第9話 同じ答え

 翌日の太陽は、昨日の不快な気分をすっかり消し去ってくれた


 昨夜は早く寝たせいか、朝早くから目が覚めていた


 ドアを開けた瞬間、お姉ちゃんとばったり顔を合わせた


「おはよう、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんは頷きながら私を抱き寄せ、そっと頭の上を嗅ぎ込んだ


 彼女の言うとおり、これは「充電」なんだって


 お姉ちゃんに手を放された後、洗顔を済ませて二人で一緒に階段を下りると、リビングにいたママが笑いながら話しかけてきた


「珍しいね、りんちゃんがこんなに早起き。姉妹で一緒に朝食を食べる日も、もうすぐ少なくなっちゃうね」


「朝ごはんは目玉焼きよ。弁当もそばに置いてあるからね」


 お姉ちゃんは高校三年生だから、毎日のスケジュールが私と全然違う


「ずっとこんな感じじゃん」


 私は小さく反論した


 まだ中学生に上がったばかりだから、時間的には当然お姉ちゃんより余裕がある


 いつもは七時になってから慌てて起き、朝ごはんをぱぱっと済ませて学校に向かうんだ


 朝食を簡単に食べ終わると、まだ時間が早かったので、ママに挨拶して部屋に戻った


「……おかしい、ここに置いたはずなのに」


 本棚をひっくり返しながらつぶやいた


 昨日途中まで読んだユリ漫画が見たくて、あれこれ探したけどどうしても見つからない


「……まあいいか、新刊の漫画でも読もう」


 ため息をつき、部屋をめくるのをやめた


 私は校園ラブストーリーが好きだ


 だって、自分の生活に近い設定で、生徒としての恋のあらゆる幻想をちゃんと叶えてくれるんだもん


 少し漫画を読んで時間をつぶしていたら、あっという間に七時になっていた


 漫画を閉じてバッグを持ち上げ、前髪を少し直してから階段を下りた


「ママ、行ってくるね」


 忙しそうにキッチンで動くママに、ささやくように言った


「え?もう時間かしら?りんちゃん、一人で学校に行って大丈夫?今ちょっと忙しいの。駅の道、知ってるよね?」


「うん」と頷いて


「子供じゃないし」とつけ加えた


「昨日は甘えて『学校に行きたくない』って言ってたのにね」


「そんなことない!行ってくる!」


「いってらっしゃい」


 そうだね、昨日は学校に行くのがひどく嫌だったのに、今日はなぜかそんな気持ちがしない


 たぶん、花梨ちゃんにまた会えるからだろう


 彼女は私の唯一の友達だけど、昨日初めて会ったのに、なぜか懐かしい感じがする


 彼女と一緒にいると...とても気持ちがいいんだ


 こう思っているうちに、足取りが知らず知らずのうちに軽くなり、あっという間に駅の前に着いた


「ここだよね」


 小声で呟いた


 スムーズに電車に乗り込むと、窓の外を疾く通り過ぎる景色を眺めながら、心がふわふわとついていかなくなった


 電車がストップ&ゴーを繰り返しているうちに、車内の人もだいぶ少なくなった。出入りする人々をぼんやりと眺めていると、思考がどこか遠くへ漂ってしまった


「え?白村さん?」


 突然響いた声が、私の思考を遮った


 顔を上げると、黒い太めの眼鏡をかけた可愛い女の子が目の前に立っていた


「…あ、小澤さん?」


 瞬く間に相手を認識した


 知らないふりをしてごまかそうと思ったけど、昨日彼女と花梨ちゃんが楽しそうに話している姿を思い出すと、どこからともなく酸味が胸に湧いてきて、ひんむくように返事をした


「はい、小澤真希奈です。白村さん、おはようございます」


 小澤さんは頷きながら、さりげなく私の隣の席に座ってきた


「…おはようございます…」


 何気なく隣に座る彼女の姿を見て、胸のどこかがぎこちなく締め付けられるような気がした


 小澤さんは頷いて、それ以上何も言わなかった


 私は依然として窓の外を見つめ続け、外を駆け抜ける景色に、小澤さんの存在を消し去ってもらいたいような気持ちでいた


「ね、白村さん、意外と仲良いの?山崎さんと」


 このまま沈黙が続くと思っていた瞬間、小澤さんの声が突然、静まり返った車内の空気を切り裂いた


「そっか?」


 花梨ちゃんのことを聞かれるとは思わなかった


 私は思わず口をつぐんだ


「ふふ」


 小澤さんがほんのりと笑うと、私は疑問に思いながら、ゆっくりと頭を傾げて彼女を見た


「二人、よく似てるよ」


「似てる?」


「二人の答え方、よく似てるよ」


 小澤さんは眼鏡を少し押し上げて、ゆっくりと立ち上がった


「ほら、駅に着いたよ」


 彼女の視線を追うと、電車は確かにホームに停まっていた


 人々が続々と乗り降りし始め、彼女はバッグを持って人混みの中を通り抜けていった


 私も慌ててバッグを掴んで後を追いかけ、つい聞き返してしまった


「ど、どういう意味ですか?」


「昨日、山崎さんとコーヒーショップにいた時も、この答えよ」


 小澤さんが振り返り、ほんのりと笑いながら言った


「おもしろいでしょ?」


 言い終わると、私の返事を待たずに、ひとりで前に進んでいった


「変わった人だな…」


 朝陽に浴した彼女の背中を見つめながら、私はささやくように小声で呟いた


 教室に踏み込むと、すぐに花梨ちゃんが席に座っているのが見えた


 その右側では、小澤さんが彼女に話しかけている姿が見えた


「あ、おはよう、凛川ちゃん!」


 私を見つけると、花梨ちゃんはすぐに笑顔を浮かべて手を振ってくれた。


「おはよう…花梨…ちゃん」


 私はバッグを机に置きながら、少しためらいながら口にした


「元気っぱいね」


 花梨ちゃんはうれしそうに笑い


「さっき小澤さんから、凛川ちゃんと同じ電車で一緒に来たって聞いたよ」


「そっか」


 小澤さんの名前を聞くと、胸がほんのり酸っぱくなって眉を寄せた


「うん、仲良くなれてよかった。凛川ちゃん、彼女が嫌いそうだったから」


 何か言い返そうと口を開いた瞬間、先生が教室に入ってきて、朝の授業が始まった


 仲良くなれて…よかったのかな


 この言葉を口の中で噛み締めながら、私は右側の小澤さんを見た


 きっと私の視線に気づいたのだろう、彼女も頭を回して、ほんのりと笑ってくれた

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