第11話【アオハル編】烏と鹿と狐と・・・
僕、能見鷹士は三十路を前に一念発起し、中小企業に特化した個人コンサルタントとして起業した。そして何故かいつも探偵業を営む汐入悠希の無茶振りに巻き込まれてしまう。この間も猫探しやら知財のコンサルやらに巻き込まれたばかりだ。
そんな汐入と腐れ縁の始まりは高校生の時分に遡る。東亜細亜大附属第三高等学校(通称アジ三)の一年生汐入と龍ヶ淵高校(ブチ高)の一年生の僕は、龍ヶ淵工業(ブチ工業)の一年生番長千本松くん、二年生の梅屋敷さん、大森さんとひょんなことから知り合い、奇妙な形で仲良くなった。これはその高校時分のお話し。
◇◇◇
学校からの帰り、いつもの大森珈琲ではなくその一つ上の階、汐入探偵事務所の応接ソファーにいる。そう、先日、引越しを手伝った汐入のお父さんの事務所だ。
「親父は今、出ている。夕方に戻ると言っていたからそのうち帰ってくるだろう。ま、ゆっくりしていってくれ」
と汐入。
「うん。ありがと」
まだなんか慣れない。大森珈琲の方が落ち着くと思ってしまうのは汐入のお父さんの事務所だからなのか、汐入と二人きりだからなのか・・・。
「そういえは能見の学校は修学旅行、いつだ?」
緊張も解けぬ間に不意に聞かれた。
「10月6日から3泊4日だったかな」
緊張を悟られぬよう、ごく普通の口調を装う。だが背中はソファーにはついておらず上体は直立したままだ。
「そうか。ワタシは10月2日から7日までの4白5日だ。鹿児島、福岡から東に進み、広島、神戸、京都といった感じだ。神戸からはほぼ自由だ。大阪、京都、奈良など近県の好きなところに行ける」
「へぇ〜、そーなんだ!僕の学校は京都から入って西に進むよ。大阪、神戸、広島って感じ」
答えながら、微妙にニアミスするかな?などと考える。
「ふむ・・・」
汐入は相槌を打ちしばし沈黙。僕はようやくソファーにもたれる。
「能見、貴様、6日は京都近郊か?」
「そうだね」
「自由行動か?」
「そんな感じだったかな。高校生になって、小中学生のように皆で金閣寺、なんて無理だよね」
ニヤリと汐入が笑う。
「そうか。なら抜け出して来い」
汐入が突拍子もないことを言い出したぞ。怪訝な顔をして汐入の言葉を待つ。
「ワタシは行きたいところがある。ま、付き合わせるだけでは申し訳ないから、ワタシがプランを立てて案内してやる」
「ん?どーゆーこと?6日は汐入が京都を案内してくれるってこと?」
「ああ、そうだ。朝、どこかで落ち合おう」
「わかった。多分できると思う。けど、どこ行くの?」
僕が質問をしたその時、ガチャっとドアの開く音がして、
「やあ、能見くん、来ていたのかい」
と圭一郎さんが事務所に戻ってきた。
「こんにちは。お邪魔しています」
「おう、親父。おかえり」
僕と汐入がほぼ同時に言葉を返す。
「ゆっくりしていってね」
圭一郎さんは穏やかに微笑みながら言葉をかけてくれる。父娘なのに無愛想な汐入とは正反対だ。
「親父、例のものだけど、今度、修学旅行で京都に立ち寄る時に能見と探しに行くことにした」
「そうか。いいけど、あまり能見くんに迷惑かけるなよ」
圭一郎さんは汐入に言い、そのまま視線を僕に向けて続ける。
「ごめんね、能見くん。いつも悠希が好き放題やってて。嫌なら付き合わなくて良いからね」
「あ、いえ、僕の方は全然構いません」
状況を飲み込めぬまま差し障りのない返事をする。例のもの?京都?さっきの話の件か?一体、汐入は僕を巻き込み何をしようとしているんだ?
「ふふっ。能見、キョトンとしているな。どこへ行くかは当日のお楽しみだ!」
「お楽しみかぁ・・・うん。だいぶ怖いけど、じゃあ、その日は汐入に任せるよ」
言葉とは裏腹に、僕はちょっとテンションが上がっている。巻き込まれるのが嫌なわけではなく、むしろ悪くない、と思ってしまっている。京都が楽しみになってきた!
◇◇◇
京都自由行動の日———汐入と合流する。頻繁に会う汐入だが旅先で会うのはなんか変な感じだ。白黒の写真の一部だけがカラーになったかの様に浮いている。いや、逆かな?いつもの汐入だけど周りの景色がいつもと違って色鮮やかに見える。
「今日はこれだ」
と言って汐入はメモを見せてくれる。
「ワタシにとっては謎解き、貴様にとってはどこに行くかわからない、二つの意味でミステリーツアーだな、今日は」
汐入が得意気に語るのを聞き流しメモを見る。そこには———
烏と鹿の間の狐
馬より下りて左の鳥
———と書いてある。
「なにこれ?どここれ?馬に乗るの?」
立て続けに頭に浮かんだ疑問を汐入に投げかける。
「うむ。まず一つ目の回答だが、これは母方の祖父が残した手紙だ。ワタシへの形見わけらしい。そして二つ目の回答だが、つまるところ狐に行けば事足りるのだが、折角なので他もいってみようと思う。三つ目の回答だが、乗らない」
律儀に汐入は一つ一つ答えてくれる。前半部は何となくわかった。最後もよくわかった。中ほどがよくわからなかった。
「つまり、おじいちゃんの形見がどこかに隠されているってこと?」
「その通りだ」
「で?動物園にでも行くってこと?」
「やれやれだな。事務所でこれを見たのであればその発想もわかる。でもここに至りてそれはないだろう!?この辺で鹿と言えばどこだ?」
「・・・あ、奈良公園」
「まあ、そうだな。そんな感じで、これはそれぞれ場所を示している。この手紙の意味するところはだいぶ前に目星は付いたんだけど、京都や奈良の場所を示しているのだとしたら、なかなか来れないしな。それに、まあ、何というか結構大変だと思うんだよね。なんせ数が多いからな・・・」
ん?そもそもよくわかってないのに更によくわからない呟きを投げかけられたぞ。後半部分は理解不能だ。数が多いって・・・一体、何のことだ?
頭に「?」が浮いている僕に構うことなく汐入は続ける。
「まずは烏から行こう。烏とはなんだと思う?」
僕の頭にさらに「?」が増える。
「烏はカラスだろ。黒い鳥の」
「そろそろ学んでくれ。場所だぞ。よし、ヒントを出そう。鹿はさっき奈良公園と言ったが、奈良公園の鹿は神様の使いと言われている。そう考えると、どう読める?」
なるほど。少しわかってきたぞ。
「えっと、つまり、烏が神様の使いをしている場所・・・神社があるってこと?」
「そうだ。追いついてきたな。神様の使いの烏ってなんだと思う?きっと見たことあると思うぞ」
神様の使いの烏・・・。なんだ?知らないぞ。見たことあるだって?あるかな?
汐入は右掌を左胸に押し当て少し上を仰ぎ目を閉じる。
このポーズは・・・?ハッ!!国歌斉唱!日本代表!サッカーだ!
「八咫烏!!そうか、たしか勝利への道先案内をする存在だとか聞いたことがある!」
「ご名答!三本足の烏!八咫烏はな、実は熊野神社の使いなのさ!さ、行くぞ!」
◇◇◇
僕たちは一礼して石でできた鳥居をくぐる。手水舎でお清めをして本殿に向かう。本殿は権現造りで、屋根の構造が重厚で瓦の灰色が落ち着いた雰囲気を醸し出している。左右を見ると、あれ?狛犬は烏じゃない。獅子かな?
「まずはお詣りしよう」
と汐入が言うのでそれに従う。
お賽銭を入れ二礼二拍手一礼。まずは今日一日、楽しく過ごせます様に、とささやかなお願いをする。
「熊野神社には、神武天皇が熊野から大和への道のりを八咫烏に導かれ、大和を平定したという神話が語り継がれているようだ。さて、八咫烏は見つかったかな?」
再び僕は周囲を見回す。すると———
「あった!」
提灯に八咫烏が描かれている!
「よし、烏はこれでOKだ。次は奈良に出向くぞ!と言いたいところだが、そこに時間をかけられない事情がある。それは追々わかると思うけど、まずはこの手紙の鹿の解読についてワタシの考えを述べよう」
◇◇◇
「さっき鹿は奈良公園だと言ったが、実を言えばワタシはそれでは不十分だと考えている。正確にはおそらく春日大社だ。春日大社では鹿が神様の使いをしている。なんでも春日大社の神様、タケミカズチノミコトと言うらしいが、その神様は鹿島神宮から鹿に乗ってやって来たらしいぞ」
京都駅へ向かう地下鉄のシートに座り、隣で汐入が語る。
「詳しいんだね、汐入」
「詳しくはないさ。今日はガイドを務めるから勉強してきただけだ。しかし、鹿に乗ってくるなんてな・・・。鹿は馬より華奢な気はするけど、なかなかやるもんだな。話がそれた。元に戻そう。つまり烏、鹿は神様の使いで、それぞれ熊野神社、春日大社と神社を示している」
うん、うんと僕は相槌を打つ。
すると、汐入はスマホを取り出し、地図アプリをタップする。そして京都から奈良付近の地図を示す。
「ここが熊野神社だ」
地図上にピンを立てる。
「そして、春日大社」
ともう一つピンを立てる。
「この2点を結ぶ線上に何があると思う?」
「えっと、狐の神社・・・お稲荷さんかな」
「そうだ。でもお稲荷さんは物凄くたくさんある。つぶさに調べたわけではないけど、もしかしたらこの線上に複数のお稲荷さんがあるかも知れない」
なんせ数が多いからな・・・という汐入の呟きを思い出す。
「えっ、まさか!それを一つ一つ調べるの?」
「いや、それには及ばない。この線上には間違いなくこれだ、と言えるお稲荷さんがある」
僕は地図を凝視する。
「あっ!伏見稲荷!」
「そう!お稲荷さんの総本宮、伏見稲荷大社だ!行くぞ!」
◇◇◇
京都駅で乗り換えて稲荷駅で降りる。改札を出ると、ドーン!と大きな朱の鳥居が出迎えてくれる。
「ひとまず狐に辿り着いたな。お稲荷さんは狐が神様のように思っている人が多いが、ここの神様はウカノミタマノオオカミと言う。五穀豊穣の神様だ。その使いが狐と言うわけだ」
汐入がガイドをしてくれる。神社の神様が誰方かだなんてこれまで考えたこもはなかったな。これからはどんな神様が知った上でお願い事をしよっと。
「ここに目的のものはあると思う」
ん?ああ、そうか。ここに来て終わりじゃないんだっけ。ここから更に探すのか。
「ま、まずはお詣りしよう」
ここでも丁寧に礼をして鳥居をくぐる。そして先ずは本殿を目指す。なるほど、本殿へと繋がる参道に立派な門があり、その左右には強そうな狛犬ならぬ狛狐?が睨みを利かせている。
丁寧に本殿をお詣りする。僕は、無事に汐入の探し物が見つかります様に、と願掛けをする。
お詣りが済み、順路に沿って本殿の裏手に回る。
「あ、汐入、馬だ!」
小さな社に白馬の像がいらっしゃる。
「これは神馬舎(しんめしゃ)と言って神様が乗る馬が奉納されているようだ」
「馬ってこれのことかな?」
「残念ながらワタシはこれではないと考えている。今朝、言ったが馬には乗らないからな。手紙の意図は馬から「おりる」ではなく馬より「くだる」の意味だと思う。ここはまだ下れるほど上ってないからな。目当ての馬は山の上だ」
なるほど。確かにその解釈が妥当なのかもしれない。本殿より前であれば門や大鳥居を目印に書きそうなものだ。
「さて、ここから上るぞ。馬より下りて左の鳥、を探さなくてはならない。左の鳥とは恐らく鳥居の左側を指しているのだと思う」
ふん、それで?と思い僕はハッとする!なんせ数が多いからな・・・という汐入の呟きが再び脳裏をよぎる。
「もしかして・・・伏見稲荷の鳥居って・・・」
「・・・そうだな・・・これだ。千本鳥居だ・・・」
これかぁ〜。こっちのことだったかぁ〜。ここに来てようやく汐入のお父さん、圭一郎さんが発した気遣いの言葉の意味を知る。うん。確かに迷惑千万、できることなら断りたい。
本殿から奥に入ると早速無数の鳥居が目に入る。隙間なく連なる朱色の鳥居が作り出す空間はそこだけ色があるかのように周囲とは趣を異にしている。静謐な雰囲気と相まってまるで別世界への入り口の様だ。
「・・・これを全部見て回るの?」
「いや、全部は必要ない。馬より下りて左の鳥、と指定がある。つまり、馬から下の鳥居を探せってことだと思う」
「馬ってどこ?」
「それはお楽しみだ!さ、登るぞ!」
案内図を見る。どこに馬があるのかわからない。馬に着くまでは鳥居をつぶさに見なくてもいいって事だろうけど、馬を探しながらこの山道を行く訳だ。もし山道を制覇するとなると結構な道のりだぞ。なるほど、奈良に時間をかけられないわけだ。
◇◇◇
無数に並ぶ鳥居が織りなす朱色のトンネルを進む。途中、途中に多数の小さな社がある。一体、どれだけの神様が祀られているんだろう?
「いろんな神様がいるだろう。せっかく来たんだから能見も御利益を賜りたい神様を探すと良い。色々あるぞ。縁結びや学業向上、足腰の神様なんてのもある。あ、馬も探してくれよな」
と意地悪な笑みを浮かべる。汐入は目星がついているから高みの見物ってわけだ。
熊鷹社、三ツ辻、を踏破し四ツ辻まで来た。
「結構、キツイね」
すでに僕の額は汗ばんでいる。馬を探しながら途中の社なども見て回った為、かなり時間がかかっている。ここまで既に一時間ぐらいか。
「ああ、でも良い眺めだ。なかなかここまで登ることもないからな。いい機会だ」
ここから峰を上がっていく。右回りの経路を取る。馬を探しながら三ノ峰、二ノ峰と一ノ峰を目指す。更に小一時間は歩いただろうか?遂に一ノ峰に辿り着いた!
石の鳥居をくぐり階段を登る。階段の途中にも小さな祠がある。馬はいないみたいだけど。
階段を登り切り一ノ峰上社神蹟に到着だ!
「汐入!稲荷山、制覇だ!」
「ああ!やったな!能見!」
ペットボトルのお茶で祝杯をあげる!
目的とは違うけどこれはこれで達成感はある。
「さて、ここで達成感に浸っている暇はない。先を急ごう」
そうなのだ。まだ馬が見つかっていない。当然、目当ての鳥居も。
程なく歩くと大きなしめ縄がかかった石鳥居がある。その脇を見ると・・・。
「おっ!あ!あった!馬だ!!」
鳥居の左右に大きな狛犬ならぬ狛馬(駒馬)が!
「ああ、あった。ようやくだな。ここは奧村大神だ。初午(はつうま)の日に稲荷山に神様が降臨されたことから馬を祀っているらしい。さあ、ここから鳥居探しだ。下りの鳥居は裏側から見れるだろ?そうなると左側に奉納した人の名前が見える。そこで祖父の名前、綾瀬正一を探してくれ」
よし、ここからが本番だ!とは言え、一つ一つ丁寧に見ていけば必ず辿り着ける筈だ。鳥居が重なっていて見難いところも、しっかりと見ていこう。
◇◇◇
数十の鳥居を見ただろうか?遂に見つけた!綾瀬正一さんの奉納した鳥居だ!
「汐入!この鳥居!」
「ああ、あったな。あるとわかっていても、これだけ時間をかけて見つけると感慨深いな」
「隠すとするなら・・・」
汐入はそう言って鳥居の根元を見る。そして
「少し石をどけてみよう」
と鳥居の根元にしゃがみ丁寧にそっと石をつまみどけてみる。すると———
パウチ付きの小さなビニール袋。汐入はその袋を手に取る。袋は三重になっているようだ。一番中の袋を取り出すと割と綺麗な状態だ。そこには小さな紙と金属製の何かが入っている。
「汐入、それは・・・」
「ああ、手紙とネクタイピンだ」
汐入は手紙に目を落としながらとネクタイピンを見せてくれる。
「宝石が入っているんだね。思い入れのあるものなんだね、きっと」
「そうみたいだ」
そう言って汐入は畳まれた紙を開いた5センチ程度の小さな手紙を僕に渡してくれる。
———悠希へ
君が生まれたことを記念して誕生石を入れたネクタイピンを誂え身に付けていました。
イヤリングなどに作り変え使って下さい———
「誕生石のルビーだ」
ネクタイピンを見つめる汐入の呟きを聞きながら僕は、紫とも深いピンクとも言えない独特の色をした石を見る。
「もっと早く来れば良かったな。おじいちゃんを待たせてしまった。ごめんね」
僕が何かを言うのは無粋ってもんだろう。鳥居に囲まれた静けさに汐入の言葉が染み込むのを待つ。
「よし!下るぞ!」
「おう!帰ろう。僕は門限までにホテルに戻らないと、先生に怒られてしまう」
「そうだな、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。しっかり門限までには帰ってくれよ!」
「なんだ、そりゃ?なんか違くないか?」
「うるさい!行くぞ、一気に下るぞ!」
そう言って汐入は小走りに先に行ってしまう。
「うるさいってなんだ!」
僕は汐入の背中に言葉を飛ばす。
「うるさいは、うるさいだ!でもありがとう!」
そんな言葉を置いて汐入はどんどん先に行ってしまう。ちょっと待ってよ、汐入、と心の中で叫びながら、僕も小走りで稲荷山を下り始めた。
(おわり)
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