第13話 サイド攻撃は瞬間移動の如く

大森珈琲店で仕事の合間の一休み。これ自体は僕の極めて平凡な日常の行動の一つだ。いつの様にカウンター席に座り、汐入が入れた珈琲で一息つく。


僕、能見鷹士は個人事業主としてコンサルタントを生業としている。元は大手シンクタンクで働いていたが、ブラックな企業風土に嫌気がさし、三十路が見え始めた28歳で退職。一念発起し、中小企業に特化した地域密着のビジネスコンサルタントとして起業した。B級グルメ、クラフトビール、映えスポットやパワースポットの開拓、アニメとのコラボや聖地巡礼のツアー、プロモ動画、SNSの活用など、商店街復興、地域活性化の為にあらゆる企画を地域の人と一緒に伴走するのがモットーだ。


そして珈琲を淹れてくれたのは汐入悠希。亡き父親の残した探偵事務所を継いでいるが、仕事のない時は大森珈琲でバイトをしている。つまりほとんどの日は大森珈琲にいる。

実を言うと汐入とは中学時代の同級生なのだが、当時はあまり親しくはなかった。女子剣道部にいたかな、ぐらいのうっすらした記憶しかない。高校は別だったが通学の電車が同じだったので話すようになり、それから親しくなった。所謂、腐れ縁ってやつだ。


「能見、仕事はひと段落したか?」

汐入が聞いてくる。

「ああ。抱えている案件の進め方について頭の整理はできたよ。今は珈琲を飲みながらの休憩だ。少ししたら事務所に戻るよ」

「そうか。ま、ゆっくりしていってくれ」

汐入がそう言った時、お店のドアの開く音が聞こえた。


「いらっしゃいませ」

店長の大森さんが入ってきた男性客に挨拶をする。歳の頃は四十ぐらいか。オールバックに髪を撫で付け、締まった体にスーツがよく似合っている。

「汐入さんとのアポがあるのだが、ここでいいか?」

眼光鋭く、サラリーマンって雰囲気ではない。

「ええ。こちらで結構ですよ。汐入、お客さんだ」

大森さんはそう言って今来た客人をカウンターに案内する。


汐入探偵事務所は大森珈琲の入る建物の2階にある。汐入が探偵業のない時に大森珈琲でバイトに精を出せるのも、その立地の近さが要因だ。探偵事務所のドアに「下ノ喫茶店ニ居リマス」と書いたプレートをかけているという訳だ。そんな次第で汐入のクライアントが大森珈琲を訪れることはしばしばある(クライアントのコーヒー代は社員割引の価格で汐入のバイト代から天引きされるらしい)。


「ホットコーヒーを頼む」

客人は大森さんにそう言いながらカウンター席に腰掛ける。


「ワタシが汐入だ。連絡をくれていた木場さんか?」

「ああ、木場だ」

あれっ?と汐入が声を上げる。

「初めまして、ではない気がするが・・・」

と客人に尋ねる。

「見覚えがあるかな?そうだな。名乗るのは初めてだが、以前、君とは話したことはある。県立工科大学の酸欠事件の時、善意の第三者である君から話を聞いた警察の人間の一人だ。刑事の木場だ。よろしく」


「刑事か!刑事がワタシを訪ねてくるなんて、ワタシもいよいよ本格的な探偵って訳だな!」

汐入はカウンターに座る僕に自慢気に話してくる。

「おや?君は・・・」

木場と名乗った刑事さんが僕の顔を覗き込む。

「あ、はい。能見と言います。工科大学の件では汐入と一緒にお伺いしています」

「そうか。探偵さんの相棒ってわけだな。ま、いいだろう」


木場さんは汐入から渡されたウエットティッシュで手、次いでおでこを拭く。落ち着いた所作で丁寧にウエットティッシュをカウンターに置き、話し始める。

「汐入さん、工科大学の件は見事だった。ほぼアンタの推察通りだった。その観察力、推理力を見込んで相談がある」

ふむ、と汐入の目が色めき立つ。

「表立っては相談しにくいんだがな。捜査上の秘密とやらで・・・。お礼はちゃんとする。俺のポケットマネーで」

「どの財布から出ようがワタシは全く構わない。こちらも秘密はしっかり守る。安心して話して欲しい」


大森さんが「ホットのブレンド。どうぞ」と珈琲を持ってきたが、無関心を装い、すぐにカウンターの奥に戻ってしまった。


「この間、ちょっとした盗難事件があってな・・・。ホシは分かっている。ほぼ間違いなくそいつの仕業なんだが、最後の詰めでこちらの隙につけ込まれた」

木場さんは珈琲を軽く口に含む。

「詳しく聞こうじゃないか」

汐入が応じる。



   ◇◇◇


「そうだな、ホシの名前を仮に星田としよう。1週間前、ちょうどサッカーの日本代表の試合があった日だ、星田はその日、あるお宅に盗みに入った。Aさん宅とでも呼んでおこう。星田がAさん宅で盗難に要した時間は数分。あっという間だった。手際の良さから常習犯だと思う。多分ほかにも余罪はあるだろう。軽微な犯罪だろうがな」

「ふむ。それで?」

「詳しくは話さないが、いろいろな観点からホシは星田で間違いないと踏んでいる。だが、裏取りである問題が発生した」

「問題、とは?」

僕も興味津々だ。汐入の的確な質問によしよしと心の中で相槌を打つ。


「聞き込みから星田の行動を時系列で整理すると、ほぼ同時刻に異なる場所で行動をしていることになってしまった」

「同時刻に異なる場所で行動?ドッペルゲンガーでもいるのか?それともテレポテーションか!?」

探偵という職業とは到底思えない、理論性からかけ離れた言葉が飛び出す。だが、木場さんは表情を変えず続ける。

「どちらもあり得ないが、聞き込みの証言から時刻を推定するとそうなってしまう。証言に間違いがないと仮定するなら、瞬間移動でもしないと矛盾が生じる。だから困っている」


おお!なんという展開!ドラマなら、面白い、実に興味深い、みたいな台詞が飛び出しそうな出来事だ!これは木場さんの話しを聞き終わるまで僕は仕事に戻れないぞ!

「ふむ。面白い。実に興味深いな」

あ、ベタに言うんだ、汐入・・・。


若干、僕が引いていることは全く気にせず汐入が続ける。

「時系列を詳しく教えてくれ」

「ああ、もちろん。それが今日の相談で一番大事なところだ。なに、そんなに複雑ではない」

と言って木場さんは一枚のメモを見せる。


メモには上下に二つの時系列のパターンがある。「上段が俺たちが考えている時系列だ」

そこには19時30分アパートを出る、31分A宅到着、34分犯行完了、35分アパートに戻る、と書き込んである。

「まずは犯行時刻を19時31分と仮置きしよう。星田のアパートからAさん宅は自転車や原付で1分程度。どんなに素早く犯行に及んでも忍び込み盗難するのに3分はかかるだろう。そしてアパートに帰ってくるのにさらに1分程度。つまり19時30分頃にはアパートを出て、31分頃犯行を開始、34分頃に犯行を完了し、35分頃アパートに帰ってくる、という時系列にならないと犯行は成り立たない」

「ふむ。なるほどな」


「そして下段が聞き込みの情報から作成した時系列だ」

そこには19時30分の部分に「星田がアパートを出る」「Aさん宅で犯行に及ぶ」「星田がアパートに戻る」と書き込まれている。


「近所での犯行だが流石に1分も違わずにこれらの行動はできない。これでは星田が犯行可能とする俺たちの考えに矛盾する」

「うむ。だが、ホシは星田で間違いないんだろ?」

「ああ、間違いない。間違いないのだが・・・取り調べに当たった若い奴がうっかり口を滑らせた。星田に、どうやって19時30分にアパートを出て同時刻に犯行をして同時刻に帰って来れたのか?って質問しやがった・・・。相手は常習犯の手練れだ。こちらに綻びがあると察知し、途端に畳み掛けてきた。それは自分には犯行は不可能ってことじゃないんですか、刑事さん、って」

木場さんは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

汐入は、やれやれ、と口を歪め肩をすくめる。


「理屈はわかるが数分のズレがそんなに重要か?証言した人達が答えた時刻だって19時半頃、とかぼんやりしてるんじゃないのか?」

「それがそうではないことが問題なんだ。時刻の推定自体は実にシンプルだ。現場周辺に聞き込みをした結果、Aさん宅の物音や星田のアパートの出入りなど、全てが‘’日本代表が点を取った時だ‘’という証言となった」

「つまり———そんなに皆、代表の試合を観ていたのか!?」

いや、汐入、そこじゃないだろ!と心の中で全力でツッコむ!木場さんは動じず冷静に言葉を継ぐ。


「代表の試合は19時キックオフだった。そして試合結果をみると日本代表が点を取ったのが前半30分。19時30分だ。試合は1-0で日本の勝利。その時間以外には点は入っていない」

「そーゆーことか!確かにその証言なら数分ものズレは生まれないだろうな。今の話だけで判断すると日本代表がゴールした同時刻にすべての事象が発生したと考えられるな!実に興味深い!」

また言うのだね、汐入よ。実は気に入っている?それとも木場さんをいじっている?


「でも待てよ。アパートを出るのと入るのとは区別できるのか?」

「詳しく話すと、星田のアパートの出入りについては、星田の部屋の左右の住人に話を聞いた。右隣りはRさん、左隣はLさんとしよう。Rさんは足音とカギを開ける音、ドアを開閉した音をこの順に聞いたといった。だからこれは帰ってきた際の物音だろうと判断した。出たことには気が付いていない、あるいは覚えていないとのことだ。一方、Lさんは逆だ。ドアを閉めた音に次いでカギをかける音を聞いた。足音には言及していない。アパートの廊下を歩いて出口に向かう際にはLさんの部屋の前は通らないからだろうな。Rさんの証言を鑑みるとLさんの証言は出掛ける時の物音だろう」

「で、時刻の裏付けとしては二人とも、点を取った時だ、と言ったということか?」


「ああ、そういうことだ。彼らの言葉通りに言うならば、Rさんは、日本のゴールが決まった時だった、と言いLさんは、久保田ケフサ選手がシュートを決めた時だった、と言った」

「ふむ。で、Aさん宅近隣はなんと?」

「ああ。物音がしたのは点が入る頃だったかな、と言っていた」

「なるほどな。表現は違えど、確かに日本代表が点を取ったという同じ事象を表しているように思えるな・・・。うーむー・・・」

と言い、汐入はしばし考え込む。


「ふむ。ところで久保田選手はハーフなのか?イケメンか?」

「ん?ああ、そこ大事なのか?母親が日本人で父親が中米の血筋らしい。ケフサ選手はなかなかのイケメンだ」

「いや、全く大事ではない。ワタシの予想通りイケメンなんだな、ヨシ!」

ヨシ!って?なにが?しばしば汐入の思考は理解できない。


「木場刑事、少し時間をくれ。明日、何かしら見解を述べよう。それでいいか?」

「明日だな。よし、いいだろう。汐入さん、期待しているぞ!瞬間移動の謎を解いてくれ!」

と言って木場さんは大森珈琲店を出て行った。



   ◇◇◇


さて、僕もそろそろ仕事に戻るか、と席から立ち上がったその時、

「能見、今夜付き合え。貴様は確か、スポーツ系の有料チャンネルに加入していたな」

と汐入が話しかけてきた。

「え?入っているけど、それが何か?」

「一緒に代表の試合を見よう!久保田選手のご尊顔を拝みたい」

「はぁ・・・。まぁいいけど。多分アーカイブ配信でまだ見れると思う。じゃ、夜、家に来てくれ」

「では19時前には貴様の事務所に行く。犯行の日と同じ時刻に合わせて見てみよう!」

仕方ない。確かに木場さんの話しは興味深い。汐入の謎解きに協力するのも悪くないだろう。

「了解した。じゃあ、待っている」


18時50分頃、汐入が来た。テレビの前に二人で座り、スポーツチャンネルのアーカイブから例の代表戦を再生する。

「なぁ、能見、簡単にルールを確認したいのだが、サッカーはボールがゴールに入れば得点なんだな?」

「ああ、言わずもがなだ。それだけ知っていれば充分だ!」

「ファール何回かでポイントとか、ロングシュートなら3点とかは、ないんだな?」

「くどい!サッカーの得点はゴールのみ、一つのゴールにつき一点だ!見るぞ!」

「わかった。では、シュートがゴールに入るところをしっかり見る」


国歌斉唱で俄然気分が盛り上がる!ほぼ19時に合わせ試合が始まった。


結果が1ー0で終わるだけはあり、なかなか引き締まった試合だ。双方、プレスが厳しく攻守の切り替えが早い。


汐入はどれが久保田だ?おお!ケフサはこれか?確かになかなか良い男だな、などと試合はそっちのけで選手をウォッチしている。


試合開始から29分。そろそろ点が生まれる頃だ。

相手のクロスが日本のゴール前に入る。ゴール前の激しい競り合いに勝ち何とか日本がクリアする。クリアされたボールはセンターサークル付近に落下し、再び競り合いとなる。ヘディングで競ったボールはルーズボールとなり、相手側のコートに流れる。ここでボールを保持できてばチャンスだ!

日本の右サイドに流れワンバウンドしたボールに久保田選手と相手ディフェンダーが寄せる。一瞬早くボールに寄せた久保田選手は、バウンドし宙に浮いているボールを右肩で上手く前に弾き出し一気に加速してディフェンスを置き去りにする!

そのままサイドを縦に突き進んだ久保田選手は二人目のディフェンスと対峙する。右足インサイドで切り返し中に切り込む、と思いきや瞬時に左足で前方にボールをコントロールし、瞬間移動の如く縦に突破し二人目も置き去りにする!

そしてそこから中央に切り込み放ったシュートはニアサイドの僅かな隙間からゴールに吸い込まれた!

結果を知っているにも関わらず、ウォォー!ナイス!ケフサ!!と叫び、汐入とハイタッチをする!

が、しかし!


「あれ?能見、これどーゆーこと?」

と汐入が怪訝な顔をするので僕は向き直ってテレビを見る。

「あっ、これは・・・」



   ◇◇◇


翌日、僕は大森珈琲店で汐入と、木場さんの来店を待っている。

「おっ、木場刑事、来たか」

「おう。瞬間移動の謎は解けたか、汐入さん」

とカウンターに腰掛け汐入に答える。


「ああ。謎は解けたぞ。ところで、木場刑事、日本代表の試合はしっかり見たか?」

汐入は木場さんの為に豆を挽きながら話しを続ける。

「ん?事件の時の試合か?いや、見てない。色々あってそれどろこではなかった」

「ふふっ、そうか。詰めが甘いな、木場刑事。聞き込みの証言の裏どりをしっかりしないとな!」

汐入は得意気に言葉を続ける。

「なあ、もう一度、聞き込みの証言を確認させてくれ。まずは星田がアパートを出る時と思われるLさんだ。何と言った?」


「Lさんか?Lさんは、久保田ケフサ選手がシュートを決めた時だった、と言っていた」

「ふむ。良いだろう」

挽いた豆をフィルターに入れゆっくりとお湯を注ぎながら汐入が頷く。


「では次にAさん宅近隣の人は何と言った?」

「ああ、それは、点が入る頃、だったな」

ゆっくりと褐色の液体が滴となりドリップされる。


「うむ。最後だ。Rさんは?」

「日本のゴールが決まった時だった、と言っていたな」

と木場さんが答える。汐入は木場さんに珈琲カップを差し出す。

「なるほど。よし、ワタシのオリジナルブレンドだ。味わってくれ」

ああ、頂くとしよう、と木場さんが珈琲を口に含む。


木場さんが一口、飲み終えたのを見届け、汐入は続ける。

「改めて聞くと、この三人は実に正確に状況を表現しているな!この証言に全く矛盾はない!」

「なんだって!どう言う事だ?汐入さんよ!皆、得点が入った時を指しているだろう?」

「違うんだな、それが。木場刑事、日本代表はしっかりと応援した方がいいぞ。この得点においては、シュートを決めてから得点になるまでタイムラグがあったんだよ!」

「えっ?あ、もしかして・・・」


僕が説明を補足する。

「そうなんです、木場さん!昨日、この試合のアーカイブ配信を見ました。久保田選手がシュートを決めたのですが、その前のプレーに疑義があってVAR(注:ビデオアシスタントレフリー/ビデオの映像を見直して審判が判定する)の確認が入っていたんです!非常に難しいプレーで久保田選手のトラップが右肩か右腕か、つまりハンドの反則になるかどうか、かなり時間をかけてビデオによる判定が行われたんです!」


「そうだったのか!?だからシュートを決めた時、点が入る頃、ゴールが決まった時、なのか!!確かにシュートがゴールに入る、判定中、得点と判定される、とそれぞれの事象を言い表していると考えれば矛盾はないな!」

木場さんは合点がいった、という様に僕らの謎解きに同意してくれる。

「ああ、そう言う事だ!」

「わかった!汐入さんよ、ありがとう!恩に着るぞ!」

「ああ。礼は弾んでくれ!久保田選手の試合に招待で手を打とう!待っているぞ!」


久保田選手は今シーズン終了後、欧州に移籍だ。今ならまだ国内リーグで見れる。木場さん、危なかったね〜!来年だったら欧州旅行になってしまう。

「おっ、おう。Jリーグのチケットだな。よし、ペアで手配してやる!能見くんと行ってこい!」

えっ!僕?

「いや、木場さん、僕の分はいいですよ!」

「口止め料だ!折角だから一緒にいってこい!」

汐入をチラッと見る。特に何も言わず成り行きを見ているようだ。わかりました。ここは素直に頂きます。

「木場さん、ありがとうございます!」

久保田選手の瞬間移動の如きサイドの突破、楽しみだ!


                  (おわり)

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