせた。


『……異形獣まものだけじゃダメ。ドナムを持ったイントルーダーも――』


 ジェシカは感情を閉ざし、ますます孤立していく。その年の春、ヒースとミツヤに出会うまでは――。


 やがて、イントルーダー集団「ストーム」一味による襲撃予告が入る。EIAに所属する村を狙い徹底的に潰す、いわゆる「EIA狩り」の常習犯だった。

 その夜はヒースとミツヤがジェシカの村を通りかかった日だった。

 ヒースとミツヤは20人のストーム一味を制圧する。ジェシカの援護がなければ村は壊滅していたかもしれない。その後ストーム一味は護衛隊に引き取られ、バスチール監獄へ収容された。


 ジェシカが人前で笑ったり泣いたりするようになったのは、その時からだった――。


(ヒース、ミッチー。ありがとう。それにアラミス――本当は優しいんだってこと、あたし、ちゃんと知ってるから)


 ◆


 翌朝、しっかり陽が昇るのを待って、ビアンカが男子部屋のドアを激しくノックしていた。


 ドン、ドン、ドンッ!


「開けてください! 起きてください!」


 いつものように、夜遅くまでウノで遊んでいたヒースとミツヤはまだ夢の中だ。

 顔に幾つも絆創膏ばんそうこうを貼ったアラミスが、真っ先に飛び起きてドアノブに手を掛ける。


「ビアンカちゃん、どうし――」


 ビアンカは切羽せっぱ詰まった表情で1枚のメモを差し出した。


「ジェシカさんが……ジェシカさんが! 朝起きたらいないんです! これを――!」


 アラミスは血相を変えて手紙に目を通す。


 『みんなへ。心配しないでね、すぐ戻ります。ジェシカより』


 アラミスは口を一文字に結び、ヒースとミツヤに一瞬だけ視線を送ると決意の息を漏らす。


「ビアンカちゃん。ごめんな、ちょっと行ってくる。こいつら2人には『絶対に動くな』って、伝えてもらえるかい?」


 笑顔で一言だけ残すと、マスケット銃を手に宿の階段を駆けり、まだ陽が昇りきらない街へ飛び出した。




 ***《次回予告》***


 ミツヤ:おい、ヒース! 起きろ! ジェシーが消えたらしい!

 ヒース:……もうこれ以上食えねぇよぉ……むにゃむにゃ……。

 ミツヤ:寝ぼけてる場合か! アラミスがひとりで追ったらしいんだ!

 ヒース:ん……ミッチー? もう朝か……なんだよ珍しいなこんな早く起きるって……ああそうか。次回予告で起こしてくれたんだな? いいとこあるじゃ――。

 ミツヤ:それどころじゃないんだ! あ、けど先に予告だ。次回、第5話「EIA(侵入者排斥組合)」。お楽しみに!

 ヒース:あーっ!? またやられた、ひっでぇ――!

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