第39話 シェヘラザードか名探偵か

 思わず柘榴塚さんの前に立つと、僕は彼女の腕を引いて僕の後ろに立たせた。


「すみません木谷先輩、そういうのは僕を通してください。あ、僕は水間直翔っていいます。柘榴塚さんの助手です。柘榴塚さんは僕の名探偵さんなんで!」


 僕の肩の後ろで柘榴塚さんが上を向いてはぁっと息を吐く気配があった。なんだか呆れられてるみたいだけど、そんなこと構っちゃいられない。名探偵のことは助手の僕が守らなきゃね!


 木谷先輩は最初は面食らったような顔をしていたけど、すぐに笑顔になった。


「これは失礼。さすが名探偵だ、もう優秀な助手がいるんだね」


「優秀かどうかは分かりませんけどね」


 苦々しく呟く彼女に、僕は喰い気味に抗議する。


「優秀だよ! 僕がいないと柘榴塚さん事件を解こうとしないじゃないか」


「べつに私は事件なんか解かなくてもいいけど」


「だったら分解できるものも貰えなくなるけど、それでもいいの?」


「……困る」


 よし、言い負かした!

 そんな僕たちのやり取りを見ていた木谷先輩がクスッと笑う。


「なるほど、名コンビってわけか」


 うんうん、そうなんだよ。分かってもらえたかな。僕たちって名コンビなんだよ。そこに新しい人が割り込んでくる隙はないんだ!

 柘榴塚さんはふっと息を吐いて仕切り直した。


「それより。私じゃなくて、他に連絡先を交換して欲しい人がいるんですが」


「あれ、俺は振られたのかな?」


 柘榴塚さんは肩をすくめた。


「私はその人に頼まれただけですからね、そこの優秀な助手くんの仲介で。いまから図書室に戻って、カウンターにいる『藤元菜月』っていう女子と意味ありげに視線を合わせてあげてください。たぶん今もあなたのこと待ってます。この文集はそれと引き替えにあなたに渡しましょう。それから彼女が仕事を終えるまで待って、連絡先を交換してくれたらいうことないですが――まあ、そこまで私が口出しすることもないですね。あとはあなたの自由にすればいい」


 どこか突き放すような柘榴塚さんの口調だったけど、木谷先輩はニコリと微笑んだ。


「分かった、いうとおりにしよう。シャフリヤール王は物語の続きが読みたいんだ、シェヘラザード」


 ちょっ、シェヘラザードって例の賢いお姫様のことだよね? それを柘榴塚さんになぞらえてるよね? シェヘラザードってシャフリヤール王と結婚したよね? で、シャフリヤール王は木谷先輩で……って駄目だよそれは!


 いつの間にか並んで歩いていた柘榴塚さんと木谷先輩の間に慌てて割って入る僕に、木谷先輩は苦笑している。

 まったく、油断も隙もないんだから!


「……どっちも私には荷が重いですよ」


 ぼそりと呟き、柘榴塚さんは僕たちから視線を外した。


「私はシェヘラザードでも名探偵でもない。ただの女子中学生ですから」


 というわけで僕たちは園芸部の東屋をあとにして図書室に戻り、木谷先輩は菜月に視線を合わせて微笑んで――そのときの菜月の顔ったらなかった。一瞬で顔がボンって真っ赤になったんだ。可愛いところもあるんだよね、菜月は。いや、元から可愛いんだよ。可愛いんだけど、うるさいっていうか……。


 で、約束を果たしてくれたから、柘榴塚さんは文芸部の文集を木谷先輩に渡して、それで――僕たちは木谷先輩を残して図書室を出た。


 そのあと、木谷先輩が菜月を待っていたのかどうかは分からない。あとは木谷先輩の判断に任せるって、柘榴塚さんが決めたから。まあ、結果はそのうち菜月が報告してくれるだろうけどね。

 そうして謎を解いた僕たちは、それぞれの家路についたんだけど……。


 帰りながら、僕はまだふわふわしていた。

 急に現れた木谷先輩というライバルに、神経が逆立っていたってのもある。柘榴塚さんは僕の名探偵さんだっての!


 でも木谷先輩は柘榴塚さんの過去を知っていた。彼が呟いたあの言葉が、消えない染みみたいに僕の心に浮かび上がってくるんだ。


『もしかして、ウサギ解体の……?』


 僕の胸を、またざらりとしたものが撫でていった。

 前にウサギのぬいぐるみをプレゼントしようとしたときの、彼女の反応を思い出す。『ウサギの解体はしないことにしてるんだ』とかなんとかいってたけど……。


 解体大好き柘榴塚さんが、僕の知る限りで唯一NGを出したウサギの解体。なのに、木谷先輩は『ウサギ解体の』といっている。

 柘榴塚さんがしていた綿手袋の輝くような白さが、ふわふわのウサギに重なった。それは例によってすぐ真っ赤なイメージに塗りつぶされて、僕は思わず身震いする。


 彼女が青蘭常磐学園という名門校から転校せざるを得なかった理由。

 ……まさか、ね!?


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