第6話 霜の橋
夜の図書館は、静かだった。
ページをめくる音と、遠くの時計の針が進む音だけが、空気を震わせていた。
私は窓際の席で、ノートを開いたまま、ぼんやりと外を見ていた。
冬の夜空。
街の明かりが遠くに滲んで、空には星がちらほら。
その向こうに、見えないけれど、天の川があるんだろう。
そこに、かささぎたちが橋をかけて、誰かを渡らせている。
そんな話を、昔、祖母がしてくれた。
「好きな人に会いたいときは、心の中に橋をかけるのよ」
祖母はそう言って、私の頭を撫でた。
あの手の温もりが、今も残っている。
「…会いたいな」
思わず、声に出していた。
誰に? それは、わかってる。
ユイだ。
高校のとき、同じ文芸部だったユイ。
彼女は、いつも静かに本を読んでいて、でも時々、ふっと笑うその顔が好きだった。
卒業して、別々の大学に進んで、連絡も自然と減っていった。
でも、今夜みたいに、ふとした瞬間に思い出す。
あの冬の日、ふたりで見た夜空。
「天の川って、ほんとにあるのかな」
「あるよ。見えないだけで、ちゃんとそこにある」
「じゃあ、私たちの気持ちも、見えないだけで、ちゃんとあるのかな」
「…あるといいね」
あのとき、ちゃんと伝えていればよかった。
「あるといいね」じゃなくて、「あるよ」って言えばよかった。
でも、言えなかった。
怖かったんだ。
壊れるのが。
スマホを取り出して、ユイの名前を探す。
最後のメッセージは、去年の冬。
「元気? また会えたらいいね」
それに、私は返せなかった。
でも、今なら――。
私はそっとメッセージを打つ。
「今、図書館にいるんだ。
あのときみたいに、夜の空を見てたら、君のこと思い出した。
天の川、見えないけど、ちゃんとあるよね。
私の気持ちも、まだ、そこにあるよ」
送信ボタンを押すと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
窓の外を見ると、芝生の上にうっすらと霜が降りていた。
白く光るその景色は、まるで空にかかる橋のようだった。
かささぎの橋。
誰かと誰かを、そっとつなぐ、冬の夜の奇跡。
そのとき、スマホが震えた。
ユイからの返信だった。
「私も、今、同じ空を見てたよ」
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