19話 大丈夫?
「えっ!?まさかーー」
体育館の窓から流れ込む朝の光は、木製の床に暖かい斑点を撒き散らしていた
ほんのり風が通り抜ける隙間から、校庭のシャクヤクの香りが淡く漂い、誰もが気持ちよさそうにくつろいでいる穏やかな空気
それを、小澤さんの甲高い悲鳴がまるでナイフで切り裂くように響き渡った
みんなの視線が一斉に彼女の方へ集まる
小澤さんは身長計の横で肩を震わせ、まるで世界が崩れ落ちたかのような表情
「ちょっと静かにしてよ、小澤さん」
先生は呆れ顔で額に手を当て、その横には女子生徒たちが手で口を覆い、こらえきれずにくすくす笑っている。肩がブルブルと震える姿が、まるでこっそりとお菓子を盗み食いしている子供たちのようだ
私と花梨は目を合わせ、お互いの瞳に浮かんだ笑意をこらえきれなかった
つい口角が上がり、彼女に小さく首を振った。お互いに『これはちょっと可愛い』という意味が伝わるような、そんな一瞬の視線の交差だった
「まさかーー、測り間違えてない?」
小澤さんは突然先生の方に一歩踏み出し、声に震えを混ぜて問いかけた
握り締めた拳が白くなるほど力を入れていて、その真剣な様子に、周りからはさらに小さな笑い声が漏れている
「大丈夫だよ、計測器は全然問題ないんだ」
先生は記録帳を手に取り、ペンで紙面を軽く叩いた
「お前たちまだ小さいから、これからも背が伸びる余地はあるよ? 中高生になって急に伸びる子も多いんだよ」
柔らかい声で励ましながら、先生の視線はクラスの名簿を掲げた
「次は……山崎さんかな」
その言葉が落ちると同時に、花梨の方へと向かう
「あっ……はい」
花梨はふと体をこわばらせた
先ほどまで私と目を合わせてくすくす笑っていた表情が一瞬消え、慌てて背筋を伸ばす様子が、普段のクールな彼女とは対照的で可愛らしい
彼女が小さく歩み出すと、金色のロングヘアが朝の光に照らされ、まるで細かい金粉が撒かれたように輝いている
うつむき込んでいる小澤さんが、足元を見つめながら近づいてきていた
彼女のお気に入りのリボンが垂れ下がり、まるで気持ちを反映しているようだ。
「大丈夫?」
私は声をかけた
「152センチ……まさかこんなに低いわけないでしょ、絶対計測器が壊れてる!」
小澤さんはぐちぐちとつぶやき続ける
測定結果の紙片を揉みしだいて、その数字を睨みつける眼差しは、まるで宿敵と対峙しているような鋭さだった
「152センチだっても高いよ、もうめちゃくちゃ可愛いじゃん?」
私は少し心苦しさを覚えながら、彼女の肩を軽く叩いて慰めた
効くかどうかわからないけど、このまま彼女がぐちぐちとつぶやき続けるのも可哀想だった
小澤さんはうなずき、何か反論しようと口を開いた瞬間、周りから驚きの声が湧き起こった
「やっぱり山崎さん、背が高いんだね」
「高いのは知ってたけど、これは予想以上だよ」
「もしバスケやったら、きっと超カッコいいよね」
私たちはその声に引きつけられ、計測器の前に立つ花梨の背中に、ふと視線を送った
朝の光が彼女の全身を包み込み、まるでテレビに出ているアイドルみたいに輝いている
金色のロングヘアが体育館の風にそっとなびき、髪の毛の先が光に触れて細かくきらめいている
ただ背筋を伸ばして立っているだけなのに、どこか上から見下ろすような、凛とした自信が彼女の全身から滲み出ている
「山崎さん、身長は……160センチです」
先生が数字を読み上げた瞬間、周りにはまた小さなどよめきが湧き上がった
女子たちがささやき合う声が、体育館の空気をざわめかせる
「160センチ、すごく高いね」
「山崎さんと並ぶと、ぬいぐるみみたい」
「安心感っぱい」
それでも彼女は褒められているのに無表情なままで、ただ耳たぶがほんのり赤くなるだけ
測定器から降りる前、私の方へと駆け足で視線を送り、その瞬間、頬に薄紅がそっと滲み出てきた
私は思わず口角をあげ、心の中でつぶやいた
さすが彼女だ、こんな様子でも全然違和感がない
隣の小澤さんはため息をつき、肩を落としながらつぶやいた
「同じ女の子なのに、なんでこんなに差があるんだろう……私もこんなに背が高くなりたい」
彼女の声は小さかったけど、そのうつむき込んでいる様子に、私は少し苦笑いをした
彼女は少し大げさな気がする
一年生の中では152センチなんて、それなりに立派な身長だったはず。いまどきの大人でも152センチの人はたくさんいるし、むしろ可愛らしい身長なのに
でも私は口に出さず、ただ黙って頷いた。彼女がこの気持ちを吐き出すのを、静かに聞いてあげる
彼女の声は大きくなかったのに、周りの生徒たちの共感を呼んだ
「そうそう」
「もうデビューしても全然OKだよ」
女子生徒たちのささやきが、体育館の中に弾けるように広がっていく
小澤さんも周りの声に合わせて小さく頷き、少しずつ気持ちが晴れていく様子が見えた
「次は白村さんね」
先生がさらに名前を呼んだ
肩がふっと力を抜いた
どうしてこんなに早く回ってくるんだろう
そんな喧騒の中で、私の心は少しずつ沈んでいった
やっぱり逃げられないな
背が特別高いわけじゃないけど、お姉ちゃんとお母さんの身長をまあまあ受け継いでるから、小澤さんみたいにヘタクソに緊張することはない
それでも、足元にはちょっとしたためらいが残る
自分の身長がどうなるか、誰でも少しは気になるものだ。
体育館の空気が、少し重たく感じてきた
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