第7話【アオハル編】出るモノは誰が祓う?

僕、能見鷹士は三十路を前に一念発起し、中小企業に特化した個人コンサルタントとして起業した。そして何故かいつも探偵業を営む汐入悠希の無茶振りに巻き込まれてしまう。この間も猫探しやら知財のコンサルやらに巻き込まれたばかりだ。


そんな汐入と腐れ縁の始まりは高校生の時分に遡る。東亜細亜大附属第三高等学校(通称アジ三)の一年生汐入と龍ヶ淵高校(ブチ高)の一年生の僕は、龍ヶ淵工業(ブチ工業)の一年生番長千本松くん、二年生の梅屋敷さん、大森さんとひょんなことから知り合い、奇妙な形で仲良くなった。これはその高校時分のお話し。



   ◇◇◇


汐入の通う東亜細亜大附属第三高等学校、通称アジ三で最近、噂が立っている。どうやら「出る」らしい。


「おはよ、汐入。なぁ、最近アジ三の噂を聞いたぞ。出るんだって?」

電車を待つ朝の駅のホームで汐入に話しかける。チラッと視線を向け

「おはよう。ああ、そうらしいな」

と素っ気ない返事。ホームに電車が近づいてくる。騒音が段々と大きくなりしばし会話は中断。電車に乗り込むと汐入が言葉を継ぐ。

「ワタシも聞いただけで見たことはない。夕方、美術準備室付近になにやら人影が見えるとか。だがその部屋には誰も居ないってパターンのヤツだ」

「ふーん」

「でもな、能見一人じゃな・・・」

「えっ?なに?」

「いや、何でもない」


誰もいない準備室に謎の人影!ってこれはなかなか興味深い怪談じゃないのか?

話しを続けようと言葉を探していると、汐入は、会話は終了、と言わんばかりにさっさとイヤホンを耳に突っ込む。朝の通学電車での会話はここで終わってしまった。



  ◇◇◇


僕はたまに大森さんとお喋りをしながら、大森珈琲でだらだらと宿題をすることがある。その日は僕が来るなり、

「おっ能見くん、来たね〜、待ってたよ!」

といつになくご機嫌で大森さんが迎えてくれた。


見ると、千本松くん、梅屋敷さんもいる。三人は龍ヶ淵工業高校、通称ブチ工業に通っているやんちゃな人達だ。

「頼むぜ、能見!赤点は絶対回避だ」

と、リーゼントの前髪の後ろから眼光鋭く睨みを効かせる同級生の千本松くん。えっ?なに?と戸惑っていると、

「能見は進学校だから2年の範囲も教科書読めばわかるだろ。俺らの進級はお前にかかっている。頼むぞ!」

とごっつい拳で軽く僕の肩を突きながらのたまうスキンヘッドの梅屋敷さん。隣では最近茶髪を金髪に染め直した大森さんが大きく頷いている。梅屋敷さんと大森さんは2年生だ。


あ、つまり試験勉強をみてくれってことか?で、赤点取ったら許さんぞ!お前のせいだ!的な!?これは不条理なプレッシャーだ!誰かが赤点を取ろうものなら僕はボコボコにされてしまうのではないか?それに2年生の範囲も、なんて無茶振りが過ぎる!


なんて、思いとは裏腹に

「わかりました!しっかりと務めさせて頂きます!」

威勢の良い返事をする。そうだ、責任を分散させよう、と悪知恵を働かせて

「家庭教師として汐入も投入します!」

と、汐入に即、連絡をし、直ちに大森珈琲に来て貰った。


そんな次第で理系教科は理系女子の汐入、文系教科は僕が受け持ち千本松くん、梅屋敷さん、大森さんの赤点対策特別授業をすることになった。三人は工業高校なので、どちらかと言えば理系教科の汐入の負担が大きくなる。


「おい、汐入、エスアイエヌ元ってなんだ?シンゲン?武田信玄か!?」

「梅屋敷さん、本気か!?マジで留年するぞ!元じゃない。よく見ろ、π、パイだ。角度をラジアンで表している。sinはサインだ。三角関数だ」

汐入、梅屋敷さんにも容赦ないな・・・。


「汐入、このABの上の矢印はなんだ?見たことねーぞ、こんなん。暗号か?なんかの謎解きか?」

「何を言ってる?千本松。ベクトルだ。力の大きさと方向を現している。わかるか?三次元までなら空間でイメージできるだろ?」

余計に難解だぞ、汐入よ。千本松さん、お気の毒に。


「汐入、解があるとかないとか聞かれているぞ。解決できるかどうかなんて、努力次第じゃないのか?」

「大森さん、ある意味、正しい。ヒトの意思が介在して初めて測定できる量子的な現象もあるからな。しかしこの問いはそういう量子的なことを聞いている訳じゃない。判別式だ。実数解があるかないかを聞いているんだ」

大森さんはポカンとしている。このリアクションもまた正しい。汐入の解説は高校の数学の範囲を逸脱している。


汐入は頭を抱えながらも基礎の基礎から数学をビシバシと教えていく。もう上級生もお構いなしだ。

「梅屋敷、x軸、y軸も丁寧に描け!あ、違う!丁寧にだ!ちゃんと直交する様にキレイに描け!そうしないとキレイな円が描けないだろ!」

「千本松、ベクトルはまず絵に描いてみろ!ああ、適当に矢印をひくな!座標で位置を指定されているだろ!」

「大森、なんでそうなる!まずはxの次数で式を整理しないと係数がわからないだろう?いきなり答えを書こうと思うな!キチンと過程の式も書け!見直せないだろ!」


汐入の熱血指導に

「はい!汐入センセ!」

と三人はしっかりと応える。濃密な3時間が過ぎ、なんとか問題文の意味の半分はわかる様になり、その内30点ぐらいは正答できる目処が立った為、汐入の熱血指導は終了した。



   ◇◇◇


「そういや、汐入、お前のガッコの噂、聞いたぜ。出るらしいな」

千本松くんが唐突に話題を変える。

「ああ、その話しか。そうみたいだな。ワタシは見たことはないが、見た、と言っている人は何人かいる。二階堂玲さんも見たらしいぞ」

二階堂さんの名前が出て、三人がピクリと反応する。


「2年女子の、か?楊貴妃の再来と言われる、あの二階堂玲さんだな?」

と大森さんが確認する。

「ああ、女子のほうの二階堂玲だ。クレオパトラの時代にいたら二階堂玲の方が歴史に名を残したであろうと言われている、あの二階堂玲だ」


やれやれ、またこれか。その枕詞大会、いい加減に止めないか?キリがないぞ。と思った刹那、

うぉお〜、チャンス再来!と三人が騒ぎ出す。そうなのだ。この三人は麗しの二階堂玲さんにすっかり熱を上げているのだ!


「小野小町の歴史を上書きしたとされる二階堂玲さんが怖がっていると知ったら放ってはおけない!俺がそのもののけを退治してくれよう!」

「いや、千本松、抜け駆けは許さん。俺がその妖を成敗する!」

梅屋敷さんが続く。更には

「俺だって黙って見過ごすわけにはいかない。その悪魔を祓ってやる」

と大森さんも割って入る。


もののけやら妖やら悪魔やら、それぞれ勝手なことを言っているけどやる気に満ち溢れていることは一致している。

「汐入、やるぞ。俺たちをその現場に案内してくれ。もちろんその勇姿はちゃんとアジ三に轟く様、吹聴しまくってくれ!」

「ま、いいだろう。不可解な現象の原因はワタシも興味があったからな。丁度良い。もし三人が活躍した暁には良い噂を流すぐらいはしてやる」


あ〜、なんかまた面倒な話になったなぁ。ここはスルーだな、と静観を決め込もうと決意した僕の心を見透かす様に

「能見、貴様はワタシのアシスタントとして来い。ワタシは不可解な現象の理由を知りたい。その為には検証が必要だ。それを手伝え」

と汐入に引き込まれた。



   ◇◇◇


翌日、夕方、汐入の手引きにより、ごく普通の高校生の僕、そしてリーゼント、スキンヘッド、金髪のやんちゃな高校生三人が、お嬢様学校(最近こそっと共学になったが)に忍び込んだ。とは言え、件の美術準備室は部活動の最中だ。


汐入は背伸びをして手を伸ばしスキンヘッドを撫で撫でしながら

「大丈夫。見た目は凶暴だが、ヒトを食べたりはしない。優しい生き物たちだ」

と、眼光鋭く睨みを効かす三匹の猛獣たちを美術部員に紹介し(僕の紹介は特にないまま)、夕暮れになるまで匿ってもらう約束を平和的(?)に取り付けた。汐入と三人は学年の上下を超越し、先生と生徒、いや、猛獣使いと猛獣の関係だ。


しばし、美術準備室で待機する。

「ねぇ、汐入。具体的には何が出るの?」

僕が聞く。

「ああ、日没の頃合い、所謂、誰そ彼時に人影の様なものが出るらしい。出るのは東の廊下側だ」

この校舎の廊下は南北方向に伸びている。廊下は東側、教室は西側に位置しており、教室の外側にはベランダがある。

「たかが影だが、誰もいないのに人の様なものである点が恐怖心を駆り立てる様だ」

と汐入独特の堅い表現で的確に説明してくれる。


「そろそろだな」

日が暮れ廊下にうっすらとした闇が広がる。教室のベランダ側からはまだ幾ばくか光が差し込んでいる。

千本松くんたちは、数珠、お札、十字架など、役に立つのかどうかわからないアイテムを手に取り、出る、のを待つ。


「おい、能見、貴様はワタシとこっちに来い」

汐入は僕を呼び、美術準備室に入る。今は無人だ。準備室は物置棚が三重に陳列してあるが人影に誤認しそうなもの、例えばマネキン人形の様なものはない。


汐入は何故かレーザーポインターを取り出し握っている。霊的なものってレーザーに弱いのか?



   ◇◇◇


しんと静まり返る。じりじりと緊張感が高まっていく。その時

「おお!」「うわっ!」「出た!」

と廊下で叫び声!次いで

「南無阿弥陀!」「悪霊退散!」「静まり給えアーメン」と様々な声が聞こえる。


汐入は棚越しに僅かに準備室の窓から見える人影に向けてレーザーポインターを放つ。そしてベランダから入るわずかな光で映る自分の影とレーザーポインターの描く線が平行に重なる様に立ち位置を調整する。


「よし!やったぞ!消えた!」

と廊下が騒がしくなる。

「俺の念仏だ!」「いや、お札の力だ!」「何を、十字架だろ!」

三人が言い争っている。


「能見、これでその棚を廊下の方向に向けて照らせ」

と言って汐入はLEDの懐中電灯を僕に渡す。カチッと電源を入れ言われた通りやってみる。普通の棚の影が窓越しに廊下の壁に映る。

「よし、そのまま、ワタシの後ろに立て。ここからワタシのレーザーポインターの軌道とLEDの光を重ねろ。ポインターの示す位置を目指して照らせ」


「わぁ、出たぁ!」

南無!悪霊退散!アーメン!などまた廊下が騒がしくなる。

「えっ?汐入、これってどういうこと?」

「影だよ」

「あ、いや。それはわかるけど。こんな人型のものなんてどこにもないよ」

と僕は辺りを確認する為に動く。瞬間、

「あれ?」

これまでハッキリと人型をしていた影が途端に意味をなさない影に変わった。

「そーゆーことだ。この角度からの光でないと、この影は作られない。凄いぞ、これは。この部屋にある様々なものの影がこの角度の光の時だけキレイに重なり人影を形成する。多分ものの1分にも満たない時間しか条件を満たさない。季節的にも今だけかもしれない。どの影がどう重なったらこの形になるのか、わからないほど色々なものが複雑に重なっている」


ああ、そーゆーことか!ぱっと見、意味をなさないオブジェが光に照らされるとその影が美しい造形を描く、みたいな動画を投稿サイトで見たことがある。その類のやつだ。


廊下では相変わらず、二階堂玲さんを恐怖から救ったのは俺だ!いや俺だ!と言い争いが聞こえる。


「・・・汐入、これどーするの?」

「ま、臆せずここに来てくれたことに敬意を表し、三人の活躍で祓えたって噂を流しておくか。ワタシも一人では心細かったからな」

と、言って棚の一つをズズッと数センチ、ズラする。

「かなり精巧にできていたから、作った人には申し訳ないが、これだけでもう形を成さないだろう」


「汐入は目星はついていたの?」

「霊的なものでなければこんな感じだろうとは思っていた。これでダメなら憑依されないうちにサッサと退散するつもりだった。流石に霊的なものには対処できない」

と言って汐入はポケットから塩の入ったビニール袋と幾つかのお守りを取り出して見せてくれた。

「お守りは、いちお、五人分ある。ワタシのせいで取り憑かれたとなると寝覚が悪いからな。使わずに済んでよかった。せっかく買ったから一つやるよ。さて、帰るぞ」


三人の活躍の裏での汐入一人の真の活躍により根本原因は取り除かれた。この件はこれで解決をみるだろう。この後、噂が二階堂玲さんにちゃんと届きますように!と僕は三人のために御守りに願った。


                 (終わり)

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