第17話 どこかで見たことあるような

 この怪しい人物は、僕の友達なんです。


 ――そう紹介すると、向かいの席に座った成さんはキラキラと糸目を輝かせた。


「もしかして直翔さんが女の子と会うのが心配で尾行してきたんですか?」


 それって漫画みたい! と興奮気味な成さんを、僕の隣に座った柘榴塚さんはぽけーっと見つめていた。

 それを、出過ぎたことを言ったから非難されたのだと捉えたらしく、成さんは言い訳を始める。


「あっ、ごめんなさい。好きな少女漫画にそういうシチュエーションがあるんです。幼馴染みの男の子が女友達と二人っきりで遊びに行くのが気になって、デートを尾行しちゃうの。そのときのヒロインがとっても可愛くて、印象に残ってたんです」


 それには答えず、柘榴塚さんは小首を傾げた。そして話題とは関係ないことを口にする。


「前に会ったこと、ある?」


「え?」


「いや、なんかどっかで見たことあるような……」


 すると成さんは焦ったように手をぶんぶんと振った。


「ないですよ。あなたと会ったのは今日が初めてです」


「そうかな。教室で写真見たとにもちょっと思ったんだけど、なんかどっかで見たことあるような……?」


 と首を捻る柘榴塚さん。


「えっと、たぶん違うと思いますよ。私こんな顔だから、人にはよく覚えてもらえるんです。だから、中途半端に覚えられる事ってあんまりないです」


 自分の眼を指しながら、成さんは困ったような笑顔を作る。あ、自分が糸目って認識はあるんだな。


「まあ、確かにそう、か」


 納得はしかねるけどここは矛を収めておくか……そんな感じで柘榴塚さんは頷いた。

 僕はこほんと咳払いして空気を変えて、改めて二人の女子ににっこりと微笑みかける。


「えっと、じゃあ紹介するね。こちら柘榴塚くれろさん。僕の友達」


「……ども」


 口数少なく、探るような目つきで会釈する柘榴塚さん。


「で、こちらは安川成さん。僕のソース友達」


「はじめまして、柘榴塚さん。よろしくお願いしますね」


『はじめまして』をちょっと強調させながら、成さんが微笑む。

 それを、柘榴塚さんは胡乱気な眼差しで眺めていた。


「で、僕は水間直翔です」


 一礼すると、成さんがパチパチと手を叩いて歓迎してくれた。柘榴塚さんは「それはもう知ってる」とばかりのうんざり顔だ。


「えーっと、こんなことになりましたけど、こんな美人さんたちに囲まれて、僕は幸せです」


「まあ。お上手なんですね、直翔さんって」


 ころころと上品に笑う成さんは、美人だといわれ慣れている風情だった。


 だけど我らが柘榴塚さんは違う。顔を赤くして、ぷいっと背けて――それから気がついたように視線だけを僕に向けた。


「ちょっと待て。水間くんって誰にでも可愛いとか美人とかいうの?」


「誰にでもってわけじゃないよ。心からそう思った人にいうんだよ」


「……誰にでもいうんだ。くっ、そういうことか」


 と唇を軽く噛む柘榴塚さん。

 それを成さんは嬉しそうに微笑んで眺めている。


 いやほんとに。誰にでも綺麗とか可愛いとかいうわけじゃないんだよ。ただ、女子は褒めたら喜んでくれるから、つい……。


 後ろ頭を掻く僕を尻目にして、成さんは柘榴塚さんにいろいろと話しかけ始めた。


 好きな漫画はある? とか、『恋人ごっこ』の映画は見た? とか、そういうのだ。

 柘榴塚さんはあからさまに警戒しながらも、漫画は読まない、映画は観てない、普段はミステリー小説ばっかり読んでいる、と答えていた。


 さすがは女子同士だ、と僕は感心していた。僕が取り持たなくても彼女たちの話は盛り上がっているのだ。――成さんが話しかけて、それに柘榴塚さんが言葉少なく答えて、それを成さんがそつなく広げる、という方式だったけど。


 でもしまいには柘榴塚さんの顔も、最初のこわばりは消えて微笑みが浮かぶくらいにはなっていたんだ。

 成さんがずいぶん気を遣ってくれたからというのはよく伝わってきたけど、柘榴塚さんが楽しそうでなによりだった。


 ……僕の目的だった『ソース話で盛り上がる』はできなかったけど。

 でも僕しか友達がいなかった柘榴塚さんが、こうして楽しそうに話しているのを見ると、それだけで来てよかったと思う。


 というわけで楽しい時間はあっという間に過ぎて、「ごめんなさい、そろそろお暇しないと……」と成さんが切り出したときには、もう午後二時になっていた。


 そして、僕たちの会合はそれでお開きとなって、「じゃあまた会いましょう」と約束しあって――柘榴塚さんですら成さんのその言葉に頷くくらいには打ち解けていた――僕たちはそれぞれの家路についた。


 そんなこんなで楽しいオフ会を終えて、家に帰った僕を待っていたのは――。

 いつか柘榴塚さんが予言していた通りのことだった。


 すなわち。


 懸賞で当たったプレミアムソース【百年の滴】が、今日ずっと一緒にいたはずのおこのみ革命さんに盗まれていた、という事実だった。


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