スープ編:竜の溺愛を食す

第10話 『星さえ砕く竜の溺愛、喉を焼く黄金のスープ』

=======筆者前書き=======

近況ノートにメニューのイメージ映像2ページ目をご用意しました♪

https://kakuyomu.jp/users/malka/news/822139841068116004

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 カチャリ。

 綾霞の銀のレードルが、スープチューリンの縁を叩く音がした。


 途端、むわりと立ち上る熱気が、私の全身を撫でた。

 それはただの湯気というより、もはや竜の吐息のよう。


「さあ、お召し上がりください。……冷めないうちに。いえ、このスープは『冷める』ことなど、許さないのですが」

 皿に注がれた液体は、粘度の高い黄金色。

 表面には、溶け残った金粉がキラキラと瞬いている。まるで、器の中に小さな銀河を閉じ込めたかのよう。


「『竜ドレス』、一匙目。……星々を縫い合わせる指先が、何を紡ぎ出すのか。その目で、その舌で、お確かめください」


 私はスプーンを手に取るが、指先が熱さでひりついた。

 器自体が、高熱を発しているのだ。


「ふふ、熱そうですわね。……フーフーして差し上げましょうか?」

 紗雪が横から顔を覗き込み、悪戯っぽく息を吹きかける。

 けれど、黄金の液面は揺らぎもしない。


 そこにあるのは、絶対的な熱量と、空間そのものを歪めるほどの『愛の質量』。

「遠慮なさらず。……その『重み』ごと、飲み干していただくのが作法でございます」

 綾霞に促され、私はスプーンを持ち上げようとする。


 重い。

 たった一掬いの液体のはずなのに、鉛の塊を持ち上げているよう。

 手首が悲鳴を上げる。


 私は震える手で、なんとかそれを口元へと運ぶ。


 ――ジュッ。

 唇が触れるより早く、熱気が皮膚を焦がす。

 あまりの熱気に驚嘆し、スプーンを取り落としてしまう。


 ただのスープ、液体……のはずなのに。

 机には床まで貫通する穴が開き、その縁は溶岩に触れたように赤熱し、炭化している。


「大丈夫、ぐいっと、ごくっと。いってくださいな♪」

 紗雪が気にした風もなく、新しいスプーンで黄金の液体を掬う。


 彼女はふわりと息を吹きかけ、舌先でチロリと味見をする。


「ん……熱い。でも、甘いですわ」

 潤んだ瞳で私を見つめ、濡れたスプーンを私の前に差し出す。

「はい、あーん♪」


 絶対ダメなのでは? と思いつつも、澄み切った翡翠色の瞳に屈して。

 あーん。


 唇に触れた瞬間、微かな疼きが走った。


 火傷どころでは済まないはずの圧倒的な熱がしかし、私の唇に触れると、途端。

 濃厚な愛撫。


 熱い、けれども心地よい雫が歯茎を、舌を、頬の内側を。

 舐めるように流れる。


 熱による痛みと、ねぶるような快楽が混ざり合い、陶酔の果ての情熱的な接触。

 口の中に流し込む。


 煮込まれた竜の鱗、溶かし込まれたこの世の物ならざる財宝。

(ああ、邪魔だ。この子以外、全部消えてしまえばいい)

 脳裏に焼き付く、傲慢で純粋な思考。

 そして――世界を滅ぼしてでも一人の少女を守り抜くという、狂おしいほどの『加護』の味。


 喉を通る液体が、食道を焼きながら胃の腑へと落ちていく。


 先ほどまでの寒気が嘘のように消し飛び、身体の内側から、太陽を飲み込んだような熱が爆発した。



 ◇  ◇  ◇



 ……ああ、愛おしい。


 気がつけば、私の視界には一人の少女が立っていた。

 新雪のように白い肌、月光を紡いだようなプラチナシルバーの髪。

 触れれば壊れてしまいそうな、世界で一番美しい硝子細工。


 私は彼女の背中に冷たいメジャーを這わせる。

 測る必要なんてない。一瞥しただけで、彼女の細胞の一つ一つまで把握しているのだから。

 これは儀式だ。

 この華奢な肢体に触れ、体温を感じ、私の『所有物』であることを確認するための。


「ん……くすぐったい、わ。ラズリ」


 吐息のような声が、鼓膜を震わせる。

 可愛い。たまらなく可愛い。

 今すぐこの薄い皮膚を食い破り、その全てを私の胃袋(宇宙)に収めてしまいたい。


 スープが喉を滑り落ちる感触に、喉の奥で『捕食衝動』にも似た渇望が暴れまわる。


 私の指先は、白い肌の上を滑る黒いレースの手袋。

 背徳的なコントラスト。


 ふくよかな私の胸の内側では、この星すら消し飛ばしかねない『竜の熱』が渦巻いている。

 それを無理やり、深紅のコルセットで締め上げ、人の形に押し留める。擬態。

 苦しい。熱い。

 けれど、この締め付けこそが、愛の重さ。


 私は震える手で紗雪からスプーンを受け取り、一口目に残る黄金の液体と共に、煮えたぎるような独占欲を飲み込んだ。



 ◇  ◇  ◇



「……いい匂い」

 紗雪が、私の首筋に鼻を寄せ、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 こしょばゆい吐息が、さらなる熱を孕んでいる。もうそこに人形の冷たさは残っていないよう。


 彼女の翡翠色の瞳孔が、爬虫類のように縦に細長く裂け、黄金の燐光を放っている。


「あなた様から、焦げた砂糖と……星の匂いがしますわ。ああ、なんて美味しそう」

 彼女が私の首筋を這うように舌なめずりをする。

 私の身体は、熱で火照っているはずなのに、動けない。

 まるで、見えないコルセットで締め上げられているように、四肢が重い。

 胃の腑に溜まるたった一掬いの黄金の液体が、私の全身を椅子に縫い留めている。


 これが『愛』の重さなのか。

 それとも、縦に裂けた紗雪の瞳が、物語に聞く魔眼のごとく私を縫い止めているのか。


 綾霞が、空になったスプーンに、追い討ちをかけるように、

「まだ、一口目ですよ?」

 かき混ぜられたスープチューリンの底から、どろりとした赤い塊――スパイスを練り込んだマカロニだろうか? 掬い上げ、見せつけるようにレードルの中で遊ばせる。


「次はもっと濃厚に、もっと刺激的に。……ただの勘違いから始まる、世界を焼く炎の味をご用意いたしましょう。ですからまずは、そのままご堪能あれ?」


 私の胃袋の中で、黄金のスープが脈打つ。

 それは消化されることを拒み、私の身体を内側から『竜の愛』で満たそうと暴れまわっていた。

 逃げられない。

 この熱からは、どうあっても、もう逃げられない。




【本日のメニュー:Potage 温かいスープ】

『竜ドレス』 ~天竜の溺愛をじっくり煮込んだ、黄金のコンソメスープ~

 第1章 『銀河を縫う指先』

https://kakuyomu.jp/works/822139840101137517/episodes/822139840189296163

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